Episode II /Little gladiator
Quiet talk
それは豪奢な部屋だった。
全体として広くはないが、壁には大変に貴重な剥製が美しく並び、床は平民の家が3つは建とうかという額の絨毯が敷かれている。窓枠は細やかで荘厳な彫刻が施されており、陽光を受け止めるレースはきめ細かく、それ自体が輝いている様だった。
その部屋にいる二人もまた豪奢な服を羽織っている。まるで舞台の様な風景に在る二人は、部屋の中央に置かれた木製のテーブルに、向かい合わせで座っていた。
方やククイが撃退した貴族、名前をヴァイツ・アリスト。その美しいブロンドを肩口で切り揃えており、細い釣り目が印象的な、顔の小さな細身の男だ。ソファにゆったりと座り足を組んでいる。スラリと伸びる両足から見るに長身の様だ。若さを伺わせる相貌は端正で、衣服に負けない気品を感じさせる。
「……という事で、命からがら逃げだしてきた訳です。ドルドラ卿から借り受けたバディットは死んでしまいましたし、何を言ってくることやら。全く今から頭が痛いですね」
「お前がしっぽを巻いて逃げ出すとは、それは小気味よい見世物だ。私も同行しておけば良かった」
ヴァイツに応えたのは現ダルド帝国皇帝、バルド・レクス。白髪をオールバックにし、僅かに白い顎髭を蓄えている。高い鼻と小さな眼、そこへスマートに載せられた銀縁の眼鏡が、彼の深い知性を匂わせていた。
「軍を動かす気ですか? アレとの全面戦争は面白そうですが、万が一にも壊滅なんて事になったら……ダルド皇帝の名に箔が付いてしまいますよ?」
「そうなれば周辺国家が瞬く間に攻め入り、あっという間に滅亡。死肉の漁り合いになる訳だ。カッカッカ、いやはや面白いな! 一体誰がアレを引き継ぐことになるやら!」
「フフフ、手にした者が不憫でなりません。周辺国の為を思えば、皇帝にはご自愛頂く他ありませんね」
互いは静かに笑い合うが、しかし長く続かなかった。引き延ばされていた口元はスッと萎み、バルドの殺意にも似た鋭い視線がヴァイツを射貫く。
「……やはり生まれたか、アークは」
「ついに。生まれました」
「――次は取り逃がすなよ。必ず捕らえろ」
「分かっております。今回はあくまでも視察です。おかげで彼の力は把握できました。彼の弱点を突くことで、次は確実に捕らえられるでしょう」
話すヴァイツは笑みを崩さない。皇帝を……いや、このバルドという男を前にしてここまで笑顔を保てるのは、恐らく帝国でもこの男だけだろう。
「対価の時は近い。時間は無いぞ。故にこれ以上の失敗は許されん。財は幾らでも割くが、結果を出してこそだ。無駄にすることは許さん。ダルド帝国の全ては我が財である。それを使うという事、心得ておけよ……」
「は。この魂には我が主君の命、しかと刻みついております。次回の会談の際には必ずや良き報告をすること、ヴァイツの名にかけて……お約束いたしましょう」
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