Ep Ⅰ‐ 17 大虐殺
バディットが何事かと足元を見れば。
「な……ッ!」
そこには腐肉の大地が大きく口を広げ、餌を今か今かと待ち構えていた。
「ぁあああああああああああああああああああ!」
屈強な戦士と言えども、重力には逆らえない。バディットは成す術もなく穴へと落ちる。開いた口は直径2メートル、深さ3メートルと大きな物では無かったが、彼を綺麗に中心へ置いていた為、淵を掴むことも叶わず彼は底へ落ちた。
「ぐぅッ!」
そしてバディットが落ちたその瞬間に。
「……あ……ぁ」
奈落はその口をゆっくりと閉じる。
「――」
バディットの眼から光が消える。
やがて腐臭に満ち満ちた空間から、
――カサコソと
複数の何かが蠢く、不気味な音を感じ取る。この状況だ。間違いなく死者である。音は徐々にその反響の速度を増していく。それは穴が狭くなっているのだと彼は気付いた。
「くそっ! くそあッ!!」
バディットはただひたすらに剣を振り回した。その剣に何度も何かが当たった。その度に彼の恐怖は増していく。一体何が居るのだ?
「くっ……ッづあ!」
不意に足を取られ、彼はその場に倒れ込んだ。そして間を置かず腹部に鋭い熱を感じる。
「ッか、あ」
刺された? バカな。鎧を着ているんだぞ。
一体何で刺されたというのか?
困惑は更なる混乱と恐怖を呼ぶ。もはや理性など保てはしない。次はどこから襲われるとも解らない。逃げ道を在りはしない。がむしゃらに振るったその剣も既に手から離れていた。
次に感じたのは、右足の喪失。
「―――ぁ」
潰れた。
膝から先が、消えてなくなった。
「――――――」
声が出ない。
喉が熱くて仕方ない。
何かに噛み千切られたのかもしれない。
もう四肢のどこが残っているのか分からない。
自分がどうなっているか理解したくもない。
やがて彼はようやく悟る。ああきっと――今の自分は【咀嚼】されているのだと。
「これは……不味いですね」
兵士たちは彼らの希望であったバディットが地面へ消えた瞬間、歓声を止めた。続いて不気味に揺れる腐肉と、そこから幽か響いてくる粘質な咀嚼音に体を凍らせる。やがて『終わり』を告げる静寂が訪れ。
「――次はお前たちの番だ」
最後に彼の一声で、凝固していた恐怖は融解した。
「うわああああああああああああああああああああ」
全員がパニックを起こし、あちこちに体をぶつけながらみっともなく逃げた。一方で貴族はパニックを起こすこともなく冷静だったが、取った行動は他と変わりない。彼は平静な者を数人引き連れ、既にその場から姿を消していた。いの一番に逃げたのだ。
「馬鹿がッ!! この場から一人だって逃がすものか!!」
ククイは叫び、殺すのが容易い者から死体を操りその手にかける。途中で何度か吐いたが、すぐにそれを拭って次を殺した。
殺した兵士は操り、その剣でまた兵士を殺す。初めに幾人かに逃げられたが、その後に上層の死体で先を行く一人を殺せたことで、この場に居た全ての兵士を足止め出来た。そこからは実に簡単だ。最早、敵の消えたオセロである。
味方が殺される事に相当なショックを受け続けた騎士達は、次いで倒れた味方が襲ってくる、という絶望に戦意を喪失した。そうなれば反抗らしい反抗も出来ない。無意味な現実逃避に終始する。
音が消えたのは十数分が過ぎた頃。死体置き場には新鮮な新人が床を埋めるように転がっていた。
ィ―――――――ン。
「ぃ……づ」
悲鳴が消え去った後にようやく、ククイは酷い耳鳴りに襲われていた事に気づく。いや耳鳴りだけではない。平衡感覚を揺さぶる様な嘔吐感もある。四肢は異様に冷たく、痺れている。加えて焼ける程に乾く喉。定まらない呼吸。頭は茹る様に熱い。あるいは本当に溶け出しているかもしれない。
数多の不快に襲われ、ククイはたまらず地面に伏した。べちゃり、と粘質な音が耳に響く。でも不快ではない。不思議と安堵すらしていた。いっそ心地良くすらある。
「……ああ、疲れたな……」
気づけば自然と目を閉じていた。
最低な一日だった。酷いこと尽くめだった。
やがてククイは芋虫の様に身体を丸め、闇に意識と身体を預けていく。
それはまるで、エリクと出会う前の、彼の様に。
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