Ep Ⅰ‐16 歴戦の老騎士
「ッ!?」
後ろの貴族が動かす死体の場所を言い当てた。瞬間バディットの右足が引かれ、死体の両手が空を切る。ククイはそれでも尚、死体で足を掴みに行った。だが両腕は瞬時に斬り飛ばされ宙を舞う。ククイの眼には残像しか映らない速度だ。
「驚きましたな……本当にこんなことが」
「……クソッ」
死体は敵を掴もうと消えた腕をブンブン動かしている。もうこれじゃ使えない。ククイは操るのを止めて別の物へ意識を切り替えた。正面から向かわせている死体はそのまま。それとは別に今度は二体、背後から襲わせる。先の指摘がたまたま初動に気づいた為だとしたら、今度は襲う直前まで動かさない。
「バディット、背後ですよ。そこの横向きの奴と、うつぶせのデブです」
「……」
動かす前から指摘される。ククイは動かすのを止めた。
「おや……やめたようです」
それも直ぐに察される。顔には出さないが、ククイは酷く動揺した。どうしてこちらの意図が読まれる? エリクの記憶の範囲でしか常識を知らないククイには、この現状が理解できない。
あの貴族は、なんなんだ?
「となると、言葉は理解できる訳ですね。手間が省けます」
貴族は口元に手を置いて笑っている。
こうなると奇襲は出来ない。理由は解らないがこちらの意図が読まれる。しかし、だからと言って不利になる訳ではない。戦況が変わる訳でもない。未だに地の利はククイにある。これは単に『楽が出来なくなった』というだけのことだ。
「……これは……素晴らしい……!」
「お楽しみのところ申し訳ありませんが……次は何が来るのか教えていただけませんか」
「全てですよ」
「……は?」
「全てです。これは貴方も本気で行かなければ死にかねませんよ?」
貴族の言葉へ応えるように。
「―――死ね」
ククイはこの場に居る全ての死体を動かす。
「……成程、こういうことですか」
一度に十数体の死体が起き上がり、それぞれがバディットへと腕を伸ばし襲い掛かっていく。動きは遅いが、完全に取り囲んでいた。
「ならば、問題はありません」
それでも彼はその余裕を崩さない。バディットの体がぐっと沈み、その刹那、最も接近していた二体の胴が二つに分かれた。
「……!?」
ククイは言葉を失う。嘘だ。あんな剣一つで人の胴が分かれるなんて。そんなこと人間の力で適う筈がない。
ククイは動揺するが、しかし敵の攻撃はそれでは終わらなかった。バディットはすかさず剣を引き、残りの死体を次々と分解していく。腕が飛び、首が飛び、足が飛び、まるで紙を割くように人の体が分割されていく。
確かにこの場の死体は腐乱が進み脆くはなっている。しかしそれでも肉を残しているのだ。雑草を薙ぐように、容易く引き裂けるハズはない。
ククイは負けじと力を込めた。何度斬られようが新たな死体が起き上がり、絶えず10体以上が襲い掛かっていく。しかし顔色一つ変えずバディットは分解し続けた。その場から殆ど動くこともなく、最も近い個体を正確に、瞬時に切り伏せる。
「……ふむ。まあ手足を一本にしておけば良いか」
「いや見事ですね。私には何が起きているか解りませんよ」
「……くそッ」
敵の余裕ぶりに動揺し、焦りが募る。それでもククイは死体を動かし続け、バディットを襲わせ続けた。背後から、死角から、複数で――しかしその全てが切り伏せられる。その度にククイは、自分が切り裂かれる幻視に顔を歪めた。
いっそ絶望的とも言える状況でも……それでも、彼は諦める訳にはいかない。皆の仇に屈する訳にはいかないのだ。
幸いククイの手駒はまだまだ無数に在る。しかし、操る死体の数が三十を超えてきた頃から、ククイは吐き気に似たものを覚えていた。
「……」
気持ち悪い。視界が歪んでいることに気づく。
が、それでも彼らへの怒りが勝る。
ククイは不快感を意識の外へ無理矢理に追いやり更に力を込めた。
今までは同時に起こしても十体。
それを十五まで引き上げて、同時に襲わせる。
「……キリがない。いい加減、老体にはしんどいぞ」
その言葉とは裏腹に、バディットに疲労は見えない。
手前の死体の足を斬り落とし身動きを取れなくすることで障害物として利用。一方の進行速度を落とし、その隙により近いものを斬る。やがて最も薄くなった方向へと僅かに後退し、迫りくる死体達を切り伏せる。
実に効率的で端的な攻撃だ。全く精彩を欠いていない。
ククイは瞠目していた。あれだけの数を切り伏せても切れ味を落とさない剣に。そして扱う本人の無尽蔵にすら見える体力に。ククイの知っている人間は、これだけ動けば多少なりとも動きを鈍らせた筈だ。なのに息を乱すこともない。アレは果たして人間なのだろうか。
ダメだ。このままじゃダメだ。もはや誤魔化すことも出来なくなってきた。込み上げる不快感は悪化し蓄積される一方で、今にも嘔吐してしまいそうな程。アレを相手にするのなら、数だけで押し切ろうなんて考えじゃ通用しない。このままだと先にこちらが潰れる。考え方を変えなければ。
「バディット、もうそろそろ限界かもしれません。もう少しの辛抱です」
「それは助かる。そろそろ腰が抜けそうでした」
軽口を叩く敵に舌打ちをする。数じゃ駄目だ。どうしたらいい。どうしたらあの化け物を殺せる。ククイが思考を巡らせる間に、バディットは死体を切り払い近づいてくる。決して早くはないが、確実に歩を進めている。
遂に彼はククイに迫ってきたのだ。
背後では彼の圧倒的な戦いぶりに騎士達が歓声を上げ続けている。貴族はもう一言も発さない。じっと腕を組み見守るだけだ。口を出すまでもないという事だろう。それがバカにされているようで――蹂躙されたあの日の様で――ククイはより大きく怒りを膨らませた。
―――力だ。あの人らしからぬ男には、より大きな力をぶつけなくては殺せない。ククイは眼を閉じ、意識を足元へと集中させる。
とにかく強くさえあればいい。殺せさえすればいいんだ。形になど拘らない。アイツ一人を殺せさえすれば、きっと残りはどうにでもなる。
だから確実に、アレを殺す――。
「……バディット、急いだほうがいいかもしれません」
「なに?」
「様子が変わりました。魔力の密度が凄まじい。空間に満ち満ちて目を開けていられない程だ。これは嫌な予感がします」
「……まあ、所詮は子供の浅知恵でしょう」
貴族の言葉をバディットは軽く流す。彼の切り倒してきた死体にまるで手応えがなかったせいだろう。
死者が襲ってくるのは確かに恐ろしい。しかし言ってしまえばそれだけだった。戦場で相対する敵と比べれば、何を恐れることがあるだろう。人間であれば、こちらの動きに合わせて搦め手を用いるが、死体はただ組み付こうと進むのみ。動きは読むに値せず、攻撃は稚拙極まりない。
そんなものばかりを相手にしていれば飽きもするし、侮りもする。
「青光騎士団はこの国の精鋭にして希望」
集中を切らさないまま、バディットは死体を刻みながらククイへと近づいていく。
「こんな死体ならば、千を相手にして漸く実力が出せるというものだ」
「……言ったな」
ククイの口角が何かの確信と共に吊り上がる。
今にも倒れそうな眩暈と不快感を堪え作った笑み。
それは『凄絶』の一言に尽きた。
「これで終わりにしよ……ッ!?」
直後に、バディットは浮遊感を覚えた。
「―――なら出してみろよ。その実力って奴を」
「なッに!?」
「腐肉のハラワタの中でなぁああああ!!」
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