Ep Ⅰ‐15 奇妙な貴族


 ククイは走る。背後に迫る騎士を想像しながら、同時に仲間の……エリクの死を思い出していた。映像は容易く鮮明にフラッシュ出来た。沸々と怒りが込み上げる。身体が熱を帯び始める。満ちる怒気には底が無いらしい。


 程なく祭儀場へ到着した。祭儀場は特殊な作りになっており、面積の大部分を地下に有している。外観は直径60m程もある円形で石造り、中央は大きく吹き抜けている。その壁面には地下へ下る階段、そして観覧用のスペースが付随しており、観覧スペースを一層分と見れば実に12層を連ねる、巨大な奈落だった。


 本来ならば13層目に豪奢な舞台が在ったのだが、もう見ることは叶わない。現在見えるのは7層が限界で、以下には腐肉と骨が詰まっている。その禍々しさは正に冥府である。


 ククイがその下部へと進む最中、身体が発熱した。下部へ進めば進む程に加速していく。大量の死者に近づいた影響の様だ、と彼は推察する。


 だが耐えられない程ではない。燃える身体を抱えたままやがて現状の最下部へと辿り着くと、ククイは死者の山へと飛び乗りその中央で転身、騎士を待った。


 ククイは焼けるほどの灼熱をその身に纏っていたが、沸き上がる憎しみが混ざった為だろうか。今はどこか心地良い。身体に力が満ち満ちている。騎士が何人来ようが負ける気はしなかった。


 そんなククイの殺意へ呼応するように、死者の山から一人、また一人と腐った屍が立ち上がる。彼等もまたククイと同じく騎士を待ちわびていた。


 やがて―――側面の通路に行進の音が響く。硬質で重厚な鎧の足音は雑多に数多を重ね、その圧力と存在感を増していく。耳に届く足音には迷いがない。彼らはここを目指し進んでいる。何故こうも正確に自分の位置が解るのかは不明だが、自ら墓場に歩んでくれるのは実に都合が良い。


 無論、彼だって不可思議な事態に畏怖を覚える。しかしそれもすぐに消えた。何者でもないククイでさえ死体を動かす。ならば見えぬ相手の居場所を見抜く奴だって居るんだろう。何も問題は無い。誰であれこの場所で負ける道理は無いと、ククイは確信していた。


 そして彼らは姿を現した。同時にククイと、足元の大量の死体と、その周囲に点在していた【在ってはならない者達】を見て大きく動揺した。


「馬鹿共、臆すなッ!!」


 野太い大声が、奈落の中に轟いた。

 声の主は見えない。階段だろうか。


「彼奴らは忌まわしき者だが、所詮は訓練もされていない木偶どもだ!! お前らが元一般人に、後れを取る道理は無い!!」


 覇気と確信に満ちたその声は瞬時に、騎士を蝕んだ恐怖を吹き飛ばしたらしい。彼等は続々と雄叫んだ。恐怖は怒気に転じ、放つ殺意は死者をも下がらせる。


 ククイは目を細めてそれを聞いていた。


 迎え撃とうと身構えるククイ。すると背後から二人の男が現れた。一人は先ほど見た貴族の男。衣装も然ることながら、それに負けぬ眉目秀麗な顔立ちと艶めく銀の長髪、とその様相はあまりに場違いである。


 もう一人は騎士。黒い短髪に面長な顔付き。厳つく深い皺から年を重ねていると見えるが、佇まいは他と比較にならない厳格さ、威圧を備えていた。


「あれ、ですか」


「そうです。間違っても殺さないで下さい。あれは遂に生まれた冥府の花です」


 貴族の男が老騎士に命じる。兵士は酷く億劫そうに首肯した。


「私が代わりに殺されるとしても?」


「仕方ありませんね」


「……厄介な仕事ですな」


 老騎士は溜息を吐いてククイへと進んでいく。

 気の抜けた言葉に反し、その歩みに緩みはない。一歩一歩が、身体の動きの一つ一つが、引き締まっており隙が見当たらない。


 ―――あれは怖い。


 ククイは初めての『強者』の気配を噛み締めた。しかし引くつもりはない。詭弁を労する気も無い。ククイにとって騎士らは憎しみの対象にしか過ぎず、またこの感情は敵へ叩き付ける以外に消化出来ない。


 故に全て燃やし発散する。憎しみに囚われた彼には【青い悪魔の殲滅】しか考えられない。今のククイには恐怖すら、身体を動かす為の燃料に過ぎなかった。


「流石に、五体満足とまでは言いませんね?」


「……まあ、死ななければ良いですよ」


 その言葉には妥協がありありと見えた。

 これには老騎士もため息が漏れる。


「……善処はしましょう……」


 歩み寄る老騎士。やってくるのはその一人だけだ。

 他の兵士はその場を動かない。

 予め指示されていたのだろうか?

 ククイの歯がギリリと鳴いた。

 つまり僕には、アレ一人で十分という事か?


「―――舐めやがって」


 頭が沸騰していくのを感じながら、それでも彼は冷静に騎士がやってくるのを待った。この死体の山にさえ踏み込んできてしまえば。


 ククイの考えを知ってか知らずか、老騎士は冷静に歩んでくる。腰の長剣を抜き、呼吸を整え、そして彼は死者の大地へと踏み込んでいく。彼は不安定なその足場に体軸を崩すことも無く、冷静に歩んだ。


 ククイは嫌な物を感じながらも、迂闊にも自分の射程へと踏み込んだ兵士に嘲笑を浮かべていた。


「……」


 立っていた死体の一つを向かわせる。一方で、彼の足元の死体へと意識を向けた。彼が死体に攻撃する瞬間、その足を抑えて体制を崩す考えだった。


 しかし。


「バディット、右下です」

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