Ep Ⅰ‐11 ネクロマンス


 騎士達が成果を確認する中。再びククイが意識を自覚した時、自分が今どうなっているか分からなかった。成す術も無く切り殺された事は覚えている。ならば自分は今、死後の世界に居るのだろうか。或いは九死に一生を得て、現世に留まったのか。 確かめようにも視界は開かないし、身体の感覚も手繰れない。


 ただはっきりと、怒りを覚えていた。


 自分の仲間を殺された。自分の家族を、エリクを殺された。初めての家族だった。色々な事を教えてくれた人だった。こんな自分に優しく笑いかけてくれた。こんな自分を頼りにしていると言ってくれた。それをアイツらは、いきなり。


 いきなり、全部壊していった。


 ククイは生まれて初めて、我を忘れる程の怒りを覚えた。

 同じ目に合わせなければ気が収まらない。死ぬに死ねない。


 アイツらは斬られるのがどれほど痛いか知っているのだろうか? 家族を殺される苦しみを知っているのだろうか? そして無力のまま、目の前で全てを理不尽に奪われる虚しさを知っているのだろうか?


 知らないだろう。なら今すぐに教えてやる。


 沸騰は心だけに留まらず、失った筈の体にも起こった。心臓から全身へ一気に熱が広がり、身体の輪郭に燃え上がる。眼も開く。見れば足がある。腕もある。アイツらは一人じゃない。全部で十二人。なら四肢では足りない。だから、ククイは周囲に倒れる『仲間たち』の四肢も使った。


 何を意識することもなく、ククイは死体を操った。


 住人全てを切り伏せ満足していた騎士たちは凍り付いた。今まさに殺したはずの人間たちが、ふらふらと立ち上がっている。それも一人じゃない。何人も。何人も。何人も。やがてその場にあった死体全てが立ち上がる。


「呪いだ!!!!」


 誰かの叫びを皮切りに、騎士たちはパニック状態になった。幾多の戦場を駆けた歴戦の戦士たちであっても、死者が蘇れば正気ではいられなかった。前後不覚のまま慌てて逃げようとする彼らの後方には、しかし腐った死人が待ち構えておりすかさず彼らに飛びつく。そして飛びついた先から、彼らの首を噛み千切る。


「……」


 阿鼻叫喚の中で起き上がったククイは、その眼を爛々と輝かせ、今や自らの四肢と同義である死者を介し、騎士達に怒りをぶつけていく。


 これが僕たちの味わった苦しみだ。遠慮なんてさせない。たらふく味わえ。


 場の騎士全員が死者に殺され倒れ伏すと、ククイは彼らの剣を拾いその顔に突き刺していった。一度ではない。何度も刺した。その顔が解らなくなるまで何度もだ。やがて剣を投げ捨てると、とある騎士の足にしがみ付く愛しい兄へ歩み寄り、彼を自分の目前に立たせた。ククイは誇らしく笑う。


「どうだ、すごいだろうエリク。僕がみんなをやっつけたんだ」


 口にする言葉は淀みない。今までの幼い彼とはまるで違う、意思と理性を感じさせるしっかりとした発音だった。


「褒めてくれよエリク」


 満面の笑みを浮かべるククイに対して、エリクは苦悶の表情を動かすこともない。当たり前だ。彼は既に死んでいる。表情を固めたままククイは彼の腕を操り、いつもエリクがそうした様に自分の頭へ乗せた。同じ手だとは思えないほどに重い。ククイはエリクがいつも、どれほど優しく撫でていたのかを知った。


「エリク」


 そこでもう、限界だった。


「死ぬなよ……おきろよ。えぃく……っ!!」


 もう、いくら泣いても。

 嗚咽をこぼしても。

 弱音を吐いても。


 エリクが微笑むことは、決してなかった。

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