Ep Ⅰ‐9 カーニバル
エリクたちがいつもの日々を繰り返していたある日。
顔見知りの商人が彼に交渉を持ち掛けてきた。
「近々、街じゃ大市場が開かれる。それに向けていつもの倍、品が欲しい」
エリクがいつものように一度渋ってみせると、商人は普段の報酬に色を付ける上に高級品である酒も大量に与える、などという大盤振る舞いを見せた。
彼の記憶でも確かに、この時期は祭り染みた大きな市場が開かれていた。エリクも、彼の親も、それで精魂尽きるまで動き回っていたものだ。エリクは古びた思い出と久しく飲んでいない酒の味を思い出し、快く了承した。
商人は笑う。
「俺たちは持ちつ持たれつ。協力しようじゃないか」
その日の夕方に、商人は多くの仲間を引き連れて荷を受け取り、そして報酬はまとめて明日の昼に届けると約束した。エリクは念の為、彼ら商人の名前とその報酬を紙に書かせそれを受け取る。しかし心配は杞憂に終わった。翌日の昼に商人たちはしっかりと全ての報酬を荷車に乗せ持ってきたのだ。
エリクはククイと荷車を引き集落へ戻ると、その住人達へ祭りだ! と大仰に荷を分け与えた。初めて飲む酒に皆は大喜びし、周囲はこの場所とは思えない異様な明るさに包まれた。
酒も食料も十二分にある。日が落ちるまでの短い時間ではあるが、こうして皆で楽しめる幸せを眺めて、エリクはこの場所への愛着を反芻した。
ククイを助けたあの日が、とても遠く感じられる。
あの日からエリクは、昔なら在り得ないと思っていた『死体漁り』を行い、何も知らない子供に言葉と知識を与えて、薄汚い商人と交渉して生活を潤し、ここの住民たちを養って、更には言葉と知識を与えて、小さな集落も生み出した。
この体はもう呪いで真っ黒だし、あちこちズキズキと痛んだりもするが、こんな良い物を見られるんなら屁でもない。むしろ喜んで背負っていられる。何せこの美しい体は、エリクの勲章そのものだからだ。
「なぁんだよ、やるじゃねえかよ俺。くっく……なあスノウ、見てるか。俺って案外、捨てたもんじゃねえみたいだぜ……」
誰にも届かない小さな声は、しかしエリク自身の胸に深く染み込む。何気なく漏れた独白に続いて、熱い雫が彼の頬を静かに伝った。それからワザとらしく欠伸を一つ噛み、小さく「酒に弱くなったのかもしれねえな」とぼやくと、彼は襲ってきた眠気に抗うことなく地面に寝そべった。
耳にはまだ幸せな喧騒が届いている。
なんて贅沢な睡眠だろうと、エリクは笑ってその眼を閉じた。
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