Ep Ⅰ‐7 崩壊の始まり

 

 発端は商人達だった。


 帝都レイリッツにおける商人ギルドは、専ら『冥府の街』の死体漁りを旨い仕入れ先として利用している。ギルドという組織単位で仕入れを行い、組織内の担当者がこれを修繕、そして各商店の仕入れ担当が安く出品されるこれらを買い、店頭に並べられていくという流れである。


 もちろん店には新品を並べたほうが見目は良いのだが、中規模の商店ではこれに合わせて、中古品を安く並べておくと良い売り上げになるのである。


 商人ギルドは街の人間から中古品の買取も行っており、これの修繕品を売っているという名目で品を流しているが、その内実において買取を行ったものは全体の二割にも満たない。残りの8割がタダ同然に仕入れた死者の遺留品である。


 このことが広く知られていないのは、遺留品利用という考えが『死者に触れない』街の人間には想像し得なかった事に加え、彼ら商人ギルドの権力と結束力が強靭だった為である。この国を収めるのは紛れもなく王室であるが、街において力を持つのは商人たちだ。彼らの結成する商人ギルドは市政の運営にも一部、関わっている。


 この国は他国との戦が多い。それゆえに国力の消費は激しく、民に掛かる負担も大きかった。それを緩和する為の存在が商人ギルドである。彼らが帝国政府へ打ち出したこの方策は存外に大きな利益と雇用を生み出し、国を支える柱の一つに至った。


 しかし政府との調整の中で『但し、国外への販売に限る』という制約を着けていた筈が、最近では国内にも流れ始めていた。それは急激に膨れ上がった商人ギルドの規模と権力が、ギルド内に腐敗を齎した結果だった。


 そんな世情の中に流れ始めた不穏な噂。

 それは『遺留品回収をさせる死体漁り共が、街の人間への復讐を企てている』というものだ。仕入れを管理していた人間が、搬送される品物の質が急に上がった事に気づき、回収役に事情を聞きいたのが発端である。


 その男の話はこうだ。


 新参の男が現れてから程なくして、品物を持ってくるのはこの男だけになったという。しかもその男はこちらに交渉を持ち掛けてくるのだ。商人それぞれに何が欲しいのか聞いてきたり、他の商人はもっと高く買ってくれるから、貴方には売れないなどと出し渋ったり。


 男からしてみると大層やり辛く、おまけに癇に障る。それでも以前に比べて良い品が集まるようになったし、粗悪な品は混ざらなくなった。だから回収役の彼らは多少の事には目を瞑って応じていたらしい。実際その品を持ち帰ると以前に比べて格段の報酬を得られたという。


 ただ、どうにも気になることがあるのだ。


 いつも新参者を遠目に見ていた元来の住人共は、男の物の交換が終わると襲い掛かるのではなく『男に着いて同じ場所へと帰って』行った。それは今までには無かった光景だ。言葉すら持ち合わせない『ヒトの形をした動物』だった者達が、いきなり知性を感じさせる行動を取ったのだ。


 それは怖気を覚えるのに、十分な物ではないか。


 冥府の街に居る住人の殆どは、奴隷の成れの果てである。街の人間にもう使えないと判断され、死体扱いされて冥府の街に捨てられたのが彼らだ。


 ―――そんな一方的に虐げられてきた彼らが『知性』を獲得したのだとしたら?


 話を聞いた管理役の男は、身の毛もよだつ程の恐怖に襲われた。


 またそんな話を聞いたのはその男だけではない。複数人居る回収役はその殆どが同じ様に上の人間へその話をしていたのだ。


 それを鼻で笑う者、興味を持つ者、考え過ぎだと切り捨てる者、様々居たが、その誰もが一抹の不安を抱く。


 彼らは何か良からぬことを考えてはいないか、と。


 噂は燎原の火が如く瞬く間に広がり、やがて帝国全域にまで伝わると、遂にはギルドマスターの議題へ上る事になった。


「冥府の街の非人共が、何やら団結を見せ始めているという話だが」


「だが所詮は奴隷下りの連中だぞ。言葉も知性も無い獣だ。そんな奴らが集まったからと言って何を心配する」


 鼻で笑う彼に、深刻そうな顔で髭面の男が口を開く。


「纏める奴が居るらしい。話によれば、こちらに交渉まで仕掛けてくるそうだぞ」


「……それは、見過ごせんな」


 笑っていた人間達は一様に顔を引き締めた。目が流れる者、口元に手を添える者。顎髭を撫でつける者。それぞれのポーズは違えど、脳裏に思い描く『最悪』は似たようなものだ。


 一体どこの狂人だ。危険を冒してまで『冥府の街』に入り、ヒトとも呼べぬ者共を手駒にするなど、常軌を逸している。そこには相当な目的がある筈だ。我が身を、命を顧みず身体を突き動かす目的……と言えば、まず怨恨で間違いなかろう。


 ならば我らに協力する様に見える行動には当然、裏がある。ソイツは我々から利益を得て力を貯め、やがては奴隷共を利用して何か行うのではあるまいか。


 怨恨での行動。奴隷共の掌握。

 であればやはり、目的は―――。


 差異はあれど、この場の全員がそんな結論に辿り着いていた。


「だが、ならどうだ。その纏め役を……仮に『テイマー』とでもしておこうか、そいつを我々に引き込むというのは。成功すれば、回収事業の成果は何倍にも出来る」


「悪くない……が。素性の知れぬままでは、簡単に首肯も出来んな」


「様子を見るだの、こちらに引き込むだの、甘くは無いか。奴らは奴隷だ。我々から虐げられ呪いを一身に浴び腐肉を食らう亡者だ。そんな奴らが徒党を組んだのだぞ。寝言を垂れ流している暇など有りはしない。皆殺しにするべきだ!」


 男が発する烈火の如きその言葉は、日和った他の人間たちを焚き付けるに十分な火力を備えていた。元々、恐怖と背徳が心中に火種として燻っていた彼らは、たった1分にも満たないその言葉で瞬く間に発火する。


「異議は無い」

「異議は無い」

「異議は無い」


「宜しい―――ここに議論は決した。数日中に帝国が保有する青光騎士団の派遣を申請し、汚れたドブネズミ共を根絶やしにするのだ」




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