Ep Ⅰ‐5 死体置場の日常


 最初は『見知らぬ他人』と青年に警戒心を抱いていた少年だったが、青年が何度もご飯を与えた事により二日で懐いた。


「……んー、まあいいけどな」


 青年は頬を掻き、ちょっと早すぎるなと思いながらも、その辺りも追々、自分が教えてやればいいかと思い直す。


 少年の体調はみるみる良くなっていった。十分に動けるようになったし、血色も良くなり、肌も年相応に瑞々しく見える。呪いの一切が削げ落ちてもいたのだが、青年の知る少年は既に落ちた後だったため、それは知り得なかった。その後かなり怖がられたが髪も切ってやったので、見た目もかなり良くなった。


「むう、意外と良い顔してるな、お前」


 これが帝都の中に居れば、異性の気を多分に引くのだろうに、なんて考えて少し不憫に思う。仕方のないこと、ではあるのだが。


 少年が従順に後ろを着いて来るようになると、青年はまず自分の名前を教えた。


 『エリク・アルベルト』


 少年は理解を示し何度かそれを喋ろうとしたが「えぃく、あぅ、うぇうとー!」が限界だった。青年はフルネームを諦めて、エリクと呼ばせることにする。少年はえいくー! えいくー!と言えるようになった。青年はまあ、こんなもんかと妥協した。


 その後、家に貯蔵されていた食料がなくなり、青年は死体漁りの覚悟を決める。この場所について殆ど何も知らないエリクだが、少年がどうやって生きているのかは知っている。


 なにせ、自分の父親がそれを貰う立場だったのだから。


 街の人間からしてみると、死した人間は冥府の住人。死した直後に体は冥界と繋がっている為、巻き込まれないよう腐り果てるまで触れてはならない。触れてしまっては魂を捕まれ、冥府へ落ちてしまう。


 そういった思考が広く普及していたから、エリクがここの人間を見た時は彼らを振気味で奇妙なモノに感じた。いつ『連れていかれて』もおかしくない存在だ。だというのに恐れもしないし、体中が『呪い』だらけでも、何も気にしていない。


「……見ると殊更に、しんどいな」


 だから闇を背負う、腐肉の奈落を目前にした時。そしてその上に数多うごめく『理解不能』の存在を見た時。彼は何か込みあげる物を感じ、口を抑えて耐えた。


 彼の常識では、それは『在り得ない光景』だ。


 それに反して少年は機敏だった。嗚咽するエリクの裾を引っ張り自分の狩場へ案内すると、すかさず覚えていた狙い目を漁り始める。エリクは顔をしかめてそれを見つめた。


 立ち込める嘔吐を促す臭い、飛び回るハエ、粘性で極彩色の山、その他あらゆるこの場を作る要素に身体が拒否を示し、とうとうエリクは嘔吐した。


 涙目に映るハツラツとした少年に恐怖を覚えもしたが、しかし少年がこの数日に見せていた、自分の知る『小さな子供』と相違ない仕草を思い出して、これがこの場所で生きていくということなのだと理解する。


 この場所で『常識』を得ずに生きるとこうなるのだ。

 いやこの場所の『常識』こそが、これなのだろう。


 ひとしきり吐いた後、ひとしきり自分の貧弱さを罵って、目いっぱい息を吸い込んで、また臭いで吐きそうになるのを堪えてから目一杯、出来の悪い雄たけびを上げ、エリクも山へと飛び込んでいった。

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