Ep Ⅰ‐4 一人と一人


 少年が起きた後、青年は明るく声を掛けた。


「おはよう坊主。自己紹介しようぜ」


「……」


 首を傾げる少年を見て、青年は彼が言葉を知らない事に気が付いた。それもそうかと頭を掻く。冥府の街に一人で居た小さな子供が、まともな教養を持ち合わせている訳がない。


「あー……んー……そうだよな、どうしたもんか」


 悩んでいると少年の腹の音が鳴る。青年は小さく笑うと立ち上がり、背後の棚から保存食を取り出した。


「ほら、食べていいぞ」


 差し出せばそれを高速で奪い取り、青年には目もくれず、もくもくと食べた。あまりにも食いっぷりが良いので「好きなだけ食え」と青年は持ち合わせていた食料を全て出した。


 食べきれるような量ではないよな、と思いながらも、なんだかそうしたくなった。少年は涙を流しながら食べていた。自覚なんて無い。反射的に出ていただけだ。青年はそれを眺めて笑う。


「なんだよ、そんなに美味いかぁ? ただの保存食なんだけどなー」


 青年は少年を見ていると救われた気分になった。きっとこれが偽善であろうとも、自分は目の前の少年を救う事でようやく、自分自身に贖罪出来るのだろう―――と、青年は静かにそう思う。


「……なあ、聞いてくれよ」


 それは言っている最中に笑ってしまうくらい、情けない声だった。青年は少年に無視されたが、むしろ楽しそうに笑った。なんだか『こんな女々しい奴の話なんて聞いてられるか』なんて言われたような気がしたのだ。


「そうだよなあ。俺もそう思うよ」


 自分が勝手に決めた答えに勝手に答える。

 青年はそもそも、少年の返事に期待していない。


「だから、今夜だけさ。こんなに女々しい俺も。泣き虫な俺も。今夜で終わりだ」


 青年は独り思う。少年は理解どころか、耳を傾けることもしないだろう。だけどそれでいい。この先、自分は少年に読み書きを教える。言葉もそつなく使えるようにして、自分の知る最低限の暮らしをさせてやろうと思っている。例えその中で今日という日を思い出し軽蔑されようと、まるで構いはしない。


「俺は勝手に、お前を生きる目標にするぜ。……だからよ、全部話しておかなくちゃいけないよな。……まあ話すのが今ってのがまた……いや、っくっく、建前からしてさ、どうにも汚いけどもよ」


 青年はぽつぽつと、勝手に自分の過去を話し始めた。


「俺はさ、親を殺したんだ」


 言い切って、たまらず息を吸って天井を仰いだ。いざ話すと決めても事実はこんなにも重いのかと笑ってしまう。悔やんでも事実は変わらないのに。


「妹の為だった。アイツの幸せの為ならなんだってしてやれるし、それが正しいと思った。……でも。たぶんな、それが間違いだったんだ。そのせいで、妹も死んだよ」


 言葉に遅れて記憶も蘇る。


「あの時……なんて言ったのかな、アイツ……。あんな顔で見られたのなんて、初めてだった……」 


 少年が食べ終わり、満足して寝てしまっても、青年は話し続けた。途中から、それは少年じゃなく自分に話していたのだと、気づいていたのに。泣きながら何度も謝って、最後には同じように突っ伏して眠った。


 翌日から、二人は行動を共にした。

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