Ep Ⅰ‐2 死肉の対価
その日もどうしようもなく腹が空いて、彼は深夜にこっそりと死体置き場へ向かった。辺りに人の気配はない。少年は昼間とは違い物陰に隠れることなく、フラフラと歩いていく。
この時間に活動する人は少ない。物目当ての人は死体が投げ込まれる瞬間に動くだけで、深夜は寝ている。暗くて見えないからだ。追い剥ぎばかりする人もまたその時間に動くから、夜には現れない。少年にとってこの二種類の人間は敵である。出会えばロクなことにならない。何度死を感じたことか。
だから彼は夜が好きだった。
気を張らなくていいし、危険が少ない。
何を気にすることなく物色も出来る。
そうして夜を満喫していた少年は―――やがてとある一体に目をつけた。
見たこともない、綺麗な服を着た男だ。こんなもの他の人間が放ってはおかない筈なのに、と首を傾げる少年だったが、ともかく腹が空いて仕方ない。食べてから服を剥ぐことにしよう、と決める。少年はいつものように口を開けて、砕けたボロボロの歯で、口内を自分の血で染めながらソレの腹に噛みつき、噛み千切り、飲み込んだ。
しっかりと食べ、お腹も満ちた頃。そろそろ物を漁ろうと思ったその時。
「――ひッ!?」
唐突な激痛に襲われ、体がバチン、と跳ねる。
それは臓腑に留まらず、四肢の末端にまで走った。
痛みに硬直し、耐えることも考えられずそのまま倒れる。
「――っは――っは、―――――っは」
痛みはやがて熱に変じた。体中が燃えているようだった。
何を言うこともできない。喘ぐ息が唾液をも蒸発させそうだ。
燻り続けている臓物は、もう炭になっているかもしれない。
「―――――あ」
やがて痛みが遠くなり、鼻が曲がるような腐臭も感じなくなった。
月が隠れたのだろうか。周りもいつしか真っ暗だ。
呼吸は既に炎を嚥下するに等しい。辛かった。痛みに耐えかねて息を止めても、息が苦しくて喉を焼く。どうしたって苦しみは和らぐことはない。
きっと五感の全てが燃えていた。
何もかもが熱に変わる。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。
何に触れても灼熱だ。転げ回る気にもならない。動きたくない。
でも苦しみは増すばかり――死ぬ、と思った。
「――が、――ぃ」
意識を飛ばさなかったのは、本能のまま死に抗ったからだろう。
必死に耐え、耐え、耐え―――それでも耐えられず、やがて意識を失った。
既に周囲は明るく、朝を迎えていたが、何も見えない彼が気づくはずもない。
「……」
そんな彼の元に、一人の青年が現れた。ボサボサの長い髪を後ろに束ねた、長身の男だ。鼻は細く高く、気品を感じさせる顔立ちではあるが、その眼は落ちくぼんで、纏う衣服も立派とは言えない。細い体には力がなく、今にも倒れ込みそうだ。
青年は痙攣する少年を眺め、そして傍らの立派な死体を眺めて……硬直した。長くそれを見た青年は、眼を閉じ、何かを想う様に顎を上げる。崖の上に顔を出し始めた太陽が瞼にしみる。酷くまぶしい。
「……今更、逃げてどうなるってんだ」
青年は眼を開くと、身なりの良い死体の服を丁寧に剥ぎ取って丸め、左手に抱えた。次いで少年を右手で軽々と担ぎ上げる。その細身からは信じられない、先ほどとは別人の様なしっかりとした足取りで、彼はそこを後にする。目指すのはこの街にある、青年の住処だ。
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