狩人

そのビリースタインが、今私たちの目の前にいる。


藤原が彼を識別すると同時に、私も男がビリースタインだと気づいていた。


私は彼と、数回面識があった。

何れも総裁チャールズやその他の兄弟たちが居る席での面会であり、一体一の対面はない。

ビリースタインもチャールズの養子であり、いわばその筆頭で長兄として君臨していた。


彼がこの場所にいる以上、ビリースタインこそ私たちが探している敵の正体なのだ。

何故なら藤原に知らせず日本のラボへ、ビリースタインが来たこと自体、弁解の余地のない反逆行為なのだから。


先日、彼との面談のため渡米した北条は生きてはいないだろう。

私はチーフを失った訳だ、チームの再建は絶望的となった。


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「笑えよ、もっと楽しもうぜ」ビリーは流暢な日本語で豪快に笑った。


「北条はどうした?」私は無駄だと知っていても北条の安否を確認する。


北条は、山村による水希勧誘が決定され、その実行前に渡米している。

目的は山村年男が創設した結社の情報収集。

それは水希勧誘の経緯となる事件で、滝弁天という霊場の効果範囲が思いの外に広いことが判明したため、前提事実の再確認が必要となったからだ。


藤原に結社の情報が欲しいと担当リーダーとの面会取次を依頼すると、結社の捜査担当はビリースタインのサブリーダーだと知らされる。

そこで藤原を介して、ビリースタインとの面談を申し入れたのだ。


こうして私は知らずに北条を死地へと派遣してしまう。


「口割らねぇから、直接脳に聞いたよ」笑いながら、右手の人差し指で自分の顳顬を2、3回突っつく。

魔術なのか、ミ=ゴのテクノロジーなのか、兎に角北条の生存の可能性は消えた。


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ビリースタインから見て右側の空間を裂くように電光が走り、クリーチャーが現れる。


それは雄牛ほどの大きさがある鱗に覆われた蛇のような紐状の姿態で、その胴体からは背鰭と羽と細長い腕が生えていた。

蝙蝠のような2枚の羽は体の3分の1程の大きさしかなく、遠距離移動や長時間飛行には適していないようだった。

また腕は3本であり、先には大きな鉤爪が備わっている。

頭部は蛇や蜥蜴のような爬虫類を思わせたが、眼球は蜻蛉の複眼に似ていて触角が生えていた。またその顔は左右非対称になっていて歪んでいる。


私たちはこのクリーチャーのことを知っていた。この忌々しい妖鬼は『狩人』と呼ばれている。

夜間のみ出現可能で術者の命令で人や生き物の命を奪う。

破壊活動や乗り物には適さないが、重火器で武装しても一対一なら、人に勝ち目はない。

このクリーチャーの特徴は、敏捷性が高く素早く獲物を攻撃できる点だ。

当に狩人の名にふさわしい。


しかし、このクリーチャーは協会では然程恐れられていない。

何故なら狩人には制約があり、命を1つ奪うと元の世界に戻っていってしまうのだ。

それはターゲットの命を奪っていなくても、従わなくてはならない理であり、協会員なら使い魔や目下の者を犠牲にして自分の危険を回避することができる。


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無言で榎本がわたしと藤原の前に出て、クリーチャーとの間に立ち塞がる。


「教科書じゃねぇかよ、甘かねぇぞ」ビリースタインの言葉が合図だったのか、ラボを囲む森の中の数ヶ所で電光が火花を散らした。

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