1-2 生活とロリっ子JCプロデューサー
10. 時間を金に変えた
「篠崎くーん。そっち片付け終わったら7番テーブルオーダー取ってー」
「ういーっす」
食べ残しばかりの皿を器用に抱え込み流し場へ叩き込む。まだ昼にもなっていないというのに騒がしい客だ。手を挙げるな。俺を呼ぶな。呼び出しボタンを使え。
世間は大型連休に浮かれ尽くしているが、社会の底辺をギリギリで生き抜く俺にはまるで関係の無いことだ。今日明日は朝から24時間営業の居酒屋でホールスタッフのアルバイト。
八宮wave以外のライブハウスからはお呼びも掛からない現状。ミュージシャンだなんて自称も良いところで、実態はただの貧乏フリーターに過ぎない。篠崎佑磨、21歳の揺るぎない現実である。
「お疲れさん、休憩どーぞぅ」
「石井さん。お疲れさまっす」
「なんか食べるー?」
「棒棒鶏ください。クソ大盛りで」
「ちょっとは遠慮しろや!」
大学生と思わしき集団から大量のオーダーを受け取ると、店長の石井さんに声を掛けられる。もう半分過ぎたか。時間経つの早いな。
「最近すげえじゃん篠崎くん。こないだ出したって曲、俺も聴いたよ。5万回再生だっけ?」
「いやぁ、偶然っすよ」
「ここだけの話、篠崎くんがミュージシャンだって信じてなかったんだよねえ」
「まぁ見た目だけっすから。要素」
「分かるー。マジで金髪似合ってない」
「気付いてるんで安心してください」
24時間営業がウリの個人経営居酒屋「酒豪一家ハチミヤ」だが、夕方から深夜にかけての繁盛ぶりと比べれば朝昼の時間帯は客足は数えるほど。
比例して時給は下がるが、シフトの融通利きまくり、賄い食べ放題の環境は、俺みたいな売れないミュージシャンにとってこの上なく最適な環境だ。
石井さんに作って貰った棒棒鶏を片手に空いたテーブルへ。店内で勝手に食って良いの楽で有難いんだけど、色々とラフ過ぎて心配になる。まぁ八宮って若者ばっかりだし、クレームとかあんまり来ないのかな。
「石井さん仕事は」
「んー。じゃあ休憩取るわ」
「そんなんで良いんすか店長が」
「暫く新規の客来てないし、今いるホールの人数で回せるよ。灰皿取って」
「いい加減禁煙にしましょうよ」
「昨日役所の人が抜き打ち来たばっかだから。気にしない気にしない」
煙草に火を付け向かいのテーブル席に座る。いくら個人経営だからってルーズにもほどがあるよな……石井さん一人で始めて大きくした店だし、自己責任ってやつか。まだ30代前半なのにすげえわ。
しかしまぁ、俺の周りってホント喫煙者ばっかりなんだよな。知り合いの音楽仲間の未成年もガンガン吸ってるし。ヤバすぎるよ絶望快楽都市八宮。
「……なに? どしたの?」
「いや、なんでも」
「彼女に浮気でもされた?」
「居ないっすよ。年齢イコールなんで」
「えー? バンドマンモテるでしょー」
「食えそうなファンも見当たらないもんでね」
「あははは! それは確かにな!」
割とシビアな問題なんだぞ。んな軽く笑うな。美味い棒棒鶏作る以外に才能無い癖に。ドチャクソ美味いんだよふざけんな。
(すばるん何してんのかなあ)
で。そう。ため息の理由。
自宅に置いて来たロリプロデューサーの件。
『どうしてミュージシャンが週4ないし週5フルタイムで働いているんですか! お金も大事ですが、もっと他に優先すべきことがあるでしょう!』
家を出る前、すばるんからこんなことを言われてしまった。堅いフローリングの床で迎えるJCとの朝は中々に悪くないモノだったが、この一言で気分はガタ落ち。
今日も新しいマーケティング戦略を……と息巻いていたすばるんに「いや普通にバイト」とアッサリ伝えると、ちょっとした言い争いみたいになってしまった。
何だかんだすばるんは、ミュージシャンというものにどこか過剰な幻想を抱いている節が否めない。週の大半をアルバイトに費やす時間の使い方が、彼女はどうしても気に食わなかったらしい。
今どきメジャーアーティストだって兼業して日銭を賄っているのだ。ライブのことだけ考えてればいい生活なんて、俺みたいな三流には想像さえ付かない世界。
(ちゃんとメシ食ってるかな)
お金はほとんど持っていなかったので、1,000円札一枚置いて逃げるように家を出て来たのだが……正直小遣い500円でも多いよなあ、今の生活水準じゃ。
「やっぱ女でしょ。篠崎くん」
「だから違いますって……じゃあ話しますよ。石井さん、一個相談なんすけど」
「お? なに?」
「石井さん、一人でこの店始めて普通に繁盛してるじゃないっすか。凄いっすよね」
「おいおい急になんだよ。小遣いならやらねえぞ。煙草はあげるけど」
「要らないっすよガラム臭せえし」
店舗の規模としてはそれほどだが、石井さんが売り上げで頭を抱えているところを今の今まで一度も見たことが無い。
やや薄暗い照明に木造のノスタルジックな内装。石井さんのこだわりが存分に詰まった雰囲気の良い店だ。その辺のチェーン店よりよっぽど繁盛している。
要するに石井さんは、自分のポリシーを貫いたまま売り上げという結果を出し続けているわけだ。これってもしかしなくても凄いことなんだよな。
「難しいっすよね。自分のやりたいことで食って行くって。やっぱ」
「んー。そうだねえ」
「なんかこう、店始めるときに意識してたこととかあるんすか?」
「意識? なーんも。やりたいようにやっただけ」
「はぁー……やっぱ天才肌はちげえな……」
「あー。でもそーだなー。一個だけあるとしたら……自信を持つってことかな?」
腕を組み自慢の内装を恍惚の笑みで眺める石井さん。偶に仕事中も天井見上げてニヤニヤしてるんだよな。気持ち悪い。これは。普通に。
「例えばだけどさ。メチャクチャ美味いって評判のラーメン屋がすぐ近くに二軒あって、まだどっちも食べたことが無い。篠崎くんだったらどうするよ?」
「ラーメン屋……そうっすね。取りあえずどっちか入って、気に入らなかったらもう一個の方に行きますかね」
「じゃあ、その「取りあえず」で一個の店を選んだ理由はなにさ? 味はどっちも同じレベル、値段も変わらないとして」
「…………外観、とか?」
「うんうん。他には?」
「空いてるかどうか」
「んー、いかにも篠崎くんらしい答えだなー…………まぁそれも正解っちゃ正解なんだけどね。俺が思うにこの二軒のラーメン屋の差は、敷居の低さだよ」
「……どういうことっすか?」
同じ場所に同じレベルの店が二軒。
条件としては何も変わらないんじゃ。
石井さんは不敵にえくぼを広げ、独自とも王道とも呼べる商売論を語り出す。
「実はその篠崎くんが入った店、看板にでっかく「激安! 本場の家系ラーメン! ライスお代わり無料!」って書いてあるんだよ」
「なんすかその超後出しじゃんけん」
「で、もう片っぽの方は店名が乗ってるだけ。いやね篠崎くん、これとっても大事なんだよ。ウチの店前に置いてある看板になんて書いてある?」
「『外れ無し 普通の安くて美味しい居酒屋 実は八宮ナンバーワン』……ですね」
「そう。オープンしたときからずーーっと置いてんのその看板。これに惹かれてみんなドアを開くんだよ」
それはつまり……分かりやすい売り文句を出し惜しみしないってことなのだろうか? 随分と単純な話だが、それだけで上手く行くものなのか。
「あのね篠崎くん。人は興味を持ったものにしか興味を持たないの。意識の内側に入らないと、なにも動かないし、変わらないんだよ」
「……そう、なんすかねえ」
「それでいて、人間っつうものは見返りを求めるからね。勝手に期待して、勝手に失望するわけ。ほんで、この店はどう? お客さんの期待に応えられてると思う?」
「まぁ、上々ですね」
「そっ。細かいところなんて二の次。お客さんは自分なりに答えを出して納得してくれるのさ。普通と言っておきながら意外と内装がお洒落だとか、本当に安いししかも美味しいとか。勝手に付加価値を付けてくれるんだよ。まぁ狙ってるんだけど」
「はぁ……っ」
「もし期待外れだったって人が居ても、そんなの知らないよ。だって新規の客がドンドン来るんだから」
入り口を広げるだけ広げて、満足できなかった人間はすぐに切捨てる。ということか。昨日もすばるんから似たような話を聞いたな……。
「篠崎くん。こだわるのは大切だよ。でも「魅せ方」にはこだわっちゃいけない。分かる奴だけ分かればいいとか、最悪だから。とにかく気付かせる、見付けて貰うことが重要なんだ…………っと、新規さんだね。じゃあごゆっくり~」
立ち上がりスタコラとお客さんを案内する石井さん。メチャクチャ私服で。あれでよく飲食店に立てるよな。TPOに物理で殴られろ。
魅せ方、か。
正論のような、邪道のような。
すべてを受け入れるわけにもいかない。だが少なくとも、石井さんは結果を出している。一方で俺はというと……。
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