シンプルなチョコレートプリン 2
帰りの会が終わった瞬間、わたしは教室を飛び出した。
まだチャイムは鳴っていないけど、もう待ちきれない。
「こんにちは!」
赤いランドセルを背負って、家庭科室へ駆け込む。
するとおじいちゃん先生が材料や調理器具の準備をしていた。
「おっ、いらっしゃい。ずいぶん早いなぁ、もう帰りの会は終わったんか?」
「はい、待ちきれなくて来ちゃいました」
「そりゃあ嬉しいなぁ」
おじいちゃん先生の関西弁は穏やかで、柔らかくて、すごく心地いい。
わたしは真ん中の列の一番前の作業台からパイプ椅子をひとつ、下ろした。
パイプ椅子にランドセルを置くと、おじいちゃん先生は調理器具を各テーブルに運び始めた。
「先生、お手伝いしますよ」
「おっ、助かるわぁ。じゃあ頼んます」
おじいちゃん先生が頷くと、わたしはボウルをそれぞれの作業台に運んだ。
ボウルを全部運び終えると、おじいちゃん先生は冷蔵庫から材料を取り出してきた。
板チョコ、牛乳、マシュマロなど、量はすごいけど、材料はたった五つだけだった。
たったこれだけでオシャレなお菓子が出来るの?
わたしは首を傾げつつ、おじいちゃん先生に尋ねた。
「先生、何を作るんですか?」
わたしの言葉におじいちゃん先生は楽しそうに答えた。
「魔法の手間抜きチョコレートプリンや」
「手間抜き、プリン?」
頭の上にはてなマークがたくさん浮かび上がってくる。
最初はオシャレだし、作れたらいいな、と思った。
だけど作り方を検索してみると、難しそうだったし、お母さんからも止められた。
しかも『手間抜き』という言葉の意味がよく分からない。
聞いてみたけど、おじいちゃん先生は微笑むだけだった。
「作ってみたら分かるよ」
しばらくして、二十人くらい人が集まって来た。
わたしは配ぜんの時に使う割ぽう着を借りて、きちんと手を洗った。
手がかじかみつつもどうにか手を洗い終えたけど、なんだかスッキリしない。
チョコレートプリンを作れたら素敵だと思う。
だけどこの前見た作り方は蒸す火加減とかが難しそうで、諦めてしまった。
しかもどの作業台にも蒸し器なんて置かれていない。
不安になっていると、おじいちゃん先生のお菓子教室が始まった。
「では、始めましょか」
柔らかな口調で切り出すとまず、おじいちゃん先生はチョコレートを手に取った
「まず、板チョコを鍋の中に割り入れます。次に牛乳五十㏄を鍋に加えて、弱火で加熱します。この時、沸騰させないように注意してください」
おじいちゃん先生がやる通りにわたしも同じ作業台の子たちと板チョコを割って、牛乳を量り入れる。
弱火にかけて、ゴムベラで混ぜながらチョコを溶かしていく。
甘い香りを漂わせるホットチョコレートになってくると、おじいちゃん先生が言った。
「あったまってきたら、火から下ろして、粉ゼラチンを加えて混ぜます。完全に溶けたら牛乳八十㏄を加えて、さっと混ぜてください」
「こ、粉ゼラチン?」
プリンにゼラチンなんて使ったっけ?
この前見たレシピにはゼラチンなんて書かれていなかった。
不思議に思っていると、おじいちゃん先生は楽しそうに告げた。
「このゼラチンが手間抜きチョコレートプリンの要や。無理に背伸びをして蒸すよりも、ゼリーみたいに冷やす方が簡単やろ?」
考えた事もなかった。
お菓子作りはよく分からないが、冷やすパターンのプリンの作り方もあったなんて。
わたしは面食らって言葉を失っていると、おじいちゃん先生はわたしの肩を叩いた。
「お菓子作りの基本はな、『いかに楽しく作れるか』、たったこれだけなんや」
「楽しく、作れるか……」
「そうそう」
おじいちゃん先生は楽しそうに頷いた。
「難しいレシピをしかめっ面で作るよりも、簡単でいいからごきげんな顔をして、みんなで楽しく食卓を囲む……その方が幸せやろ? 出来ない事を無理してやろうとする必要はあらへんで」
おじいちゃん先生は柔らかに、そして力強く告げる。
わたしは火から下ろされた鍋のチョコレート液の水面を見つめた。
心がすっと軽くなっていく。
わたしの中でおじいちゃん先生の言葉が染み込むように響く。
「難しく考えないでいいんだ……」
わたしが小さく呟くと、おじいちゃん先生がにっこりと微笑んだ。
「そうそう、その通りや」
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