第9話 容赦なき救助

クリスタル王国第一王女クレア・クリスタルを護衛ごえいしていた近衛騎士スカーレット・スタールは、後に回想している。


あの時は、本当に死ぬかと思ったと・・・。


レヴィは、ソロモンから救助を急げと言われていたので、最速で救助対象の元へと向かったのである。


救助される側の人々から見れば、怒涛どとうの勢いで巨大なリヴァイアサンが迫って来るため、恐慌きょうこう状態におちいるのも当然である。


降っていた災難である。


遭難そうなんした地点は”魔の領域”ではないはずだと皆思っていた。


それが、いつの間にか侵入してしまっていたのかもしれず、凶悪な魔物にいつ襲われてもおかしくはないという二重の恐怖。


スカーレットの周りにいた人々は、阿鼻叫喚あびきょうかんとなっていた。


救命ボートに乗っていた者、木にしがみついて海に浮いている者、皆等しく助けを求め、神々に祈る絶叫をあげる。


見渡す限り海であり、どこへ逃げようと、逃れられないというのに、必死で遠ざかろうとするものも多かった。


近衛騎士であるスカーレットは、常に死を覚悟はしているつもりではあった。


周りの者のように叫びはしなかったものの、心中は大声で叫びたかった。


国の危機、嵐に会い、船が沈み、そして、護衛対象である王女様を見失う。


そして、追い打ちをかけるように、リヴァイアサンが迫る。


「アレは、人の身でどうこう出来る代物しろものではないな」


リヴァイアサンを見た感想をそのまま漏らす。


運命の神ロットを呪いたくなるほど、これでもかというほど運がないと思う。


流石さすがにもう駄目だめか・・・」


スカーレットは、あきらめの言葉を吐いてしまう。


男爵家四女として育ち、その過程で剣の才能を見出された。


その後、騎士見習いとなる騎士学校を優秀な成績で卒業し、厳しい訓練や周りのやっかみにもえてきた。


ようやくほまれ高きクリスタル王国 近衛騎士団へ入団、王女様の護衛を拝命はいめいしこれからという時である・・・。


生きてきた中で、後悔こうかいはもちろんある。


特に、王女であるクレア様の護衛を失敗したことだ・・・自分の不甲斐ふがいなさをきんじ得ない。


最後の瞬間ときまで足掻あがいて、クレア様を見つけなければ・・・。


顔を上げ、足場の悪いちっぽけな小舟の上で、剣を持ち立ち上がる。


リヴァイアサンが自分の目の前で、咆哮ほうこうと共にあぎとを開く・・・。


スカーレットは、突然持ち上げられた感覚がした。


見るとシャボン玉の中にいるようであり、宙に浮かんでいる。


周りを見ると、一人残らず全員シャボン玉の中にいた。


リヴァイアサンがそれ以降何もなかったかのように進みだすと、皆のシャボン玉も同じ方向へと動き出した。


スカーレットは、よくわからない状況に戸惑とまったが、猛烈もうれつな速さによって、思考がさえぎられた。


自分をおおっているシャボン玉が割れ、海に投げ出されようものなら死んでしまうのは確実なため、下手へたに動けない。


そのような状態がしばらく続いたが、陸が見え、レイノス大陸の海岸にたどり着く。


シャボン玉は砂地に移動し、割れた。


人々は投げ出され、呆然ぼうぜんとしていた。


「やれやれ、これで達成じゃ」


リヴァイアサン姿のレヴィの目の前には、スカーレットがいた。


「『クレアは生きている』とソロモンがお主らに伝えておけと言っておったのじゃ」


それだけ言うと、リヴァイアサンは来た時同様、すさまじい勢いで去って行く。


人々は、何が起こったのか分からず混乱していたが、そのうち皆が助かったのだと気が付き始め、喜んだ。


レヴィに助けれられた者の一人が、絶望から生還せいかんした勢いで、リヴァイアサンは竜神様であったのだと大声を上げ、感謝のいのりをささげている。


それを機に助けられたもの皆が、次々と感謝の言葉を発していた。


そんな彼らとは別に、近衛騎士スカーレット・スタールは、リヴァイアサンの行動、去り際の言葉について頭の中で整理しようとしたが、全く上手く行く気がしなかった。

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