電話


ふと、両親の姿が頭によぎる。

汗の滲んだ手でスマートフォンを探し、発信ボタンを押すが母も父も電話には出ない。

何かあったらどうしようと、このまま明日まで連絡が取れなかったらと思うと不安が更に押し寄せ溢れ出していく。


だが、必死に3回電話を鳴らした後で突然冷静になった。

そういえば父は早朝からいつも仕事へ行っていたし、母は日が変わるまで仕事をしているからきっとまだ寝ている。


心のざわつきが一瞬で収まり「気付いたら電話して」と落ち着いた様子でメッセージを打つ。

会社からの自宅待機要請メールと共に溜まった通知に目がいった。


『ちょっと待って』

『今すぐテレビ見て』

『もしかして仕事行ってる?』


そう何件も続くメッセージは、前川小夜まえかわさよからのものだった。


大翔はハッとした。

両親の事に必死になりすぎた余り、他の大切なものを忘れていた事に少し動揺した。

親指とその奥に映るキーボード画面を見つめたまま、動きが止まる。


電話しようかな…


そういえば昨日話した時は彼氏が泊まりに来ると言っていたっけ。もし一緒にいたらきっと出ないかも知れない。心配で声が聞きたくても、迷惑だったら。タイミングが悪くて彼氏も嫌な気持ちになったら。


なら、やるべきではないよな。


スーツにシワが寄らぬように綺麗な姿勢を保ったまま、数分の時間が過ぎていく。

沢山のもしもが凄いスピードで頭の中を通り過ぎて、マイナスな事ばかり大翔の心に染み込んでいく。


こんな緊急時ですら電話一本もかけれない自分に嫌気が差すが、最悪の状況を考え、行動をする事を拒み続けていた。


長い数分が過ぎた時、大翔は沢山の参考書が並ぶ本棚に目を向けた。

手前に飛び出た何冊かの本を取り出すと、その奥でぐしゃぐしゃに潰れた煙草の箱に手を伸ばす。


明日本当に隕石が落ちるならもうどうにでもなれ。


インテリアと化していた陶器の灰皿を机に置くと、マッチで火をつけた。その瞬間、携帯の着信音が鳴った。


『ちょっと!見てるなら返事してよ!』

その声は小夜だった。


「ごめんって」

『てかニュース見た?どうする?』

「どうする?って言われてもな…」

『いや!色々準備とか避難所早めに行った方が良いのかなとかさ!こっちにも大きい地震くるよ絶対』

「……隕石って嘘みたいな話だよね」

『何その他人事!ダメだよ!』


思わず頬が緩む。

さっきの葛藤が嘘かのように心が晴れて、雲など何処にも見当たらない。

雨が降っていたとしても小夜はいつも傘を持ってくる。


『とりあえず避難所行くなら教えてね』

「分かった。小夜も家出たら教えて」


電話が切れ、また静かな空間に包まれる。放置していた煙草はもう灰だらけになってしまった。


「そういえば」


大翔がある事を思い出すと同時にぐゅるるるるるっと大きい音でお腹が鳴った。

少し表面が乾きだしている白米、味が染み込み崩れているじゃがいもに目をやる。今度はしっかりサランラップをしよう、と思いながら手を合わせた。


「いただきます」


時計は9時を回ろうとしていた。

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