隕石が落ちる3秒前(仮名)

も。

隕石

ピピッピピピッ____


鳴り続くのを嫌がるかのように止められた目覚まし。カーテンの隙間から太陽が顔を見せる。


今宮大翔いまみやかけるは足元に溜まった掛け布を蹴り、ベッドの端に座るとため息をついた。

昨日セットしておいたコーヒーメーカーから渋い匂いが部屋中に立ち込めている。


「………ご飯食べよう」

コーヒーの香りが染み込んだ匂いの雲を深く吸い込み大翔はキッチンへ向かった。


忙しなくバタバタと支度をするのが嫌いな大翔の楽しみは、ゆったりとテレビを観ながら食べる朝ごはんだ。これがないと最悪な一日になるといっても過言ではない。


誕生日に母から貰ったミニ・ココットには昨日作っておいた肉じゃがが入っている。冷凍ご飯を電子レンジで温めた後、ニコニコしながら彼はソファに腰かけた。


いつもと変わらぬ一日。

違うことと言えば、いつもより寝癖が多くついているくらいで。


けれど緊急速報という見慣れない文字が大翔の目に真っ先に映り込んできた。


「えー、繰り返しお伝えします。明日の朝未明に直径1kmの小惑星が日本へ落ちる可能性があるとの報告が出ています。当初予定していた内容を変更致しまして緊急速報をお伝えしております。」


アナウンサーは慌ただしい様子でそう言った。

その声は力強くとも明らかに震え、顔は青ざめていた。


「現在予測されている落下地点は日本の北東部となっており、落下後の衝撃で地震の危険性があります。津波の影響については現在調査中との事ですが、沿岸部にお住まいの方は海や川から離れ、お近くの避難所へ移動をお願いします。」


そしてこう続けられた。


「隕石が通過する際の爆風でガラスが割れる可能性があります。窓がある場所は避け、屋内へ避難をお願いします。」


何度も続く呼びかけは大翔の耳へ伝わり、脳へ情報を送り込むが飲み込む事が出来ない。

危険は感じながらも身体は動かない。

息をするのも忘れ、キャスターが話しているだけの画面をただひたすらに見つめている。


「そんな事ある?」

大翔は小声でそう呟き、思わず笑ってしまった。


ニュースでは総理大臣との生中継に切り替わり、アナウンサーから報じられたよりも詳しい内容が明かされた。


この事実を知ったのは数時間前であること。

NASAが隕石破壊の為にロケット発射の準備をしていること。


日本ではもう何も手の施しようがないこと。


窓から外を眺めてみるが、マンションから映る道路には傘を刺しながら歩いてる人がちらほら見える。せかせかと疲れた顔で仕事へ向かう人達はいつもと何ら変わらない。


そんな街の風景と、非現実的なテレビ中継が異様な空気を醸し出している。

その気味の悪さが、嘘だと疑う隙など与えない。


「我々は諦めた訳ではない。だが、総理大臣という立場ではなく一人の人間として、国民の皆さまには悔いのないよう今日という一日を過ごしてほしい。」


総理大臣の顔には絶望の二文字が浮かびあがりながらも、冷静な声でそうまとめられ報道陣を無視して会場を後にした。


その後もニュース報道は続いたが、午後からは通常通りにという方針になったのかバラエティやドラマの再放送のお知らせがされた。


テーブルの上にはぬるくなったコーヒーと肉じゃが。もう食欲などどこかへ消えてしまっていた。


時計は8時を回ろうとしていた。

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