乱世の奸雄

 ナグア王国でも名門として知られるアルメシア家の四男として生を受けたアデラールが若き頃。大陸を転々と旅をする傭兵であった話は王国では隠す事なく伝えられている有名な実話である。男子に恵まれたアルメシア家において家督を継ぐ可能性が低い四男であったアデラールが他家に婿に出る慣習を嫌い貴族としての生活を捨てて外の世界に身を投じて十数年余り。紆余曲折を経て国に戻り帰郷した彼がアルメシア家の当主の座に就く半生は一部で物語として編纂される程にナグアでは高名な英雄譚として広く知られている。


 相次いだアルメシア家の悲劇と数々の試練の果てに小国の美姫と添い遂げる目映い冒険録。だが若き傭兵として名を馳せたアデラールの傍らに。常に背を守り合い。剣を並べた盟友の存在は。血統神話の偶像とされる英雄の影として王国の記録に語られる事は無かった。


 ★★★


 アルメシア家の私室の一つ。


 長椅子から両足を伸ばして机に乗せたエドヴァルドの姿。周囲の調度品一つを見ても精巧な細工が施された年代物の名品の数々である事は素人目でも明らかで。それを全く意に介する様子すらなく盛大に。不遜に。寛いでいる様子はまるで我が家の様であった。


「おいっ、根暗狼。お前は客人に茶の一杯も出せんのか」


 畳み掛ける一言に。まさに手づから煎れた二人分の茶杯をアデラールが乱暴に眼前の机に置くのはほぼ同時であったろうか。子爵と傭兵が同じ室内で他者を交えず二人きり。状況として酷く異質な光景であった事は疑い様もなく。それが名家として知られるアルメシア家の当主と一介の傭兵ともなれば尚の事。アデラールの気質と振る舞いを熟知している王宮の雀たちがもしも知れば目を剥いて驚きを隠せなかった事であろう。エドヴァルドのアデラールに対するぞんざいな物言いと態度以上にこの場に黒装の老人を同席させぬ異例さに。


「黙れ猿人。進化から外れた大猿め。貴様が人間様の作法を口にするとは暫く会わぬ間に随分と人の真似事が上手くなったようだな」


 乱暴な言葉の応酬ではあるが両者共に気分を害した様子は微塵も見られず。寧ろ互いに申し合わせて懐かしむ風情が滲むのは。疎遠になれども絆は強く。他者が測れぬ二十年来の関係性ゆえであろう。


「エレーナがお前の子を身籠って。二人で国に帰郷してからもう十二年か......こうして会えば嫌でも知れる。互いに歳を食っちまったもんだぜ」


 エドヴァルドは染々と過ぎた年月の長さと重みを噛み締める。無謀であった青年期。今に思えば二人で戦場を駆け。旅をした暮らしの内。無茶も馬鹿も数えきれぬ程に......。その全てが良い思い出であったとは言えないが今は互いに多くを背負い嘗ての様には生きられぬゆえに。過去を偲べば眩しい日々であったと懐かしむ。


 後に知らされ。目にする現実を思い知れば知る程に。抱く感慨は深く複雑に。


「あのじゃじゃ馬娘が人の親と......からかって笑ってやるつもりが、まさか俺たちより先に逝っちまうとはなぁ。世の中は因果応報ともいかず、ままならんモノだぜ全くよ」


「アレは生来から壮健とは言えぬ身であった。この北の地での厳しい環境と産後の肥立ちの悪さも重なって崩した体調が要因ならばアレも悔いはあるまいよ。身の危険を覚悟の上で。望んで我が子を産んだのだからな」


 以前より遥かに血色は悪くとも表情を変える事もなくアデラールは最愛の妻の最後を語る。そんな友の姿を前にして、お前自身の気持ちはどうなのだ、と。若き頃ならば詰問したかも知れぬ気丈さに。若気は過ぎて歳を経ると是非はあれ。多く物事を察してしまうゆえに。投げ掛ける思いは言葉に為らずエドヴァルドは口を閉ざす。


「お前とこうして違った年月を埋める作業は友として心地の良いものではあるが......エドヴァルド。既に察している点も多くあろうが、お前をナグアに招いた理由は北壁の防衛に信頼の置ける戦力を投入する為......だけの腹積もりではない」


 私室に余人の影はなく。嘗ての友が二人きり。ゆえに偽りなく腹を割って本音を語るとアデラールの眼差しはそうエドヴァルドに語り掛けていた。


「要請に応える形でナグアに入ってからも私に連絡一つ寄越さず、あくまで協会からの依頼とする辺り、権力者との縁故を嫌う実にひねくれたお前らしいと困っていたものだ......が。そんな男が王都を訪れて早々に私に頼み事とは正直驚かされたのは確かな話」


 だが助かった、とアデラールは仏頂面のエドヴァルドに笑い掛ける。


「此方から誘いを掛けても天の邪鬼なお前の事だ。今や家の名が先に立ち。常に付き纏う私にすんなりと会おうとするかは甚だに疑問な話であったのだからな」


「ウチの娘は二人とも器量は良いが我儘で扱いに難しい困った奴らだが。それでも可愛い娘の頼みなら手前の安い信条を多少は曲げてやる程度には......まぁ俺も年老いて丸くなっちまったってこったろうな」


 悪いか馬鹿野郎、とばつの悪い表情でエドヴァルドはアデラールに抗議する。態度こそ粗悪で粗暴。然れども己と血が繋がらぬ子らに向ける愛情は本物と。昔から裏表がなく豪快で真っ直ぐな気質の男と知るゆえに。時折滲ませる態度と言動の節々でそれとアデラールは理解する。


「悪い筈もなかろうよ。ましてそれが麗しい銀髪の聖女の導きならば尚の事。最早これが天命であったと思える程にな」


 ゆえに未来の話をするとしようか、と。


 アストレアの存在を言下に匂わせる嘗ての友の姿を。エドヴァルドは表情を改めて見据えるのであった。



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