見上げれば星の海。


 中庭を照らす篝火の周囲には男共が酒を酌み交わし騒ぎ踊る喧騒が冬の夜空に昇って消える。鎮魂と例えるには情緒に欠けて。しかし亡き者たちを語り合い、紡ぐ思いは面影に。彼らの記憶を受け継ぐ男たちに憂愁な姿は似合わない。鉄血の絆は死しても消えず先を歩む仲間の内に。偲ぶだけの感傷ゆえの儀式に非ず。様式に沿わぬ無作法を意にも介さぬのは。何事にも縛られぬ彼らにとっての、それが北壁で散った者たちを送る鎮魂歌であったのだろう。


 宴もたけなわ


 意識も虚ろに裸で踊る男の姿を疎らに。篝火の周りには昏倒した男たちの姿を数多に映し。輪を離れ芝生に座るアストレアは一人杯を傾ける。横に転がる空の大樽は五つ。夜空の月の淡い光に照らされて黙々と杯を傾ける姿は幾多の星に負けぬ程に美しい。モノであった......が、良く見れば周囲の暗闇に酔い潰れた敗北者たちの寝息が漏れ聴こえ。少女に酒量で勝る者はなくつわものどもが夢の跡。無情たる光景が広がっていた。


「酷い光景だな、こりゃあ」


 荒い寝息に包まれる薄闇に酒瓶を手に姿を見せたのはユリウス。此方も酒豪と呼べる確かな足取りでアストレアに歩みを寄せると脇の芝生に腰を下ろす。見て知れる結果を伴う光景は荒くれ共の惨敗で。


「君も私に挑んで見るかい?」


 尚も顔色一つ変えぬ眼差しにユリウスは苦笑を浮かべて首を横に振る。アストレアが底無しなのは惨状をして見て取れる。それを知って挑む程に無謀ではなかったし、何よりこれは仲間として受け入れる鉄血の鎖においての儀式の様なモノ。既にネセサリアから洗礼を受けていたユリウスが心情的にも気分が乗らぬのは分かる話であったと言える。


 月夜に二人。


 照らすユリウスの横顔には青痣が浮き彫りに。度合いとしては軽少の部類に入る腫れではあるが、優男として知られる目鼻立ちゆえに目立つそれは実に痛々しいモノであった。


「可憐な乙女の誘いなら受けて立ちたいところだが......あの怪力女のせいで傷に染みて仕方ない。なので今回は遠慮させて貰おうかな」


 大仰な手振りで断るユリウスのおどけた仕草を前にしてアストレアは傾ける杯を一瞬鈍らせ事の顛末を思索する。


「私が謝るのは此所の礼儀に反するのだろうね」


「当然だ。アイツの気性を知っていて熱くなった俺が悪い。現に親父は直ぐに気づいたようだしな。比べ見て全く以て情けない話さ」


 何より最初に察するべきであった。アレがネセサリアの偽らぬ本心であったなら

アストレアを一人残して行動していた違和感に。身内に危険を及ぶす存在を。その

機会がありながら、見逃す真似が出来る程ネセサリアは甘い女ではないからだ。


 自分自身で見て知って感じたままに理解する。ネセサリアの特有に過ぎる感性を知れば知る程に今に思えば応接間でのあの挑発的な言動と態度が男共の認識と覚悟を試した茶番であるのは明らかで。それを額面通りに受け取った己の浅慮をユリウスは自嘲する。


「それでも君なら彼女に触れさせぬ......そうした結果に導けただろうに」


「冗談言うな。ネスが加減したからこの程度で済んでるんだぞ......それを拳を避けでもしたらどうなるか。接したお前ならもう分かるだろう?」


 気性も手加減も、振り幅が大きいゆえに。演技が転じて本気になれば残る先は真剣勝負の殺し合いだ、と物騒過ぎる顛末をユリウスは苦笑を浮かべて語って見せる。


「だから、まぁ、この辺が落とし所としちゃあ丁度良い。今回は間抜けを晒したのは俺の方だしな」


 見上げる夜空。


 苦笑の内に遺恨なく割り切るユリウスの表情は晴れやかで。窺うアストレアは成長過程の若者を目を細めて眺め見る。


 嘗ての友たち。遠き過去に過ごした日々を偲べばこそ彼らの仲間に対する想いをアストレアは痛い程に理解する。隔てた時の先。それでも変わる事のない人の魂の在り方に。或いは酔わぬ身でありながら何処か心の片隅で酔いは残っていたのだろうか、らしくなく感傷的に瞳を伏せる。


 仲間と共に一度は救った世界。守りたいと願った者たちが命を紡いで織り成した先の世に生きる彼ら人間たちはアストレアにとっての宝物。反して彼女を生み堕とした人間の愚かさゆえに失望と希望の狭間で瞳が揺れる。


「君もまた男子おのこだな。信ずるに足る仲間は得難い宝。それを大切にするといい」


 ユリウスに瞳を向けず囁くアストレアの横顔は物悲しくも美しく。変わらず大人びた言動に反感と違和感を抱かせぬ程に纏わす雰囲気は積み重ねられた経験の重みを窺わせ。それはとても十五、六歳の少女が過ごした人生で培わる程度に軽いモノではない。


 当たらずとも遠からず。


 ネセサリアの挑発的な言動に潜む真実は。


 果たして何処までが本気であったのか真偽を測るにしても激情家として知られるネセサリアだけに感情のままの言動は信憑性に欠け。それがユリウスの思考を迷わせる。ゆえに正しく分かる部分は一つだけ。


 視界に映る新参の少女の仕草や態度はその言動に至るまで。本人が無自覚であろうとも良くも悪くも他者を惹き付ける。これまでは人を寄せ付けぬ事で対処してきたやり方はこれからは通じない。ゆえに学ぶべきは要領で。新たに加わった年の離れた妹分にそれを自覚させる困難さにユリウスは軽い眩暈を覚えるが......。


 まずは初めの一歩から。


 好意を持たぬ男の前で無防備にそんな儚げな表情を見せるな、と。


 男とは勘違いをする悲しき生き物ゆえに。男慣れとは異なる意味で、自分が女である自覚が希薄としか思えぬ浮世離れした天上人に男に対する接し方から教育していく事にする。


 せめて手が届かぬ天の星でなく地に咲く可憐な花として。


 今度の人生を思えば誰の為にもそれが幸せであるだろう、と。


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