人と獣の証明
セイレム郊外。
北方領で最大の街であるセイレムには王都に住まう貴族たちが所有する別邸が少なからず存在している。北域の気候柄、夏期の避暑地としての意味合いは薄く。主な目的は別にあり。広大な敷地を安価で手に出来る地方の土地は領民に家名を知らしめ誇示する宣伝的な効果に適して。目的を同じくする貴族たちの別宅が建ち並ぶ風景は地方では馴染みの光景であった。
然し
★★★
中庭を望む外壁の鉄門の内。敷地には天幕が並び、生活感を滲ませる内幕より外に出て芝生で雑談に興じている若者たちの姿を映し出す。
貴族の屋敷が如何に立派なモノであれ、流石に全ての団員たちが寝泊まりするには部屋数が不足し溢れる者たちが出る事は避けらず。一部の者たちはこうして中庭に天幕を張って仮の住まいを確保していた。年功序列と言う訳でなく、エドヴァルドの勝手な差配で決められた選別に。漏れた団員たちの表情に不満の色が見られぬのには、傭兵団としての成り立ちと固有とさえ言える団としての特色の現れと言っても過言ではないであろう。
統合と分裂を重ね。外に多くの人材を求める大半の傭兵団とは異なって、勧誘に関わる裁量がエドヴァルドに一任されている鉄血の鎖は独自の路線を辿るに至り。総勢にして五十に届く団員の大半を二十代の若者たちが占め。多くの者が幼少に近い十代の頃より席を置く戦争孤児たちで構成されている。古参が多く統率された練度の高い傭兵たちの優秀さは戦場での団員の死亡率の低さからも窺い知れ。連携を用い戦術に秀でた戦闘集団として。鉄血の鎖の名は大陸でも知られる傭兵団の一つであった。
屋敷の応接室。
窓辺から天幕を見下ろす室内にエドヴァルドとユリウスの姿が在る。億劫そうに体格に合わぬ長椅子に腰を据える巨躯。流石は体力自慢と言うべきか、セイレムに戻ってからも精力的に動き、
報告は簡潔に。エドヴァルドが事前に指示した結果に反して然したる進展が見込めぬ現状を知らせている。
拐った村民を運ぶのに徒歩や小型の馬車で列を成しては傍目に目立つ。ゆえに王都方面から物資を搬入している大型の荷馬車。その往来に紛れて街道を往くのではないか、と街での聞き込みと合わせて街道を見張らせていたのだが......。
「万全は期したつもりだったが正直に言って今のセイレムは予想を越えて人間が多すぎて......逆に真っ当な連中を街や街道近辺で見つける方が難しい」
と、怪しい者は多数に渡り。加えて不確定な噂や情報が多すぎて現状では絞り切れないとユリウスは告げる。本来の住民たちの数を遥かに越えて領地外から集まる人間たちで人種の
報告するユリウスに......ある程度は折り込み済みだったのだろう、エドヴァルドに焦った様子はなく。
「まぁ、しゃあねぇな。王都の情報屋と顔役連中には話を通しておいたんだろう? ならそっちで目星を付けさせりゃあいいさ。どの道、買い手が居なけりゃ商売にならねぇ奴隷売買を秘密裏にってのが土台からして無理な話。何れ襤褸は出るし此方は焦らず痕跡を追跡していけばいい。まぁ早目に片を付けときたかったのは確かだが、少し先。王都まで持ち越しただけの事。帰り道で無駄もねぇし悲観する程の事でもねえよ」
「実は団長。その王都が少々きな臭い」
大仰に手を振って問題ないと示して見せるエドヴァルドの姿にユリウスの声が続いて響く。
「その王都の情報屋の話だと城下の駐屯地に最近掲げられた国旗が四つ。他国の軍装を着た連中も頻繁に目撃されているらしくてな。どうやら他の北域三ヶ国の軍がナグアの王都に集結しているらしい」
「おいおい、そいつは寝耳に水な話だぜ」
「王都でも正式な布告はされてはいないらしい。が、大義は明白で混乱が修まった今では民衆も熱気に任せてちょっとしたお祭り騒ぎだとか」
北域諸国の軍がナグア王都に集結している事実。ナグアへの侵攻が目的でない事は迎え入れている王国側の対応を見れば明らかで。ならば目指す先。目的が一つである事は誰でも至れる帰結。であれば民衆の熱狂も頷ける話。
「北壁奪回......か」
エドヴァルドが少し考え込む様に黙り込む。
「俺たちの目的に関連付けるのはアレ......なのは承知の上なんだがな団長。セネ村は北壁に続く街道沿いにある開拓村。補給拠点にするには都合がいい。なぁ、これって本当に無関係と言えるのか?」
ユリウスが漏らす疑問の声にエドヴァルドが首を横に否定を示す。
「いや、ユリウス。お前の疑念は尤もだとは思うが、それは少し話の筋が悪い。もしも早期の段階で王国が北壁奪回の為に諸国に働き掛けていたのなら。協会を使ってこんな面倒な真似をしなくともセネ村を国の権限で接収しちまえば良かったとは思わねぇか?」
「王国と協会が一つの意思で動いてるとは限らない......だろう団長。何か別の思惑があるのかも知れない」
「いやいや、待て待て。勘違いするなユリウス。俺たちは別に陰謀があろうとなかろうと。そもそも関係ねぇ。詮索してまで知る必要もまして解決してやる義理もな」
レイアから何を頼まれたのかを思い出せ、とエドヴァルドはユリウスに問う。本来の目的に立ち戻らせる為に。
「アイツは視界に映す理不尽を見過ごせない、と俺たちに言った。だからレイアはちゃんと分かってる。自分の頼み事が所詮は自己満足......自己欺瞞に過ぎない事をな」
世界には理不尽が溢れ。今この時にすら流されているであろう悲嘆の涙。それら全てを止める事など......全てを救う事など誰にも出来はしない。年齢に比せず恐ろしく成熟しているレイアは誰よりもそれを知り......知った先、己の欺瞞を承知の上で頭を下げた。だからこそ俺たちは拐われた村民たちを見つけ出し、ちゃんと蜥蜴の尻尾を切ってやる。それだけで良いのだと。
「だから誰かの思惑や国家の陰謀やらが在ったとしても知った事じゃねぇ。俺らは俺らでやるべき事をやるだけさ。此方は身分も賎しい傭兵様だ。その俺らがお上品に空気を読んでやる必要もねぇんだからよ」
エドヴァルドは豪快に笑い。楽天的と呼ぶには力強く。傲慢な物言いにユリウスは肩を竦めて両手を上げる仕草を見せる。
瞬刻──叩かれる応接室の扉。
許可を待たず室内に姿を見せたのは一人の女性。アストレアとは対象的に豊満で魅惑的な肢体を揺らす金髪の美女はエドヴァルドに妖艶に微笑み掛け。アストレアの診察を終えたのだろう、ネセサリアは勧められるでもなく空いた長椅子に腰を下ろすのであった。
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