怨嗟の森

 セネ村への襲撃を阻止すべく派遣されたアストレアと鉄血の鎖は休息の後、街道を外れ一路西へと進路を取っていた。目指す先はセネ村から南西。地図に打たれた座標は小さな森。其処を抜けて移動すると予測される魔獣の群れの討伐。二ヶ所に及ぶ予測された魔獣の経路にしてその最後の地へと傭兵たちは歩みを進める。



 ★★★


 合流から二日後。


 平原に響き渡る魔獣の咆哮とときの声。震える大気の内を魔獣が横一線の壁となり大地を趨る。日は天高く映る黒影は二十に届かず、迎え撃つ傭兵もそれに僅かに勝る程度。数にして拮抗。しかし魔獣を相手に同数で挑むは如何にも定石に外れ、倍する数で圧殺する戦術が浸透する中での戦闘は苦戦を......いや、最悪の結果すら予想させる光景であった。


 が────交錯する中央。


 単騎で駆けるアストレアの剣閃は冴え渡り、重奏する風鳴りに跳ね飛ぶ魔獣の首が宙に舞う。体格に倍する魔獣の内を圧倒せしめ駆け抜ける姿は例えて銀の暴風。尋常為らざる旋風が一瞬の間に中央を斬り崩して往く。


 数の均衡は砂上の楼閣の如く呆気なく瞬く間に崩壊していた。


「団長......ちょっとこれは」


 アストレアによって瓦解した中央から抜ける魔獣は皆無。結果として数の優勢を保ち魔獣を抑える鉄血の鎖の傭兵たち。戦い方にも隙はなく攻守に連携した動きは迅速かつ確実に魔獣を屠っていく。


 一方で魔術師を主体とした打撃力を誇る中央後方は、それら活躍を尻目に傍観する形になっていた。陣頭に立つエドヴァルドの隣。弓を肩に軽装の青年が呆気に取られた呟きを漏らすのも一転して圧倒する戦況を見るに頷ける話ではあった。


「今更下手に動いても邪魔になっちゃ意味がねえしなぁ。まぁ、楽で良いだろ」


「相変わらず軽いですね。団長は」


 呆れ顔の弓兵は涼やかな碧眼を前方に向け。残り僅かな魔獣を掃討するアストレアの剣閃に目を細める。様子をして傭兵にしては穏やかな気配と面貌に優れた青年。反して弓兵でありながら鷹の目の異名を持つ俊英の名はユリウス。鉄血の鎖を構成する要の一人として知られる青年であった。


「ちょっと尋常じゃないですね彼女は」


 速度と角度で対象を斬る事に特化した特殊な戦闘技術。人間の視覚と認識に錯誤を生じさせる変幻で自在な剣閃。白刃の軌道を欺く卓越した技法。それこそが彼女の見えざる剣の正体だろう、と。


「しかもあれでまだ本気じゃないのだから正直に言って底が知れない」


 街道で見た魔獣の死骸に刻まれていた魔法の痕跡。散らばる欠片を集めれば先に至る推測もある。本来は炎系の魔法を組み合わせた連携技こそが彼女の剣技の真骨頂なのではと。冷静にアストレアを分析する......出来るユリウスだからこそ規格外の実力をはっきりと認識する。


「なっ、ウチに欲しいだろ?」


 エドヴァルドの得意げな響きに応じる声はない。返らぬ応答が表す意味は明確に。時に八方美人と揶揄される程に人当たりの良いユリウスにしては珍しく難色を示す。理由なく人を拒む事をせぬ人柄を知るだけにエドヴァルドにもまた意外そうな様子が窺えた。


「団長は彼女と合流してからウチの連中が浮き足立ってるのには気づいているでしょう?」


「男なんてしょうもない生き物だからな。特に若い連中にしてみりゃ、あれだけの器量良しを目にする機会なんてざらにない。美姫に夢中になるのは馬鹿な男のさがってもんよ。それでも妄想の内に納めてるんなら別に問題はないだろう」

 

 淡い願望は何れ抗えぬ欲望に変わる。接する時が長ければ長い程。先に至る破滅は大きく膨らみ......そして必ず訪れる。


 と、否定的にユリウスは憂慮を口にする。


「彼女の行動を見ればその気も自覚もないのも分かります。ですが無自覚であろうと彼女の魅力は間違いなく男を狂わせ堕とす類いの魔性。魅せられた執着の先に有るのは向上非ざる堕落。本人には申し訳ないですが埋伏の毒を内に抱えるのは危険な行為だと思いますけどね」


 戦歴の功績と並ぶ程に数々の浮き名で知られる優男。ゆえに言葉の重みも比するべきと言うべきか。エドヴァルドは露骨に厳つい顔を顰めて見せる。


「何れアストレアを奪い合って仲間内で殺し合いでも始めるってか?」


「冗談と笑ってられるうちが花ですよ」


「なぁユリウス。鉄血の鎖は元々が真っ当に生きられねぇ、世の中から弾かれた

餓鬼どもを誘って俺が育てた上げた誇りかぞくの形だ。その俺たちが名が売れて多少大きくなった程度で、本人が望んだかも分からねぇ生まれ持った特性を異質に過ぎると。そんな偉そうな公弁垂れて切り捨てるのか? 俺は悲しいねぇ、随分と御立派でお利口さんに育ったじゃねぇかよ糞餓鬼」


 荒ぶるでもなく、威圧するでもなく、厳しい眼で見下ろす巨人の姿を前してユリウスは数度頭を掻いてから降参とばかりに両手を挙げる。


「分かったよ、親父」


 と、同意を示して。


 鉄血の鎖は名が現す如く絆の鎖。エドヴァルドを頂点として築かれた家族。他の傭兵団とは発足から一線を画す無頼の集団であった。


「まぁ心配するな。もしもおいたをする野郎が居たら俺が拳で叱って躾てやるからよ。だからお前らはちゃんと仲間としてあの子に向き合ってやれ。全く......あの手の餓鬼は痛々しくて見てられねぇぜ」


 ばんっ、と巌の様な手が背中を叩き息を詰まらせ仰け反るユリウスの先の視界に魔獣を撃滅せしめた戦乙女の流麗なる姿を映す。


 敢えて伝えずにいた事実。


 美しき本質は魔なるモノ。しかし戦う彼女の勇姿に誰もが胸に高鳴りを覚え鼓舞される。それは断じて陰なる者が持ち得る資質ではない。陰陽の狭間を彷徨う少女の存在はお節介なエドヴァルドには危う過ぎて見ていられなかったのだろう、と。


「でも依頼はこれで終い。彼女からはまだ色好い返事は貰ってないのでしょう? どうするんです団長」


「なぁに、セイレムに戻るまでの道中でしつこく勧誘するさ。それで駄目でも街には残留組のアイツが居るからな。同性が相手なら......ってな」


 色々と考えているようで結局最後は他力本願。しかし実にエドヴァルドらしい物言いにユリウスは苦笑しながらも協力を約束するのであった。


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