思惑の先に

 北部領セイレム─協会支部─。


「まずはご苦労様、まぁ、掛けたまえアルヴィ君」


 協会支部の二階。支部長室に呼ばれた青年が視界に映すのは小太りの中年の姿。横に広い膨よかな体格に合わせて設えたのだろう、がっしりとした長椅子に座る五十を過ぎた初老の男から受ける印象は青年の心像にして古狸。性格は老練と例えるより狡猾。それがセイレム協会支部の長。ゲルトに対する青年......アルヴィの人物評であった。


「色々と報告は届いているよ。君が派遣した件の傭兵......ふむっ、何といったかな?」


 アストレアです、と勧められた席に腰を下ろすアルヴィは短く答える。その簡素な返答に向かい合う先、気分を害した風もなくゲルトは上機嫌な様子で頷いている。


「単独での威力偵察などと初めに訊いた時は正直君の正気を疑いもしたが、後続から既に三件、数にして二桁に上る魔獣の討伐の報を受けては有益性を認めざるを得ないだろうな。実に素晴らしい成果だよ」


 セイレムの街を扇の要として展開している傭兵団には随行員として協会の職員が同行している。それら職員からの報告が集約される協会支部は最新の情報を元に全体を管理統制する重要な役割を担っていた。ゆえにある程度の自由裁量を以て先行するアストレアの行動も後発組が足取りを辿る事で所在と成果の程は支部に伝えられ結果として一定の誤差は生じるものの、ほぼ正確に動向を把握するに至っている。


「単身で複数体の魔獣を相手取れる剣の力量と......何より若く美しい娘御だと大層な噂じゃないか。これは良い拾いモノだよ。是非彼女をウチの協会の専属に。他所よそに取られる前に話を付けなさい」


 君の裁量で動かせる資金を上乗せしておこう、と要約すれば表裏......手段を問わず金の力で解決しろとゲルトはアルヴィに暗に示して見せる。


 有能な人材の確保は協会の存在理由に直結する普遍的な命題。更には近年、他国の協会に名の知れた傭兵が所属する中、質の面で差を付けられている現状で協会の看板と為り得る逸材の確保は急務と言われれば否定する事は難しい。しかしゲルトとは異なりアストレアの人となりを良く知るアルヴィとしては心情は複雑で......。


「彼女は人格面に問題がありまして」


 と、無自覚に難色を示してしまった事は責められぬだろう。


「人格? 何を言っているのかね。所詮傭兵などは人殺しの道具。道具に人間性など求めても仕方がないだろう。癖のある道具を上手く慣らして扱うのが君たち勧誘員スカウトの手腕の見せ所だろうに」


 面白い冗談だ、と笑みを絶やさぬゲルトの狂気にアルヴィは背中に冷たい汗をかく。暫しの刻、神妙な面持ちで己を見つめる若き秀才をゲルトは上機嫌のままに眺めていたが......やがて表情を改める。


「とまぁ、別件の話は追々な」


 真顔の内に続けて告げるゲルトの言葉に自分が呼ばれた理由は。本題は別にあるのだとアルヴィは知る。


「君は出世したいかね?」


 単純明快な問い。自分が試されていると感じたアルヴィは迷いを見せず頷いて見せた。己の才覚を高い所で試して見たい。それが家族の生活に直結する最良の手段でもあるのだから尚の事、アルヴィには否と答える理由がない。


「なるほど、では此処からの話。訊けば後に退けなくなるとしても......かな?」


「不問です支部長。私は勧誘員スカウトで一生を終える気はありませんから」


 野心を剥き出しに即答するアルヴィ。そんな野心家の青年の姿を前に値踏みするが如くゲルトの眼差しは冷やかに......期待と呼ぶには陰に満ちた薄闇を宿していた。


 

 ★★★



「セネ村ですか?」


「そうだ、本来は取るに足らない小規模な開拓村なのだが、今回は色々と事情が複雑でね。村人の所在を確認する為に君の所のアストレア君を向かわせて欲しいのだよ」


 現在の配置を見てもセネ村に最も近いのは先行している彼女である事は地図を広げて見直さずとも分かる事。疑問なのはその目的が再度の避難勧告だと言うゲルトの言葉。正直アルヴィでなくとも何故今更、と戸惑うのは不思議な話ではない。


「魔獣が街や村を襲うのは其処に住む人間たちに執着するから......では逆説的に言えば人間さえ居なければ村は襲われないとは思わないかね?」


「確かに無人の村を魔獣が蹂躙する事例は余り聴きませんが......」


 ゲルトの発言の意図が分からずアルヴィの歯切れは悪い。この段で強調されずとも北壁が堕ちた北方の開拓村に王国が避難勧告を布告したのは前記の意味合いも当然含まれているのは誰もが知る周知の事実。それを持ち出すゲルトの思惑がアルヴィには掴めないでいた。


「ふむっ、言い方を変えねば腑に落ちぬのも仕方がないのだろうな。では北壁陥落からの王国の布告の迅速さには裏の意図があったとすればどうかね?」


 まるで謎掛け。答えが出ぬままに表情を曇らせるアルヴィとは対照的に思わせ振りな言い様からもゲルトにはこの若者が自身の内で解答へと至るのかを楽しんでいる節が見られた。


 考えるべきは余談。異なる側面からの見解。


「後の非難に対する対外的な釈明が目的......だからどちらでも良かった?」


 避難勧告は理由を与えて開拓村の住民に村を捨てさせる為。では従わなかった村は......と過った思考の先、机に広げられている周辺地図を覗き込む。映すはセイレムから北壁へと魔獣を追い込む形の展開図。


「少しは理解出来たかねアルヴィ君。今回の傭兵を使った大規模な掃討戦は言わば布石。王国はこのセイレム近郊から魔獣を押し上げ安全を確保すると同時に追い立てた魔獣の群れに開拓村を襲って貰いたいのだよ」


 だからこそ正規軍は動かさず傭兵に道化を演じさせているのだ、と。全ては事前に仕込まれた演目に過ぎぬのだ、と。


 ナグア王国はこれを契機にセイレムの街を新たな境界に、北方の領土を切り捨てる腹積もりなのだと。馬鹿馬鹿しくも愉快そうにゲルトはアルヴィに嗤って見せるのであった。




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