悪徳女王の心得&公爵令嬢の嗜み【コラボSS】/澪亜


  <女王は、親友に出逢う>



「急にどうされたんですか?」

 私……ルクセリアは今、トミーと共に過去アリシアと共に過ごした離塔の前まで来ていた。

 何の説明も無くいきなり連れて来られたトミーが、そんな疑問をぶつけるのも当然のことだろう。

「……少々、気になってな」

 けれども私の口から出たのは、我ながら何とも歯ぎれの悪い回答だった。

 そのままそれ以上口を開かず、無言で塔の中を突き進む。

 地下へ、地下へとどんどん階段を降りて行った。

「へえ……こんな隠し通路があったんですか」

 途中、壁を押して現れた隠し通路に、トミーは感心したように呟く。

「余も知らなかった」

「は、え? それじゃ、一体どうして……」

 素直な感想を伝えれば、トミーは驚いたような楽しそうな反応だった。

「それが、余にも分からん。……何かに、呼ばれているような気がして、な」

「呼ばれている?」

「そう。……ああ、これだ」

 私が指さしたのは、壁。そこには、宝剣の形を模った窪みが五つあった。 

 何も考えず、私は魔力で宝剣を出しその窪みに嵌めていく。

 不思議と、『そうしなければならない』と思ったのだ。

 そうして全ての剣を嵌めた後……私の視界は、光に包まれた。




「……何者ですか!?」

 視界が元通りになったと同時に、厳しい声が私の耳を突く。

 周りを見回せば、全く見たことのない光景。

 ……どこかの書斎のような場所に、女性が二人。

 そしてバタバタと剣を持った男たちが入って来た。……何だか、非常にまずい展開になっているらしい。

 改めて、冷静に部屋を見回す。

 元々部屋にいた女性のうち一人は、私が何者かを問いかけてきた女性。侍女のような服を着ているけれども、私を警戒する立ち振る舞いからして、護衛も兼ねているのだろう。

 そしてそんな彼女に守られるようにして奥に座っているのは、銀髪の美しい女性。

「ルクセリア様。……一体俺ら、どこに来たんでしょうね?」

 トミーが周りを警戒しつつ、問いかけてきた。

 普段あまり動じない彼にしては珍しく、困惑を隠せないようだ。

「……トミー、止めろ」

 このままじゃらちが明かないと、とりあえずトミーの警戒態勢を解かせる。

「突然、すいません。正直……私も、何が何だか分からない状態です。突然ここに招かざる者たちが現れてさぞ驚かれているでしょうが、どうか話を聞いて貰えないでしょうか?」

 怪しさ満点の私の声なんて、聞き留めて貰えないかもしれない。そう思いながら、あえて口調や所作を令嬢らしくしつつ頭を下げる。

「……。ターニャ、止めて。勿論、皆も」

 暫くして、奥の方からそんな声が聞こえてきた。

 凛として、可憐な声。

「……お嬢様。ここまで彼女たちの侵入を許してしまったのは、我らの落ち度でもありますが、まず間違いなく彼女たちは手練れ。いくらお嬢様のご命令とはいえ……」

「いいえ、これは命令じゃなくてお願い。私をどうこうするつもりなら、現れてさっさと済ませてるとは思わない? それに、何の情報もない今、話を聞かせてくれると言うのであれば、聞いた方が良いと思うの。……ふふふ、ごめんなさいね。貴女たちが突然現れたことには驚きましたが……どうやら、お困りの様子。少し、話を聞かせて貰えないかしら?」

 私は指し示される通りに、目の前のソファーに座った。

 トミーは私の後ろに、控えるようにして立っている。

 主人らしき銀髪の女性が立ち上がり、こちらにゆっくりと近づいてきた。

「……警備の皆を下げることは、お止め下さい。……それ以上、譲歩できませんよ」

 ターニャと呼ばれた女性は、諦めたように呟きつつ彼女の後に付いて近づいてくる。

「……はじまして。私の名前は、アイリス。アイリス・ラーナ・アルメリア。貴女の名前は?」

「私の名前は、ルクセリア。話し合いを受け入れてくれたこと、感謝します。……さて、状況を把握する為、幾つか質問をしたいのですが……それは貴女も同様の筈。どうでしょう? 交互に一つずつ質問すると言うのは」

「ええ。私も、そうお願いしようとしていたところです。では、お先にどうぞ?」

「……ここは、一体どこでしょうか?」

「タスメリア王国アルメリア公爵領です。もっと細かく言いますと、アルメリア公爵家の書斎です」

「……タスメリア王国。トミー、其方知っているか?」

 私の問いかけに、トミーは首を横に振る。

「ならば、今度は私の番ですね。貴女は、どこから来たのですか?」

「アスカリード連邦王国の首都です」

 国の名前を出せば、向こうも向こうで首を傾げていた。

 そこから、一問一答が続く。

 私もアイリスも、相手が本当のことを言っているのかが分からない。

 ……一応迷惑をかけている側なので、私が女王だということや、どうしても言えないこと以外、私は極力正直に答えているけれども。

 でも、アイリスにはそれが分からない。

 だからそれを埋めるように、ありとあらゆる質問をして矛盾点を探しているようだ。

「……私の質問は、これが最後。貴女、どうやってここまで来たのかしら?」

 私の推測が正しいことを証明するように、最後の最後にそんな一番重要な質問がきた。

「恐らく、魔法による転移だと思います」

 私の言葉に、ターニャを含め部屋に残っていた面々が首を傾げる。……アイリスを除いて。

 何故か彼女は、私の言葉に目をキラキラ輝かせていた。

「魔法? 面白い回答ですね。例えば、カードを媒体に使うのですか? 可愛らしい杖を使うのですか? 学校に行って、学ぶものなのですか?」

 周りとアイリスの温度差に、今度はこちらが首を傾げる。……随分と具体的と言うか、どこかで聞いたことがあるような魔法のような……。

「……私からも、質問を良いでしょうか?」

「あら、ごめんなさいね。ついつい、御伽噺を聞いてはしゃいでしまったみたい」

 ……御伽噺という言葉に、思わず身体が反応する。やっぱり、信じられないか。

「……貴女、日本という国をご存知ですか?」

 その質問は、効果覿面だった。

「日本!? 貴女、まさか……」

「はい。私は日本からの転生者です」

 瞬間、彼女はポロポロと涙を流した。……後ろに控えているターニャの視線が恐ろしいので、泣き止んで欲しいと切実に願う。

「ええ。知っているわ。……ターニャ、周りの護衛も含めて皆下がって」

「……しかし、お嬢様!」

「これは、命令よ。彼女と、二人だけで話したいの」

「……トミーも、下がって。私も彼女と二人だけで話したい」

 私たちの発言に、周りの面々は明らかに戸惑っている。

 けれども結局、押し切るような形で二人きりになった。

「……驚いたわ。まさか、貴女も日本人からの転生者?」

「ええ、そう」

 それから、私たちは沢山の話をした。生まれ変わって、これまでのことを。

 その過程で、私はこの国が別の世界線にあることを確信した。……どうやら、彼女もほぼ同時に同じ結論に至ったようだ。

 途中から、これまで隠していた私が女王であることも含めて話していた。

「……話を聞いていると、貴女は随分と民に好かれているようね」

 私の感想に、彼女は苦笑いを浮かべる。

「そうであって欲しいと、願い続けているだけだわ」

「素晴らしい。私も、貴女の領民になりたいわ」

「……貴女は、違うの?」

「……さあ。私は、私のしたいことをしているだけ」

 そう言ったら、急に彼女が笑い出した。

「私だってそうだわ。……ねえ、貴女は誇りって何だと思う?」

「……そんな崇高な考え、持ったことがないから分からないわ。強いて言うなら、譲れないものかしら?」

「そう、譲れないもの。……結局ね、誇りって自分が納得しているかどうかなのだと私は思うの。自分が選んだ選択肢が、自分で納得できるかどうか。自分に嘘をついていないか……ただ、それだけ。究極的には崇高な考えかどうか、正しいか正しくないかなんて関係ないのよ」

 彼女は、笑った。とても、優しく。それでいて、悲しみを理解しているかのように。

「正直、私だって私のしたいようにしているだけよ。最大多数の最大幸福を願って仕事をしているけれども、もしかしたら私が動くことで苦しむ人がいるかもしれない。悲しむ人がいるかもしれない。それでも、自分が納得できると思って選び続けた結果が今。……だから、ね? 貴女は、貴女が後悔しないような道を選び続ければ良いと思うわ」

「……そんなことを言って良いの? もしかしたら私は残酷な人で、貴女が受け入れ難いような選択肢に満足してしまうかもしれないのよ」

「私は、私が選び続けた選択肢を否定する程、自虐的じゃないの。……貴女、私の民になりたいと言っていたでしょう? それって、貴女が私の考え方と近いということじゃないかしら?」

 彼女の言葉に、思わず笑ってしまった。

「そう、ね。……そうだと良いわね」

「……ねえ、ルクセリア。今日、祭に出ない? 私中心の体制になって無事五年が経ったお祝いで、祭が開かれるの」

「……参加して、良いの?」

「ええ、勿論」

 彼女は柔らかな笑みを浮かべつつ、頷いていた。



 その夜、彼女の言った通り祭が始まった。領中で彼女を祝福するように、盛大に。

「……やっぱり、貴女は凄いわ。こんなに皆に愛されている」

 祭りの光景を見て、思わず小さく笑いつつ呟いた。

「……ここが、ルクセリア様が呼ばれていた場所なんですよね?」

 そんな私に、トミーが近づいて来て問いかける。

「場所、じゃなかろう。多分、彼女……アイリスに、呼ばれていたのだろうな」

「……満足、しましたか? 答えは、得られましたか?」

「さあ、どうだろう。……ただ、楽しかったよ」

「そりゃ良かった」

 それから夜通し祭を楽しんだ。そして、その翌日。

「……帰り方が分かって、良かったわ」

 私は自分の国に帰るべく、来た時と同じ場所で宝剣を取り出していた。

「正直、ぶっつけ本番だから本当に帰れるかは分からないけれどもね」

「きっと、帰れるわ。貴女が帰りたいと願い続ける限り、貴女は諦めないでしょうから」

「……だと、良いけど。……楽しかったわ。貴女に会えて、本当に良かった。叶うなら、貴女の友達になりたかった」

「あら、何で過去形なのかしら? 私も貴女に会えて、良かった。……相思相愛の私たちは、友達じゃないの?」

「……いいえ」

「良かった。私の片想いじゃなくて」

「私も、そう思ったわ。……ああ、ごめんなさい。そろそろ行くわ」

 宝剣に、魔力を込める。

「……ご武運を」

 彼女が、光に包まれる私に声をかける。その言葉に、つい驚きが顕になってしまった。

「貴女が悔いのない道を選ぶことを、祈っているわ」

 瞬間、再び視界が真っ白になった。




 再び目を開けたら、地下の壁の前に辿り着いていた。

「……夢、じゃないですよね?」

 同じく戻って来ていたトミーが、問いかける。

「ああ、そうだな。その証拠に、ホラ」

 私が指さしたのは、服。アルメリア公爵領でアイリスから貰ったそれだ。

「……満足しましたか? この冒険に」

「うむ……そうだな。とても、有意義だったよ」

「そりゃ良かった」

「……戻るぞ、トミー。余は、これかも後悔のないよう選び続けねばならん」

「……呼ばれて、良かったですね」

「ああ、そうだな」

 つい、笑みが溢れた。アイリスに出会えた幸せを、噛み締めて。

 ……それから、私はその塔を去って仕事に戻った。

 そうして、私の短い冒険は終わったのだった。

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