目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい/リュート


  <Five years later>



 通知音で目が覚めた。寝起きでぼんやりする頭を振り、素早く愛機――クリシュナのコックピットディスプレイにレーダー画面と情報画面を呼び出してレーダー反応とログを確認する。生命維持装置の機能を最低限に落としていたせいで、コックピット内は肌寒い。

「小型四、中型一か」

 パッシブレーダーの反応を見て呟く。俺の呟きに応える者は居ない。レーダー観測と情報処理、それにサブシステムの掌握も全て俺自身の手でやらなければならないのは手元が忙しくて仕方がないが、それも最近は慣れてきた。ミミもエルマもメイも居ない今、慣れざるを得ないのだ。

「宙賊は皆殺しだ……!」

 奴らだけは許さない。絶対にだ。


 ☆★☆


「おい……あいつ」

「シッ、目を合わせるな」

 雑音を無視して傭兵のたむろするギルドのホールを突き進む。受付に立っている女性職員が俺の顔を見て小さく悲鳴を上げたのが聞こえたが、無視して俺は受付へと足を向けた。

「キャプテン・ヒロだ。依頼を達成してきた。確認してくれ」

「は、はいぃ……」

 受付嬢が今にも泣き出しそうなほど怯えているが、無理もない。今の俺からは尋常ではない怒気が発されているに違いないのだから。

「た、確かに確認致しました。本日の戦果を以て宙賊団残党の掃討依頼は達成となります」

「オーケー……ここのギルド長に伝えておけ。次にこんなふざけた依頼を寄越したら顔面に手袋をダース単位でぶつけてやるってな」

「ひぇっ……わ、わかりましたっ!」

「依頼達成報酬は口座に振り込んでおいてくれ。邪魔したな」

 ガクガクと震えながら頷く受付嬢にそう言って俺は踵を返し、傭兵ギルドを後に――。

「ちょっと待てよ」

 しようと思ったのに俺の行く手を阻むクソ野郎が現れた。なんだこいつは? 俺に恨みでもあるのか? 今の俺は我慢がきかんぞ? お?

「邪魔をするな。俺は暇じゃないんだ」

「そういうわけにはいかねぇな。事情は知らねぇがジェシカちゃんをあんなに怖がらせやがって。謝れよ」

「……はぁ」

 事情を知らないならすっこんでろ! と叫びたい気持ちを必死に抑え込み、内なる激情をため息に込めて吐き出す。クールになれ、クールになるんだ。ここでこの大馬鹿野郎を張り倒しても面倒事になるだけだ。落ち着け、こんな安っぽい噛ませ野郎なんざ放って――。

「事情を知らねぇならすっこんでろこの三下がぁ! ぶっ殺すぞ!!!」

 はい、我慢なんぞできませんでした。いやね、もうアレですよ。俺の怒りが有頂天ってやつですよ。え? 日本語としておかしい? それを言うなら怒髪天を衝くじゃないかって? 気にするな。

「元はと言えばこの星系で仕事をしてるてめぇらが下手こくから俺が尻拭いをさせられる羽目になったんだよボケが! 賊の本拠地叩く時に戦力の算定を見誤って資金と資材を持った宙賊を大量に取り逃がすとかアホか!」

 結果、取り逃した宙賊が星系内のあちこちに小規模な宙賊基地を作り、星系全体の治安が急速に悪化した。地理的な問題で帝国もあまり大きな戦力をこの星系周辺に派遣することが難しく、領主軍も先日の宙賊掃討作戦で被害を受けて領主の居る本拠地の防御がやっとという状態。

 で、そんな現状を打破するためにゴールドスター受勲者であり、プラチナランカーでもある俺に白羽の矢が立ったわけだ。宙賊退治に定評があり、フットワークが軽く、そして何より帝国とのパイプが太い――逆に言えば帝国との柵が多い――俺は、依頼人……つまり帝国にとっては実に都合の良い駒だったわけだ。

「不甲斐ないお前達のせいで俺はたった一人でこの星系に来る羽目になったんだぞ! ハイパードライブや超光速航行は赤ん坊や胎児の成長に良くないんだ! 妻や子供を置いて単身赴任する夫の気持ちがお前にわかるのかよォ!」

「知るかよ!?」

「知るかよじゃねぇよぶっ殺すぞ! 毎日毎日たった一人で宙賊を待ち伏せして撃破して尋問して宙賊基地に対艦反応魚雷を叩き込みに行く俺の身になれよ!」

 可愛い盛りの娘達と身重の妻達を置いてくるのは苦渋の決断であった。しかし帝国航宙軍中将直々の依頼となると、これがなかなか断れない……それも義理の父からの依頼とくれば断ることなどできるはずもない。色々と借りがあるからな、あの人には。

「とにかく! 俺は妻と娘の待つ家に帰る! 邪魔をするなら泣かすぞ。本気で泣かすぞ」

 そう言って俺は腰に吊っている二振りの剣の柄に手をかけた。今の俺は帝国の名誉子爵様だ。平民の傭兵を一人斬り捨てるくらいの無茶は通せる。本当に斬り殺すつもりはないけれども。

「わ、わかった、邪魔はしない」

「ならよし」

 俺の行く手を阻んでいた傭兵の男が両手を挙げ、顔を青くして道を空ける。この程度で退くなら最初から絡んでくるんじゃないよ、まったく。


 ☆★☆


 帰り道もトラブル続きだった。

 ハイパードライブで次の星系に移動する度に宙賊にインターディクトされたり、宙賊に襲われている民間船に遭遇したり、救難信号を発している脱出ポッドの反応を拾ったりした。ここに来て俺の不運が本気を出してきたらしい。最近は惑星上の居住地で過ごしてトラブルに巻き込まれることが殆どなかったからな。溜まりに溜まった不運がハチャメチャに押し寄せてくる。

「クソだらぁ! やってやろうじゃねぇかよ!」

 襲いかかってくる宙賊を粉砕し、民間船を華麗に助け、脱出ポッドを回収して交易コロニーの港湾管理部に送り届ける。その結果大掛かりな宙賊団に目をつけられて付け狙われ、民間船に乗っていた他国の貴族のお嬢様とフラグが立ち、脱出ポッドに乗っていた記憶喪失の触手系エイリアン少女に懐かれるのは流石にやりすぎではなかろうか?

 結局、宙賊団は壊滅させてお嬢様とのフラグをへし折った。触手系エイリアン少女? ははは、行く宛も記憶もないんじゃ誰かに押し付けられないなぁ……はぁ。

 仕方がないので彼女は家まで連れ帰ることにした。なぁに、うちの子が一人増えるくらいなんでもないさ。蓄えは充分以上にあるし、いざとなればいくらでも稼げる。ちょっと他の子と比べれば歳上になるが、娘が増えるくらいなんでもないさ。うん、娘ね。ヨメ? ヨメにはしません。しないよ。しないって言ってんだろ! 狭い船内で襲いかかってくるんじゃない! 剣が振りにくいだろ!

 それにしてもこっちに来てから五年経った今でもトラブルを引き寄せる俺の運命力は全く衰える気配がないな。念願の庭付き一戸建て――あの規模の邸宅を庭付き一戸建てと表現するのが正確なのかどうかは別として――を購入して、傭兵稼業からも半分足を洗って悠々自適な生活を始めた筈なんだけど。

 いや、そんな感じでトラブルに巻き込まれなくなったからこうやって溜まりに溜まったトラブルが押し寄せてきているのか? 呪いか何かかよ。こわ。

「むー、ヨメ……」

「諦めてくれ。もう間に合ってるんだ」

「一人くラい増えてモそんナニかわらないヨ? お妾サンでもいいヨ?」

「変わるわ! というかどこでそんな言葉を覚えたんだお前は!」

「タブレット端末っテ便利ダヨネー」

 そう言って触手少女――自分の名前も覚えていないのでテンタと名付けた――が俺が彼女に与えたタブレット端末の画面を触手の先でポチポチする。取り上げたほうが良いだろうか? いや、今更か。

「はぁ……とにかく家に帰るぞ」

「ごあいサツしないとネ!」

 もう好きにしてくれと言いたいが、そう言ったら本当に好き勝手やりそうなので言葉を飲み込んでおく。テンタの扱いについてはミミ達に任せよう……任せた結果どうなるかが怖いけど。


 ☆★☆


「それで拾ってきたわけですか」

「犬も歩けばって言うけど……」

「流石ご主人様です」

 テンタを連れて帰ったらメイ以外の全員にジト目を向けられた。うん、わかってたさ。こうなるってことは。

「オー、赤ちゃンかわいいネー」

 当のテンタは背中から伸びる触手の何本かを使って赤ちゃん達をあやしていた。ほっぺたをプニッとされたり、その触手を掴んだりして二人の赤ん坊はキャッキャと無邪気に喜んでいる。

 ここにはいないが、実はクリスも俺が単身赴任で出張する前に男の子を産んだ。セレナ大佐は近々産休を取る予定です。はい。

 わかっている。わかってはいるが、敢えて言いたい。俺は悪くねぇ、と。いやそんなことを言うのは不誠実だとは思う。だが、本当にやむにやまれぬというか、回避不能なイベントが目白押しだったのだ。俺は悪くねぇ。

「まぁ、ヒロ様ですから……」

「そうね、ヒロだものね。寧ろこの程度で済んだのが驚きかも」

「ご主人様なら何の問題もないかと」

 全員から諦めと慈しみの混じった視線を向けられる。これはこれで居たたまれない気分になる。

「わたしモ混ぜてくれル?」

「それはまた別の話。私達は貴方のことを何も知らないしね」

「そうですね。お互いをよく知るための時間は必要だと思います」

「そっカー……そうだネ。ウン! これからヨロシクネ!」

「はい、仲良くしましょうね」

「よろしくね、テンタ」

 ミミ達とテンタが笑顔を交わし合う。うん、最初から大丈夫だとは思っていたが、相性は悪くなさそうだな。テンタはなんだかんだで明るい良い子だし。

「ヒロ! 一緒にいっパイ子供産もうネ!」

「ああうん……うん?」

 今一緒に産もうねって言いました? 俺も産むの? ちょっと何言ってるかわからないですね。

「ええと、テンタちゃん? 生むのはテンタちゃんですよね?」

 ミミがそう言って首を傾げる。しかしテンタは笑顔で首を振った。

「ウうン、ヒロにも産んでもらうヨ! だイじょーブだヨ! ちゃんと産めるかラ!」

 そう言ってテンタが先端が妙な形――有り体に言って卑猥な形の触手を俺達の前に披露する。なるほど、なるほどォ……?

「誰が産むかっ!?」


 ☆★☆


「ひゃんっ!?」

「うわっ!? 熱っ!? あっつ!? いきなり何よ!?」

 正面に座っていたミミが驚きの声を上げ、エルマが手に持っていた容器から飲み物を零してあたふたしている。そんなエルマをメイが素早くフォローしていた。うん? あれ?

「びっくりしたー……ヒロ様、夢でも見たんですか?」

 寝起きのようにぼんやりしている頭で周りを見回すと、どうやらここはクリシュナの食堂のようだ。どうやら食卓に突っ伏して居眠りしていたらしい。

「夢か……」

 恐ろしい夢だった。まさか触手娘エイリアンに貞操を狙われるオチとは……いやオチとしてどうなんだ? 俺が触手プレイされるとか誰得だよ。

「火傷するかと思ったわ……びっくりさせないでよね、もう」

「すまん、あまりにショッキングな夢でな」

「ふぅん? どんな内容?」

「他人が見た夢の話ほどくだらない話って無くないか?」

「良いから教えなさいよ」

「私も聞きたいです」

「私も興味があります」

 メイまで俺が見た夢の話を聞きたいとな? まぁ、聞きたいなら話すけども。俺は朧気になる夢の記憶を思い起こしながらその内容を語って聞かせた。

「五年後の夢ですかー」

「ふ、ふーん。私達とヒロの間に子供がね……」

「というか、私達だけでなくクリスちゃんとセレナ少佐もなんですね」

「……欲求不満なの?」

「そんなことはないと思うんだが……」

 ミミとエルマだけでなくメイまでいるのに欲求不満とかどんだけだよって話だ。なんだか思い返してみれば、他にも女の子が居たような気がするし。気のせいかも知れないけど。

「でもそんな夢をみるってことは、ねぇ?」

 否定する俺にエルマがなおも食いついてくる。ふむ? なるほど。そういうことね。

「そうだな、そうかもしれないな。ということで」

 エルマとミミの手を取り、風呂場へと向かうことする。

「ちょ、そういうことでって……!」

「三人で入るのは流石に狭くないですか?」

「ミミ! 気にするところはそこじゃないでしょ!」

 そう言うエルマは顔を赤くしながら叫ぶ割に手を振り払おうとはしない。指摘するとムキになるから言わないけど。

「ベッドの用意をしてきますね」

「ありがとうございます、メイさん」

「ありがとうございますじゃないから! ちょっと、私の話を聞きなさいったら!」

「はいはい、一緒にお風呂入りましょうねー」

「聞き流すな!」

 叫ぶエルマの手を引きながら夢の内容に思いを馳せる。まぁ、うん。あんな五年後が来るかどうかはわからないけど、ああいう未来も悪くはないんじゃないかな。

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