異世界でスキルを解体したらチートな嫁が増殖しました 概念交差のストラクチャー/千月さかき
<みんなでナギの世界を体験しよう>
「聖女さま。こっちは準備できました」
「デリリラさんも準備おっけーだよ。ナギくん!」
僕の言葉に、聖女デリリラさまは、ぐっ、と親指を立ててみせた。
ここは、聖女さまの洞窟。
奥の方にある大広間に、僕たちは全員集まってる。
「でも、すごいアイテムを作りましたね。聖女さま」
僕は大広間の壁に据え付けられた、大きな鏡を見ていた。
表面には、広間にいる僕たちが映っている。
セシルもリタも、アイネもイリスもラフィリアも、カトラスも、壁すべてをおおう鏡に夢中だ。
鏡の名前は『異世界転移シミュレーションミラー』。
僕の世界を疑似体験するためのアイテムだ。
「これを使えば、みんなが僕の世界に行ったらどうなるか、シミュレーションできるんですね……」
「まぁねっ。これができたのも、ナギくんが渡してくれた『異世界への門を開くスクロール』のおかげだよ」
ゴーストの聖女さまが胸を張った。
「あれを研究したから、ナギくんたちがあっちに行ったらどうなるか、テストできるようになったんだ。まぁ、みんな一緒に見る夢、という感じになるけどね」
「ありがとうございます。聖女さま」
「ふっふーん。お礼は試してみてからでいいよっ!」
この鏡は、映った人間の精神をあれこれして夢をあれこれして、僕の世界に行く夢を見せてくれるらしい。
僕はもう、元の世界に戻るつもりはないけど、みんなは僕の世界に興味がある。
そんなことを聖女さまに話したら、この鏡を作ってくれたんだ。
やっぱりすごいな。聖女デリリラさまは。
「調整がちょっと難しいんだけどね……えーい、これでいいや!」
聖女さまは鏡の上の方に、魔力を注入。
すると鏡が光り始める。
「いいよー。それじゃ、作動するよ!」
「「「「「「はーい!」」」」」」
セシル、リタ、アイネ、イリス、ラフィリア、カトラスは、床に敷いた毛布の上にごろ寝する。
「楽しみですね。ナギさま」
「ナギの世界って、一度行ってみたかったの」
「レティシアも来られればよかったんだけど……」
「シロさまやレギィさまと一緒に、屋敷に残ってしまわれましたからね……」
「というより、リスティさまを独り占めされたかったようですよぅ」
「レティシアさま。『リスティさまのお世話役』をするのを、すごく楽しみにされていたでありますから」
そんなことを話しながら、僕たちは目を閉じた。
すると、だんだん眠気が襲ってきて──僕たちは夢の中に。
そして──
『うーん。やっぱり安定しないなー。まずはアイネくんとカトラスくんでテストを……』
──聖女さまの声が聞こえて、僕たちは眠りに落ちたのだった。
「……はっ」
目を開けると、ベッドの上だった。
枕元にはスマホがある。壁際にはテレビ。机の上には、図書館から借りてきた本がある。
間違いない。ここは、僕の世界だ。
「聖女さまは、アイネとカトラスが一緒だって言ってたっけ」
となると、順番にシミュレーションをすることになるのかな。
最初はアイネとカトラスが一緒、ってことか……。
じゃあ、まずはふたりを探してみよう。
「…………ぱぱ」
振り返ると、僕のズボンを引っ張る女の子がいた。
ちっちゃい。5歳くらいだろうか。
青色の髪に大きな目。なぜかメイド服を着ている。
これって、もしかして……。
「なぁくんぱぱ……」
「アイネ!?」
「う、うん。アイネ……なぁくんの子どもになっちゃった」
「……そっか。聖女さま、システムが安定しないって言ってたから……」
普段はお姉ちゃんのアイネが、僕の娘になっちゃったらしい。
「でも、これも新鮮でいいかな……」
「うぅ。すごく恥ずかしいの」
「アイネ可愛いかわいい」
「なでなでしないで……アイネの精神はおっきな女の子のままなんだから……」
「うん。かわいい。すごくかわいいよ。アイネ」
「も、もう。なぁくんぱぱぁ……」
「でも、アイネが僕の娘になってるということは……アイネのママは?」
と、思ってたら部屋のドアが開いて、カトラスとフィーンが現れた。
「お待たせしたであります。ボクがアイネさまのママであります!」
「カトラスの母。アイネさまのおばあさま、フィーンです!」
「めっちゃ複雑な人間関係だね……」
普通にフィーンが出現してるし。
つまりこの世界では、アイネが子ども、カトラスが妻、フィーンが僕の義母になってるのか。
「ア、アイネさま。なんとかわいらしいのでありますか……」
「カトラスママ……」
「さ、さぁ、こちらへいらしてください。アイネさま」
「カトラスママの胸に抱きついてくださいませ」
「抱っこさせてくださいであります……んー、かわいいであります」
「せっかくです。お風呂に入れて差し上げましょう。あるじどのもご一緒に、洗いっこするのがよいでしょう。なかなかよいシチュエーションかと」
「わわ、軽いであります。ボクに子どもができたら、こんな感じなのでありましょうな」
「いえ……ここはアイネさまがいたずらして、カトラスの肌を露出させる感じがよろしいでしょうか。意外性があっていいと思います。ささ、アイネさま、どうぞ」
「ちょっと黙っててくださいであります。フィーン」
「あたくしは母として、カトラスを指導する義務がございます」
フィーンが小姑になっちゃってる。
とりあえず僕はフィーンをなだめて、アイネとカトラスを落ち着かせて──
「で、これからどうしよう」
「現実世界のシミュレーションなの。わからないの」
「とりあえず、みなさんが満足すればよいと思うであります」
「満足することをするのですね。わかります」
アイネとカトラスとフィーンが顔を見合わせた。
「アイネは、おっきくなったらお父さんのお嫁さんになりたい」
「奇遇でありますな。この世界のボクも、改めてあるじどのと結婚したい気分であります」
「せっかくなのであたくしも」
「待って」
娘と妻と義母と結婚って、制度的に不可能なんだけど。
これ、シミュレーションだから、あんまり無茶なことをしない方が──
『──致命的なシステムエラーが発生したよー。再起動するよー』
と、思ったら聖女さまの声がした。
そうして夢が暗くなっていって……。
「あ、待って。アイネはまだ、なぁくんぱぱとしたいことがあるの」
「そ、そうであります。ボクは籍を入れた身として──」
「義母として、カトラスがあるじどのにご奉仕できるか指導を──」
アイネとカトラスとフィーンの声が響く中、夢は再び変化していったのだった。
『システムを安定化させるのって難しいねー。次はイリスくんとラフィリアくんかな?』
「……はっ」
目を開けると、白いベッドが見えた。
隣にはベッドを仕切るカーテン。鼻をつくのは消毒薬のにおい。
どこかと思ったら、ここ、学校の保健室だ。
で、僕は白衣を着ている。なるほど、保険医になったのか。
「お兄ちゃん先生……し、身体測定に参りました」
「来たですー」
保健室の扉が開いて、体操服姿のイリスとラフィリアが現れた。
イリスは恥ずかしそうに細い脚を隠そうとしてる。
ラフィリアは胸に『らふぃりあ=ぐれいす!』ってゼッケンをつけてる。『!』も自筆だ。
「こ、この夢の中に入ったら、どうしてもお兄ちゃんに身体を調べてもらわなければいけないような気がしてきまして……」
「イリスさまとあたしは海外からの留学生なのです。だからなんとなく身体測定をしてもらわなければならないのです!」
「そういう設定なの?」
僕の問いに『こくこくこくっ!』と、うなずくイリスとラフィリア。
なるほど。夢がそういう設定になってるらしい。
「わかった。とりあえず身長と体重を測ろう」
「承知いたしました……お兄ちゃん」
「いや……なんでイリスは体操服を脱ごうとするの?」
「身長と体重を計測されるのでしょう?」
「するけど」
「誤差があってはいけないでしょう?」
「服くらいなら構わないんじゃないかな?」
「いいえ。お兄ちゃんにイリスを調べていただくのです。きっちり、正確にイリスのすべてを測っていただかなくては、お兄ちゃんのお仕事の邪魔をすることになってしまいます……だから、イリスは……イリスは……」
「ラフィリア、なにか言ってあげて」
「え?」
振り返ると、下着姿のラフィリアがいた。
肌を桜色に染めながら、下着に手をかけてる。
「なんでラフィリアまで脱いでるの!?」
「マスターにきちんと身体測定してもらうためには、布一枚分の誤差も許されないからです!」
「そこまで正確なデータはいらないと思うよ!?」
どうしよう。イリスとラフィリアは本気だ。
布一枚分の誤差もない状態で、僕に身体測定されるつもりでいる。
しかも、よく見ると机の上に『身体測定』の手順って紙がある。
調べるのは身長体重、座高、胸囲に心電図。
その後、手脚をマッサージして、おかしなところがないかチェック。
それから更に全身を──って、これ駄目な奴だ。
「……でも、やるしかないか」
イリスとラフィリアは止まらない。ふたりとも、夢の強制力を受けてるからだ。
しょうがない。僕も最後まで理性を保って身体測定をしよう。
と、思ったら──
『なんだかデリリラさんの精神が保たない事態になりそうだから再起動するよー!』
「え?」
「聖女さま! それは生殺しというものでしょう!?」
「もっと早く、すべて脱いでいればよかったです……」
また、夢が消えていく。
そうして、別の夢が現れて──
「ということは、次はセシルとリタの番ですね」
『当たり前のようにシステム管理者と会話するのやめない? ナギくん』
気がつくと、僕は学校の教室にいた。
僕は背広姿で、出席簿を小脇に抱えてる。
なるほど、今度は保険医じゃなくて、普通の教師になったのか。
教室の窓からは、真っ赤な夕陽が差し込んでる。
どこかから部活の声がする。なんだか、なつかしい光景だ。
まぁ、僕はバイトがあったから、こんな時間まで学校にいることは少なかったんだけど──
「ナギさま先生!!」
「ナギ先生!!」
教室に、ブレザー姿のセシルが飛び込んできた。続いてリタも。
ふたりとも、制服がすごくよく似合ってる。
セシルは、すとん、とした体型のせいで、お姉さんの制服を借りてきた小学生みたいにも見える。でもそこがいい。リタは制服が年齢相応に似合っていて、しっかりした生徒会長ってイメージだ。
「ふたりとも、すごくかわいいよ」
「え、えへへ……」
「あ、ありがと……ナギ。でも、今はね」
リタはセシルと視線を交わして、
それから僕の顔を見上げて、
「わ、わたしは、ナギさま先生のことが好きです!」
「私とおつきあいして欲しいんだもん!」
──そんなことを、宣言した。
付き合うもなにも、僕たちはもう一緒に暮らしてるんだけどね。
でも、ここは僕の世界をイメージした、夢の中だ。
だったらそれに応じた反応をするべきだろう。
「君たちの気持ちはうれしいよ。でも、僕たちは教師と生徒だ」
「……は、はい」
「わ、わかってるもん」
「だから、君たちが卒業するまでは、その気持ちには応えられないんだ」
「じゃ、じゃあ卒業したら……?」
「私たちとおつきあい……いえ、結婚してくれますか?」
「う、うん……もちろん」
「ありがとう! ナギ先生」
リタが僕の手を握って、微笑む。
僕の世界に合わせたのか、獣耳を隠した人間モードだ。
でも、僕としては、リタにはありのままでいて欲しい。仮に僕の世界にリタたちを連れていくとしたら、どういう対策が必要になるかも考えておかないと──
って、そんなことを考えていたら……
「……ナギ先生。なにか、音楽が流れてきたけど」
「これは……『蛍の光』!?」
教室のスピーカーから、卒業式の定番『蛍の光』が流れ出してる。
窓の外を見ると──昼間になってる? しかも一面の桜吹雪だ。
学校の前では卒業証書を持った生徒たちが、教師や友だちと別れを告げてる。
なんでいきなり時間が進んでるんだ……?
「魔力を完全放出。聖女さまのシステムに介入。時間をナギさまとの『卒業』まで進めます──」
セシルが、銀髪をふわりと揺らしながら、大量の魔力を放出し続けてた。
『やめてやめてセシルくん! 夢の中から、強引に魔力で介入しないで──っ!』
空から聖女さまの悲鳴が聞こえる。
セシルが魔力でシステムに介入して、むりやり時間を進めてるんだ。
そっか。僕が『卒業したらその気持ちに応える』って言っちゃったから……。
「卒業式までの時間進行、成功です。次は結婚式……いえ、その手続きです。おそらく『しやくしょ』というところで『こんいんとどけ』というものを出すはずです。そこまで時間を進めます。そうして一気に結婚式まで──」
「セシルストップ! システムが不安定になってるから!」
『そうだよセシルくん! このままじゃシステムが──っ!』
「駄目よ。セシルちゃん! そんな無茶なことをしたら──」
僕と聖女さまに続いて、リタも声をあげる。
「そんな無茶なことをしたら、卒業や結婚までの、美味しいイベントを全部取りこぼしちゃうことになるわ!!」
「──はっ」
セシルの動きが止まる。
同時に、時間の流れも停止する。
そのまま、セシルは少し考えてから──
「魔力を完全解放。時間を戻します。まずは告白のシーンからやり直しを──」
「システムが壊れるから駄目! 聖女さま。この夢を強制終了して!!」
『りょうかいだよーっ!!』
声がして、夢が、ぱちっ、と消えた。
そうして僕たちは、現実へと戻っていったのだった。
「……うーん。やっぱり異世界の夢を生み出すのは負担が大きかったね」
「鏡、割れちゃってますね」
「ごめんなさい……聖女デリリラさま」
僕たちの目の前には、ヒビが入った鏡がある。
みんなまとめて異世界の夢を見る負担に耐えられなくて、割れちゃったみたいだ。
僕は聖女さまに頭を下げた。
セシルはがっくりとうなだれてる。自分が暴走しちゃったことを気にしてるようだ。
でも聖女さまは、なんでもないことのように手を振って、
「気にすることはないよ。起動したときからヒビが入ってたんだ。やっぱり、知らない世界をシミュレートするのは難しいってことだね」
「そうだったんですか……」
「だから謝らなくていいよ。ナギくんもセシルくんも」
「ありがとうございます。でも、本当にリアルな世界でしたね……」
保健室も学校も、僕が知ってる現実世界そのものだった。
『異世界の門を開くスクロール』で研究したんだろうけど、やっぱりすごいな。聖女さまは。
「でも、やっぱり世界を切り替えるのは負担が大きいね。ナギくん」
「家と、学校の保健室・教室と、ステージが3つもありましたからね」
「次回はひとつにまとめて、みんな一緒に夢を見てもらうことにするよ」
「そうですね。じゃあ、その時のために、みんなにリクエストを……」
そんなことを考えながら、僕がみんなの方を見ると──
「はい。わ、わたし……ナギさまの奥さんになってみたいです!」
「私は、ナギの子どもになってみたいかも。ちっちゃくなって、ナギに耳と尻尾をなでてもらって……えへへ」
「アイネは……身体検査をして欲しいな……ね、なぁくん」
「イリスは教室での『告白』がしたいと考えております」
「あたしもですー」
「そうなるとボクは……困りました。選べないであります」
『いっそのこと全部まとめてやってしまいなさいな。女の子の楽しみをすべて体験するのです』
「「「「「「名案!!」」」」」」
──そんなわけで、話はまとまってしまい。
「すいません聖女さま。次回は『僕の子どもで妻で義母が、保健室で着衣による一切の誤差がない状態で身体検査を受けながら、教室で告白して卒業まで過ごす』というシミュレーションをお願いします」
『無理! そんな複雑怪奇なシチュエーションなんかできるわけないよーっ!!』
怒られた。
そんなわけで『僕の子どもで妻で義母が、保健室で着衣による一切の誤差がない状態で身体検査を受けながら、教室で告白して卒業まで過ごす』シミュレーションは却下となってしまったのだけど──
「……別に夢にこだわる必要はないかもしれません」
「……セシルちゃん天才!」
「……確かに。現実世界の『ごっこ』でやってみるのもいいかもしれないの」
「……イリスの『幻影舞台』が役に立ちましょう」
「……舞台装置は完璧なのです。あとは、順番の問題なのです」
「……じゃんけんで決めるであります」
『……賛成いたします。せーのっ』
──みんなの間でそんな計画が進んでいたことを僕が知るのは、かなり先のことになるのだった。
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