この勇者が俺TUEEEくせに慎重すぎる/土日月
<慎重教師>
「リスタ。今日、新しい先生が来るらしいわよ」
朝、隣の席のアリアが私にそう囁いた。担任だったネメシィル先生が体調不良の為、代わりの先生が来ることは知っていた。
「どんな先生なんだろ?」
「日本人らしいわ」
「へえー」
すると後ろから野太い声がする。
「チッ! 俺は日本人って奴らが気に食わねえ!」
振り返るとクラスの不良、セルセウスが机にどっかと足をのせていた。
私はこっそりアリアに耳打ちする。
「こ、怖いわね」
「うん。何かが起こりそう……」
此処、州立イシスター学園はアリアのような優等生もいれば、セルセウスのような不良も混在している。ぶっちゃけて言うとあまり規律の正しい学校ではない。入学して半年が過ぎ、私はそのことを痛感している。そしてアリアと私は、新しい先生とセルセウスとの間に一悶着あるのではないかと危惧していた。
そうこうするうちにガラッと教室の扉が開く。
――遂に来たわ!
私だけでなく、クラス中が扉に注目する。しかし……教室に入ってきたのは新任の先生ではなかった。
ドドドドドと凄い勢いで制服を着た警官が五人、乱入してくる!
「な、なんなのよ!?」
驚いている私の横を通り過ぎ、警官達はセルセウスの席に向かった。そして座っているセルセウスを取り囲む。
「お前がセルセウスか?」
「あ、ああ。ってか、こりゃあ一体何の騒ぎ、」
「確保! 確保だ!」
一人の警官が叫ぶと四人がセルセウスに飛び掛かった。暴れるセルセウスだったが警官達に組み敷かれ、やがておとなしくなった。
「……ご苦労」
突如、氷のような声が聞こえて、私は教壇を振り返る。いつしかそこには長身の男性が佇んでいた。手錠をされたセルセウスに目をやりながら呟くように言う。
「このクラスには腐ったミカンがいるという噂を聞いてな。なので前もって通報しておいたのだ」
私は戦慄する。じゃ、じゃあセルセウスが今後、クラスで問題を起こすであろうことを予期してあらかじめ警察を呼んでいたというの……って、無茶苦茶すぎるでしょ!!
何もしていないセルセウスが教壇に立つ男を睨み付ける。
「ふざけんな、この野郎!! 俺はまだ何もしてねえぞ!!」
「『まだ』ということは、これからするつもりだったと言うことだ。警官の諸君、言質は取れたな」
「はいっ!」
警官達が男に敬礼する。そして「さぁ行くぞ」とセルセウスの腕を引っ張った。
「ま、マジで俺、た、逮捕されちゃうの……!?」
その時、セルセウスの強面は見る影もなく消えていた。
「横暴すぎるううううう!! 誰か助けてくれええええええええええええ!!」
セルセウスが泣き叫ぶ。不良だと思っていたが案外、ガラスのハートの持ち主だったようだ。ってか、何もしてないのに逮捕されたら泣きたくなるわよね!
セルセウスが連行された後、教壇の男は静まりかえった教室でパンと拍手を打った。
「はい、初めまして。今日からこのクラスの担任になった竜宮院聖哉だ」
!? いや普通に自己紹介し始めたわ!! あんなことしでかして「はい、初めまして」じゃなくね!?
しかし改めて見ると、高身長に整った顔立ち。私の胸はときめいてしまう。
に、日本人なのに格好良い!! セルセウスの一件が霞むくらい格好良いわ!!
「それでは今から出席を取る。まずは、アデネラ。……アデネラ」
しかし先生がいくら呼んでも返事はない。
「いないのか。遅刻のようだな」
クラス委員のアリアが手を挙げる。
「先生。アデネラさんは一学期からずっと休んでいます」
そう。私がアデネラさんを見たのは入学式だけ。それから彼女は学校を休み続けていた。
ちょっと暗い感じの子だったなあ、と彼女の印象を朧気ながら思い出していると、バタバタと廊下を走る音が聞こえた。そして、
「お、お、遅れて、す、すいません」
「えええええっ!?」
私は大声を張り上げてしまう! 教室に飛び込んできたのは不登校の筈のアデネラさんだった! アリアも驚いたようで彼女に尋ねる。
「アデネラさん! どうして学校に?」
「き、昨日、先生が、わ、私のうちに来たの。い、今まで、あ、あ、アニメばっかり見てたけど、げ、現実も悪くないかも、って。うひひひひひひひ」
笑い方が気持ちの悪いアデネラさんは、うっとりした面持ちで竜宮院先生を眺めている。しかし先生はぶっきらぼうに「さっさと席につけ」と言った後、続きの出席を取り始めた。
こ、この先生、凄いわ! セルセウスの件といい、不登校のアデネラさんの件といい、全てにおいて前もって対応している! ひょっとして、物凄いやり手の先生なんじゃ……!
出席を取り終えた後、先生は真剣な表情で言う。
「一部の不良の排除及び、不登校生徒の生活改善は完了した。だが、麻黄ヶ丘高校と対立している女番長のヴァルキュレに、不純異性交遊を繰り返すミティス……このクラスは問題が山積みだ」
ヴァルキュレさんとミティスさんのことまで! やっぱり物凄く研究しているわ! ちなみにどちらも今日は出席していないけど!
感心していると先生が私をじっと見詰めていることに気付く。
え! ちょ、ちょっと何? も、もしかして先生、私のことを……?
「そしてリスタルテ――お前はこのクラスで一番成績が悪い」
あああああああああああ!! そんなことまでバレてるうううううううう!!
先生に睨まれている私にアリアが助け船を出してくれる。
「先生! リスタはいつも真面目に勉強しています! 不良なんかじゃありません!」
ああ、アリア! ありがとう! 流石、私の心の友!
「君はクラス委員のアリアドアか。それでは、リスタルテは授業を毎日まともに受けて、ノートもしっかりとって、それでいて成績がクラスで一番悪い――つまり、そういうことなのだな?」
「はい! その通りです!」
!? ぐうっ!! なんだかメチャクチャ恥ずかしい!! 私、アホ丸出しじゃない!! これなら授業サボって成績悪い不良の方がマシだわ!!
「ふむ。それが真実なら、おそらく勉強の仕方に問題があるのだろう。リスタルテは放課後残るように」
そうして先生は教室を出て行った。
「リスタ。大丈夫?」
「う、うん。平気よ」
アリアが心配そうに私を見詰めるが、
――せ、先生と放課後……ふ、二人っきり……!?
私は何だか違う意味でドキドキしていた。
あっという間に放課後。誰もいなくなった教室で緊張しながら待っているとドアが開かれ、竜宮院先生が入ってくる。
「ええっ!!」
私はまたしても驚いてしまう。先生が山のように積み上げた参考書を抱えていたからだ。そしてそれを私の机にドドンと置く。
「先生! こ、これは……?」
「今からこの参考書に書いてある文章を全てノートに書き写すのだ。それが終わるまで下校は出来ん」
「!? そんなの、死んじゃいますよ!!」
「む。お前は死ぬのか? 何となく不死身な気がしていたのだが」
「不死身な女子高生なんている訳ないじゃないですか!!」
「よく考えると確かにそうだな。なぜかそう思ってしまった」
「だ、大体こんなことしたって無駄ですよ。私、どれだけ勉強してもダメなんです」
そう。私だって成績を良くしようと幾度も頑張った。塾にも行ったし、休日は家で一人、朝から夜まで勉強した。それでも効果が上がらないのだ。
「お前は留年したいのか?」
「そりゃあもちろんしたくないけど……」
「リスタルテ――いやリスタ。『勉強してもダメ』なんて軽々しく言うもんじゃない」
「先生……?」
「十回、百回と繰り返しやったのか? それでも出来なければ千回、万回、百億回。それくらいやってからダメと言え」
「いや百億回もやってたら、私それが原因で留年しちゃいません!?」
ツッコんでみるが、先生は私の目をしっかり見据えて言う。
「とにかく出来るまで俺が付き合う。リスタ。お前は俺の生徒だからな」
――せ、先生……!!
小学校、中学校、そして塾……私は何人もの先生に会った。しかし、今までの先生は全て私を見放してきたように思う。
――でも……だけど、この先生は違う! 凄く厳しいところはあるけど、私を決して見捨てないんだわ!
自分でも抑えきれない熱い気持ちが沸き上がってきた。私はそれを先生にぶつける。
「竜宮院先生! 私……私、先生のことが!!」
その時だった。教室の扉が勢いよく開かれて、警官五名がドドドドドと雪崩れ込んでくる!
「確保! 確保だ!」
「な、な、何なのよ、これはああああああああ!?」
朝のセルセウスのように組み敷かれながら私は叫ぶ。先生はそんな私に冷たい目を向けていた。
「お前が俺を見る目は時折、色気づいていた。生徒と教師の恋愛は当然禁止。なので前もって警官を呼んでおいた」
愕然とする私をよそに先生は席を立ち、帰り支度を始める。
「拘留中も出された宿題はきちんとやっておくように。以上」
「!? 何が『以上』だ!! テメーふざけんな、コラアアアアアアアアアアアアアア!!」
絶叫しながら、私は警察に連行されたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます