元ホームセンター店員の異世界生活 ~称号≪DIYマスター≫≪グリーンマスター≫≪ペットマスター≫を駆使して異世界を気儘に生きます~/KK


  <五月五日は『こどもの日』です>



 狼の獣人、《ベオウルフ》達が暮らす地――アバトクス村。

 その村の中で、「うふふ」「あはは」と、楽しそうに舞う女性達の姿がある。

 頭部に花を咲かせた、一人の美女と一人の幼女。

 彼女達は《アルラウネ》という植物の魔族で、名前をオルキデアとフレッサという王族の姉妹である。

 植物の力を操ることができる彼女達は、今日もアバトクス村の草花に活力を与え、綺麗に育つ手助けをしているのだ。

「いやぁ、今日も華やかだねぇ」

 オルキデアさん達が通った後には鮮やかな花々が咲き乱れ、村中に花の香りを漂わせている。リラックス効果抜群の環境だ。

 そんな光景を眺めながら、私は呟く。

 本田真心――それが、私の名前。

  ある日突然、現代日本からこの異世界へとやって来てしまった、元ホームセンター店員である。

「ふっふふ~ん♪」

「ごきげんだね、マコ」

「今日は天気もいいもんね」

 咲き誇る花々を眺めながら、双子の《ベオウルフ》マウルとメアラと一緒に、のんびりと村の中を散歩する。

「そういえば、マウルの家庭菜園の野菜も、最近かなり大きくなってきたね」

「うん、フレッサから元気を分けてもらって、みんなすくすく育ってるよ」

 私の言葉に、嬉しそうに笑うマウル。と――そこで ……。

「ん?」

 私の鼻孔に、ある特徴的なにおいが香って来た。

 道の端を見ると、オルキデアさん達が育てている植物の中に、強いにおいを放つ草があることに気付く。

 緑色の草で、穂状の花が咲いている。見た目は、何の変哲もないただの雑草に見えるけど……。

「これって……」

 覚えのある香りと姿だ。私が前にいた世界でホームセンターに勤めていた時、ゴールデンウィークあたりによく植物商品コーナーでも扱っていた記憶が……。

「そうだ、菖蒲しょうぶだ!」

 思い出した。これは前の世界で言うところの、菖蒲という植物に非常に似ている。

 というか、菖蒲そのものじゃないだろうか?

「懐かしい……そっか、ゴールデンウィーク最終日は『こどもの日』だもんね」

 その直前になったら、うちの店やスーパーとかでも、切り花用のバケツに差して売り出されてたもんだ。

「『こどもの日』?」

 私の漏らした『こどもの日』というワードに、マウルとメアラが食いつく。

 こっちの世界では、そういう祝日とかって無いのかな?

「えーっと……私がいた国では毎年 、五月五日に『こどもの日』っていう、子供の成長をお祝いする文化があるんだけどね……」

 小首を傾げている二人に、私は『こどもの日』の説明をする。

「その日に、この菖蒲を浮かべたお風呂に入るんだよ。いわゆる薬湯だね。この草には薬効があって、健康に育つために体を清めるんだよ」

「「へー」」と、私の説明を聞く二人。

「そうだ!」

 そこで、私の頭にナイスアイデアが浮かんだ。


       ◇◇◇


「よし、これでオッケー!」

 思い立ったが吉日。早速、私は準備に取り掛かった。

 私達の家の裏手には、石を積んで作った竈の上に、私がスキル《錬金》で生み出した〝ドラム缶〟を乗せた手作り風呂――ドラム缶風呂がある。湯船に水を入れ、そこに更に束ねた菖蒲の葉を投入。火を熾して、湯を沸かす。

 数十分後――。

「わぁ、良い匂いだね!」

 マウルが感嘆の声を上げる。

 沸き立ったお湯から漂ってくる、独特の匂い。菖蒲の薬湯の完成だ。

 いいね、薬湯。オルキデアさん達が育てる色んな花や薬草を使ったら、様々な薬湯が楽しめそうだ。

 というわけで、(日取りは正式じゃないけどノリで)『こどもの日』にちなみ、マウルとメアラに一緒に入ってもらうことに。

「どう? 湯加減は」

「ぽかぽか~」

「うん、気持ち良い」

 薬湯に肩まで浸かって、二人とも存分にふやけている様子だ。

 菖蒲の薬湯には、確か疲労回復や血行促進、リラックス効果とかの効能があると聞いた記憶がある。そりゃ、厄除けにもなるはずだ。

 二人とも、是非健康に成長してくれたまえ。

 ……しかし、と、私は火の加減を確かめつつ、湯船に浸かる二人を見る。

 マウルとメアラ、この双子に、私はとても助けられた。

 この世界にやって来た時、二人と出会わなければ嵐の中、野外に放置されるところだったのだ。

 せっかく、『こどもの日』の真似事も始めた事だし――。

「どうしたの? マコ」

「うん。この機会に、二人に恩返しをしたいかなって」

「「?」」


       ◇◇◇


 というわけで、その夜。

 家の外、屋外に設置したテーブルを囲う、私、マウル、メアラ。

「待たせたな、準備は終わった」

『さぁ、メシだメシだ!』

 それに、同居人である《鬼人オーガ》の亜人――ガライと、《神狼》と呼ばれる大きな白い狼――エンティア。

「ふわ~!」

 夜空の下、ランタンの灯に照らされた食卓の上に並ぶ、いつもよりも豪華な夕餉のメニューを見て、マウルが目をキラキラ輝かせる。

 シチューや香草焼きの肉など、どれもマウルとメアラの好きな料理だ。

「なんだか今日の晩御飯、凄く豪華じゃない?」

 そう言って目を丸めるメアラに、私とガライは微笑む。

「うん、ガライと一緒に、ちょっと頑張ってみてね。なんだか勢いで始めちゃったけど、疑似『こどもの日』という事で、ご飯を豪勢にしてみました」

「え?」

「私は、この世界で二人と出会えたから助かったし、二人と出会えたから、こうして楽しい毎日を送れていると思ってる。その〝ありがとう〟っていう気持ちを、今日は込めさせてもらった感じかな」

 ちょっと気恥しいけど、私は二人に説明する。

 ――すると。

「うう……うわ~~ん!」

 と、マウルが泣き出してしまった。

 突然のことに、私もメアラも、ガライもびっくりする。

「え!? どど、どうしたの? マウル」

「ううん……違うんだ……お父さんとお母さんと一緒に暮らしてた頃のことを思い出しちゃって……」

 目元をごしごしと拭いながら、マウルは微笑む。

 マウルとメアラは、両親を事故で失っている。

 その時の――家族で暮らしていた時の事を思い出してしまったようだ。

 ちょっと悪い事しちゃったかな?

 いやでも、マウルは悲しくて泣いているわけではない。むしろ、幸福だった記憶を想起してるってことは、それだけ感動してくれたということだ。

「マウル、いつまでも泣いてたらマコ達に悪いぞ」

 マウルを慰めながら、メアラが言う。

「うん、わかってる」

 マウルも、こくりと頷く。

「ところで、マコ」

 そこで空気を換えるように、ガライが私へと質問を投げかけた。

「その『こどもの日』っていうのは、他にはどんなことをするんだ?」

「うーん、そうだねぇ……」

 私は腕を組み、ホームセンター時代に『こどもの日』に関する売り場を作った時の事を思い出す。

 そもそも、何故五月五日が『こどもの日』なのか。

 元々は端午の節句っていって、五月は雨期も近付いて、病気になりやすい季節という事で、菖蒲やなんかを飲んで邪気を払う厄除けの日だったんだっけ?

「えーっと、例えば、子供を邪気から守るために、おまじないで兜をかぶったりね」

「兜?」

「そうそう……あ、そうだ」

 私はスキル《錬金》を発動。

 以前、ホームセンターの『こどもの日』売り場で一個だけ仕入れてあった、鉄製の〝兜〟を作ってみた。

「う……」

「結構、重いね」

 それをかぶせ合うマウルとメアラの様子を、私とガライはにこやかに見守る。

「あ、そういえば」

 そこで私は、ふと思い出したことを口にした。

「『こどもの日』は子供の成長を祝う日だけじゃなくて、母親にも感謝する日なんだっけ」

「え? そうなんだ」

「じゃあ、マコにも感謝しないとね」

「へ?」

 私? 母親?

 疑問符を浮かべる私に対し、一方、マウル、メアラ、ガライ、エンティアは、うんうんと納得するように頷いている。

「いつもありがとうね、マコ」

「マコと会えたから、俺達の暮らしは凄く良くなった」

『我も感謝しているぞ、姉御。こうして毎日、美味いメシを食って楽しい毎日を送れているのだからな』

「あんたと出会って、俺の人生は変わった。生まれ変わったと言っても過言じゃない」

「…………」

 みんなが口々に言う感謝の言葉、感謝の想いに、私は思わず呆けてしまった。

 私が……母親、か。

 そっか、マウルとメアラ……ガライやエンティアにとっても、そういう存在だったのかな、私。

 ……まぁ! あくまでも母親ポジションっていう意味ですけど!

「ほらほら! せっかくの豪華な夕食なんだから! 冷めない内に食べよう!」

「うん、そうだね」

「いただきまーす」

『うひょー! 食うぞ食うぞ~!』

 赤くなった顔をごまかすように、私は言う。

 食卓を囲う、五人……いや、正確には四人と一匹か。

 この五名で、今や立派な家族だ。

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