無敵の万能要塞で快適スローライフをおくります ~フォートレス・ライフ~/鈴木竜一
<5年後の要塞村>
閉じていた目に、明るい日差しが突き刺さる。
「う、うぅん……」
深い眠りの中にいたトアは、仰向けになっている体を起こして辺りを見回した。
「あ、あれ? 俺……外で寝ちゃったのか?」
いつもなら、自室のベッドで目を覚ますはずが、この日はなぜか要塞村の中庭と思われる場所で寝ていた。これでは酔っ払いと変わらない。
「ええっと……昨日の夜は何をしていたっけ……」
必死に記憶をたどって、なぜこのような状況になったのか分析しようとするトア。そんな彼に背後から声をかける者がいた。
「おや、目が覚めましたか、マスター」
フォルだった。
「体の調子はどうですか?」
「えっ? 特になんとも……って、フォルは知っているのか、俺がどうしてこんなところで寝ているのか」
「えぇ……話せば長くなりますが……」
深刻そうなフォルの口調に、トアは思わずゴクリと唾を呑んだ。
「僕にもさっぱり分かりません」
「短い!」
思わずツッコミを入れるトア。
「とにかく、一度部屋に戻ろうか」
「……それはおすすめできませんね」
いつものように村長としての仕事に取りかかるため、一度部屋に戻って身支度を整えようとしたのだが、フォルはそれを制止する。
「部屋に戻るなって……どうしてだ?」
「……僕たちは次元を超越してしまったようです」
「? どういうこと?」
フォルの言葉の意味を理解できないトアは問いかけるが、その時、聞き慣れた少女の声が近づいてきた。
「わっふぅ! 朝の狩りからただいま戻りました!」
「! マフレナか」
狩りを終えても元気いっぱいなマフレナへ声をかけようとしたトアであったが、その姿を見た瞬間、驚きのあまり足を止めた。
「えっ……マフレナ……?」
視線の先にいるのは間違いなくマフレナのはずだが、いつもの様子と異なる点がいくつか見受けられた。
まずは髪型。
銀色の長かった髪はショートカットになり、身長も伸びている。寿命が長い種族であるため、人間ほど劇的な変化は見られないが、顔つきや雰囲気は大人びて映った。
声をかけようとしたトアだが、マフレナの容姿がいつもと違うことで思わず木の陰に隠れてしまった。
「マフレナ様……いつもと様子が違いますね」
「あ、ああ、単純に髪型違うってだけじゃない……」
「そうですね。胸のサイズも遥かにアップしています。五年でここまで成長しますか」
「確かに迫力が増して……って、そうじゃなくて! うん? 五年?」
トアはフォルが示したその数字が気になった。
「五年ってどういう――ああっ! さっき言っていた次元が云々って話はそういうことか!」
「お察しの通りです。先ほどから、要塞村の様子がどうもおかしいのでサーチ機能を使って調べてみたのですが……どうやらここは僕らがつい昨日まで過ごしていた要塞村から五年経過しているようです」
「なんだって!? ど、どうして!?」
「僕にも原因は分かりません……しかし、マフレナ様の成長度合いや周辺環境の変化からしてそれくらいが妥当だと思われます」
「そんなことが分かるなんて……相変わらず戦闘以外の機能は充実しているよね、フォル」
「お褒めに与り光栄です」
五年後の要塞村。
そこへ迷い込んでしまったトアとフォルはどうしたものかと途方に暮れていた。そこへ、新たにふたりがやってくる。
「おかえりなさい、マフレナ」
「お疲れ様です、マフレナ様」
五年後のクラーラとフォルだ。
いつも見慣れているクラーラは金髪にポニーテールという髪型だが、今は長い髪をそのまま縛らず腰まで垂らしている。顔つきも、普段接しているクラーラより大人っぽさが窺える。
一方、自律型甲冑兵であるフォルには目立った変化が見られない。
「あのようにダンディな成長を遂げていようとは……」
と、思ったが、フォル本人からすると劇的な変化があったらしく、感動に打ち震えていた。
ツッコミを入れるのも野暮かな、と思ったトアは五年後のクラーラたちへと視線を戻す。
「それにしても、要塞村に住み始めてもう五年目かぁ。あっという間ね」
「わふっ! 本当ですね!」
「人間であるエステル様はだいぶ成長されましたが、クラーラ様やマフレナ様、それにジャネット様はあまり変わりませんね」
「いやいや、五年よ? あれから五年も経ったんだから、少しくらいは成長しているわよ! 主に上半身の一部が!」
「クラーラ様、必死すぎます。心配しなくても、きちんと成長していますよ」
「ホント!?」
「ええ。日々の鍛錬の賜物でしょう。腕回りの筋肉が増大して――」
「わあああああん!!」
クラーラの右ストレートがフォルの兜を的確に打ち抜き、ゴロンゴロンと転がっていった。五年経っても、ふたりのやりとりは変わらないようだ。
「ま、まあ、賑やかなのはいいことだよね」
自分たちが暮らしていた五年前と変わらず、平和な日々を送っている村民たちの姿を目の当たりにして安堵したトア。だが、こうなってくると「もっと未来の要塞村を知りたい」という欲求が湧き上がってくる。
「このままここに留まっても事態は好転しない……もう少し周囲を探索してみよう。元の世界に戻れるヒントがあるかもしれない」
「分かりました。エステル様とジャネット様を捜しましょう」
「…………」
トアの狙いは、フォルにバレバレだった。
◇◇◇
五年後の要塞村がどのような変化を遂げているのか。
その変化を知るため、そして元の五年前の世界に戻る方法を探るため、トアとフォルは要塞内を移動する。
ちなみに、この世界のことがもう少し分かるまで名乗り出るのは待とうとふたりは話し合いの末に決めた。なので、見つからないようこっそりと移動している。
道中、中庭の茂みに身を隠しながら様子を窺っていると、ひとりの成人女性が大勢の子どもたちを引き連れてやってきた。
「今日はここでスケッチをしまーす」
「「「「「はーい」」」」」
腰まで伸びる赤く長い髪をした人間の女性は、慣れた様子で子どもたちに声をかける。子どもたちも女性を慕っているようで、素直に返事をした。
「新しい村民かな? 凄い美人だ」
「いえ、恐らくあの方は……マスターもよく知る方かと」
「へっ? あっ!」
フォルに指摘されてから、改めて女性を見ると、すぐにその正体に気づく。
「エステル先生! 書けました!」
「あら、綺麗な花ね。次は色をつけましょうか」
「はーい!」
完成した絵を見せる女の子に優しく語りかける女性こそ、トアの幼馴染であるエステルだった。
「あ、あれが……五年後のエステル……」
もっと近くで顔を見ようとトアが一歩踏み出した時、足元にあった小枝を踏んづけてしまい、「パキッ」という音が響く。
「? 誰かいるの?」
エステルの顔がこちらを向き、近づいてくる。
「ま、まずい!」
「マスター、裏から逃げましょう」
「う、うん」
バレないよう静かに移動し、要塞内へと避難。
そのまま次の目的地へと移動を開始した。
次にたどり着いたのは要塞村図書館。
そこでは、メルビンをはじめとするモンスター組が、大きな箱を図書館へ運び入れる作業の最中だった。
「さすがにメルビンたちは変わっていないね」
「そのようですね。……しかし、今図書館から出てきた方はだいぶ変わられたようです」
「えっ?」
フォルへ向けていた視線を再び図書館へ戻すと、確かにモンスター組の中に、長い紫色の髪を後ろで束ね、眼鏡をかけた女性がいる。
「まさか……ジャネット!?」
「そのようですね」
メルビンたちに指示を出し、自ら本を一冊一冊チェックしていく女性こそ、五年後のジャネットだった。
「なんていうか……ジャネットはイメージ通りだな」
「まさに深窓の令嬢といった感じですね」
トアとフォルは耳を澄まし、ジャネットとモンスターたちの会話を聞き取ろうとする。
「ジャネットさん、これで本はすべて棚にしまい終えました」
「ありがとうございます」
メルビンからの報告を受けたジャネットは「ふぅ」と息を吐き、要塞の窓へと視線を移し、橙色に染まり始めた空を眺める。
「そろそろ、トアさんが戻ってくる時間ですね」
「ええ。今回は長旅で数日間、村を空けていましたから、きっと疲れているでしょうね」
どうやら、トアは外出をしており、現在要塞村にはいないらしい。
ジャネットがモンスターたちと談笑しているうちに、トアとフォルはバレないように細心の注意を払いながら移動を開始。
途中で、夕方にもかかわらず酒盛りしているローザとシャウナに出くわすも、酔っていることもあってか、こちらに気づくことはなかった。
「……あの人たちは変わらないね」
「恐らくですが、あのふたりは帝国との戦争中からあんな感じだと思いますよ」
「まあ……そうかもね」
妙に納得してしまうトアだった。
その時、村民たちが一斉に要塞の正門付近に集まり始めていることに気づく。マフレナ、クラーラ、エステル、ジャネットの四人にジンやゼルエスといった各種族の長たち。さらには大人から子どもまで、最終的にはほぼすべての村民が集結した。
「どうしたんだ?」
「夕食でしょうか」
ふたりは身を隠しながら人だかりに接近。すると、銀狼族の若者たちの話し声が聞こえてきた。
「トア村長が戻って来たらしいぞ!」
「今度はどんな土産話を聞かせてくれるんだろう……」
「楽しみだな!」
村民たちが集まっている理由は、村を出ているトアを出迎えるためだったのだ。
やがて、人だかりから耳をつんざくほどの歓声が聞こえた。どうやら、五年後のトアが村に到着したようだ。
「五年後のマスターが戻って来たようですね。ご覧になりますか?」
「…………」
フォルの質問に、トアは答えない。さすがに未来の自分自身を見るのはちょっと怖いのだ。
戸惑い、うまく声が出ないトアであったが、突然、何者かの気配を感じて振り返る。その先にあったのは神樹ヴェキラだった。
「どうかしましたか、マスター」
「いや……神樹が言っているんだ……ここは俺たちがいる世界じゃないって」
「神樹が?」
「ああ……」
トアが神樹を見上げたとほぼ同時に、神樹全体を覆う金色の魔力の輝きが増す。
一瞬の閃光。
その眩さに目を閉じたトア。
やがて全身が光に包まれたかと思うと、次第に力が抜けていき、とうとう意識まで手放してしまった。
◇◇◇
「――はっ! ここは……」
意識を取り戻したトアは勢いよく顔を上げる。
そこは要塞村にある自分の部屋で、そこにある机に突っ伏して眠っていたようだ。手元には読みかけの本がそのままの状態で開かれている。
「本を読んでいる途中で眠っちゃったのか……」
窓へ視線を移すと、すでに夕方となっている。
「さっきまで見ていたのは……夢、なのか」
トアは窓から身を乗り出し、その先にある神樹を眺める。夕陽の色と同化しそうな金色の粒子を放つ神樹は、どこか笑っているように見えた。
「……まさか、神樹のいたずら? ――なわけないか」
ハハハ、と自嘲気味に笑うと、窓の外からこちらへ呼びかける声がする。
「トア~、そろそろご飯よ~」
「今日は私とマフレナで釣りあげた特大ゴッドサーモンの丸焼きよ!」
「わっふぅ! とってもおいしそうですよ!」
「あれ専用にキッチン改装した甲斐がありました」
トアを呼んだのはエステル、クラーラ、マフレナ、ジャネットの四人。その姿は未来の姿ではなく、トアのよく知るいつもの姿をした四人だった。
「今行くよ」
トアは急いで部屋を飛び出す。すると、廊下でフォルとバッタリ遭遇する。
「おや、マスター。ちょうど今呼びに行こうとしていたんですよ」
「…………」
「? なんですか? 僕の顔に何かついていますか?」
「いや、そうじゃなくて……覚えていないの?」
「なんのことでしょうか」
「いや、いい。こっちの話だ」
フォルは何も覚えていないという。
やはり、あれはただの夢だったようだ。
「さあ、行こうか」
「はい。今日も腕によりをかけて作りましたので、とてもおいしいですよ」
「それは楽しみだな」
フォルと共に外へ出ると、エステルたちが駆け寄ってくる。
五年先――いや、十年、二十年先もこんな風に過ごしたい。
そんなことを思いながら、トアは要塞村の食堂へと歩いていくのだった。
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