最強の鑑定士って誰のこと? ~満腹ごはんで異世界生活~/港瀬つかさ


  <五年後の《真紅の山猫スカーレット・リンクス》とカレー祭り>



 悠利が異世界に転移し、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で家事担当として過ごし始めて、早いもので五年の歳月がすぎていた。相変わらず最強の鑑定チートである【神の瞳】を独自路線で使いながら、楽しい日々を過ごしている。

 変わったことといえば、この五年で見習い組と訓練生の顔ぶれは様変わりしていた。

 訓練生は卒業し、見習い組は訓練生に繰り上がり、そして卒業していった。今の《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で悠利が身を寄せた当時からいるのは、指導係だけだ。

 けれど、悠利はそれを寂しいとは思っていない。思う必要がないほどに、毎日が充実していた。それに、卒業していったからといって、会えないというわけでもないのだ。

 当時の見習い組の四人は卒業してまだ日も浅く、王都ドラヘルンを拠点に活動している。そのため、買い出しに出掛けた先でばったり会うことも少なくない。

 訓練生達はそれぞれ散っていったが、ときどき悠利のご飯を求めて食材持参でやってくるので、こちらも会えないわけではない。……食材を持ってくれば美味しいご飯を作ってもらえるという前例を最初に作ったバルロイも、未だにちょこちょこ顔を出すぐらいなので。

 そして、今日もそうだ。今、悠利の目の前にはかつての仲間達が揃っている。ちょっと揃いすぎなぐらいに。


「それにしても、ヤックお前、随分と背が伸びたなぁ」

「まだ伸びてますよ。成長期です!」

「成長期ってお前……。……成人してまだ成長期なのか?」

「伸びてるんですよ、実際」

「マジか……」


 目線が変わらなくなったヤックを前に、クーレッシュがしみじみしていたら、予想外の爆弾を投げつけられていた。身長を抜かれる日が来るのかもしれないと、遠い目をするクーレッシュ。そんな彼に、ヤックは不思議そうな顔をしていた。

 五年前はそばかすの目立つ小柄な少年だったヤックも、今では立派な青年に成長していた。今年で成人年齢の十八歳。背も伸び、手足も身体の厚みもほどほどに成長した彼は、悠利と並ぶとあの頃の面影はどこにもなかった。

 訓練生達がそれほど大きな変化を遂げていないのは、彼らが成人前後の年齢だったからだろう。十代前半だった見習い組の面々は、この五年で全員立派に成長していた。

 特に著しいのがヤックで、皆に弟分扱いされていた頃の幼さはどこにもない。身長も体格も殆ど変化していない悠利に比べて、随分立派に成長したものだ。

 ……そう、悠利はさほど変化していなかった。アジトでおさんどんを続ける生活なので、劇的な変化はどこにもない。しいていうなら、寮母さんみたいなポジションが板についたというところだろうか。ただの主夫ともいう。

 身長は多少伸びたけれど、顔立ちも全体の雰囲気も何も変わらない悠利。けれど逆に、そんな悠利の姿に仲間達は楽しそうに笑うのだ。アジトにやってくれば、あの頃と変わらず悠利が笑顔で出迎えてくれる、と。


「ヤックは本当に背が伸びたよなぁ」

「ウルグスもカミールも伸びたじゃん。オイラよりまだまだ大きいし」

「俺はもう伸びないと思うけど、ウルグスは?」

「多分伸びないだろ。これ以上伸びてもなぁ」

「……壁」

「ヲイコラ、マグ、聞こえてんぞ!」


 ヤックの姿を見てしみじみとウルグスが呟けば、ヤックは笑ってカミールとウルグスを見上げる。カミールとヤックの目線はあまり変わらず、ウルグスはその二人よりまだ背が高い。全員背が伸びているが、それでもやはり元々大柄だったウルグスは誰より大きかった。

 ウルグスは背が伸びて大人びた以外に変化はあまりない。少年時代から体格が良かったので、それほど印象が変わらないのだ。

 対してカミールは、すらりと手足の長い美青年へと成長していた。元々良家の子息めいた顔立ちをしていたが、今はそれに磨きがかかり、更に言えば色々と活用して情報収集に生かしているらしい。商人の息子は実に逞しく育っていた。

 そんな三人のやりとりに、ぼそりと口を挟んだのはマグだ。こちらは相変わらず小柄で細身。確かに身長は伸びたが、小柄なまま。ふてぶてしい態度も特に変わりはない。

 軽口を叩いたマグにウルグスが噛みつき、二人が一触即発のやりとりを繰り広げるのも相変わらず。それをカミールとヤックが肩をすくめて見ているのも。

 まるで、今も一緒に生活しているかのような彼らのやりとりに、悠利は思わず笑った。


「皆、相変わらず仲良しだねぇ」

「お前の能天気さも相変わらずだよな」

「え? そう?」

「そう」

「そうかなぁ?」


 こてんと首を傾げる悠利に、クーレッシュは小さく笑った。お前は変わらないなぁと頭を撫で回されて、悠利はやっぱり不思議そうな顔をしている。

 当人はそれなりに成長したと思っているが、根本的な部分は何も変わっていないのだ。そしてそれが、皆には懐かしくて落ち着くのだろうが。


「ところでユーリ、今日のご飯は!」

「……お前の頭には、他に考えることはないのか」

「だって、ユーリのご飯だよ? クーレだって楽しみにしてたんでしょ?」

「そうだけど、口開くと飯のことしか言わないのもどうだっていう話だよ!」

「レレイに言うだけ無駄だと思うー」

「あー、ヘルミーネひどい!」


 顔を輝かせてレレイが悠利に詰め寄り、クーレッシュがそれにツッコミを入れる。そんな二人のやりとりに口を挟んだのは悠利ではなく、遅れて到着したヘルミーネだった。

 ふてくされるレレイに楽しそうに笑っているヘルミーネの姿形は、五年前と何一つ変わっていない。人間より長命な羽根人の彼女は、数年ぐらいでは容姿が劇的に変化することはない。レレイとクーレッシュもそれほど変化はしていないが、それでも変わった部分はある。そういう意味では、ヘルミーネはまったくと言って良いほど変化がなかった。


「遅かったね、ヘルミーネ。イレイスは?」

「イレイスなら、玄関で渋ってる誰かさんの説得をしてるわよ」

「説得?」


 首を傾げる悠利に、ヘルミーネは悪戯っ子みたいな顔をする。そのやりとりにピンと来たらしいカミールが、嬉々とした様子で玄関へと走っていった。

 やがて、上機嫌な表情のカミールが、不機嫌そうな少女を引きずってやってくる。首に白蛇を巻き付けたそれが誰であるのかは、誰の目にも一目瞭然だった。


「アロール、久しぶり!」

「……久しぶり。いい加減、腕、離せよ」

「引っ張ってこないと入ってこなかったくせに、よく言うぜ」

「君のその、お節介で一言余計なところ、いつまでたっても直らないよね」

「イテッ」


 苛ついたらしいアロールがカミールの足を踏んづける。潮時と判断したのかカミールはアロールの腕を放して距離を取った。

 十五歳になったアロールは、以前に比べれば少女らしさを身につけている。全体的に雰囲気が丸みを帯びているが、それでも相変わらず中性的なのは否めない。むしろ、それが彼女の魅力かもしれない。


「ユーリ、遅くなってすみません。お元気でしたか?」

「うん、元気だよ。イレイスも元気そうで良かった」

「はい、息災ですわ」


 ぱんとハイタッチをする悠利とイレイシア。相変わらずイレイシアの方が背が高いので、悠利が彼女を見上げる形になる。同年齢ということもあって、彼らは今も仲が良い。

 賑やかにわいわいやっている悠利達の向こうには、呆れたような顔をしながらかつての住人が勢揃いしているのを眺める指導係達がいる。アリーは面倒臭そうに、ブルックは相変わらずの淡々とした表情で。フラウとティファーナは楽しげに微笑み、ジェイクはのほほんとした風情のまま。あの頃と変わらない光景がそこにあった。


「ねぇ、ユーリ、今日のお昼ご飯!」

「お前は空気を読め!」

「レレイに言っても無駄だよ」

「アロールひっどーい!」

「そういう部分は何も成長してないし」

「「……確かに」」

「何で皆、アロールに同意しちゃうの!?」


 元気よく叫んだレレイに入るクーレッシュのツッコミ。相変わらずのキレがある。そこに被さるのは、アロールの容赦のない発言だ。そして、彼女の意見に同意する一同。異論はどこからも上がらなかった。

 見慣れた光景を久しぶりに見られて、悠利は楽しそうに笑った。笑って、そして、笑顔で口を開いた。


「今日のお昼は、カレーです。外じゃお代わり出来ないって言ってたから、いっぱい用意してあるよ」

「「やったー!」」


 飛び上がって喜んだのは、レレイだけではなかった。皆だ。元訓練生も、元見習い組も関係ない。全員がカレーの一言に大興奮している。

 それというのも、カレーは魔性の食べ物で、少なくとも彼らはとても好きだからだ。王都ドラヘルンでは一般化しているカレーだが、外食でお代わりを際限なく出来る店はほぼない。カレーはお代わりしたいと思うと、外食で食べるのは難しいのだ。

 だからこそ、悠利はカレーを準備しておいた。大鍋を幾つも作っておいたのだ。思う存分食べて貰おうと思って。


「お前ら、喜ぶのは良いがあまり騒ぐな。今日は今の訓練生や見習い組もいるんだからな」

「「はーい」」

「……本当に解ってんのか……」

「あはは、アリーさん、お疲れ様です」

「……」

「何ですか?」


 苦言を呈するアリーに、元気な返事が届く。元気すぎるほどに元気な返事に、アリーは疲れたようにぼやく。苦笑しながら労る悠利を見たアリーは、更に盛大にため息をついた。


「お前がいる限り、何も変わらん気がしてきた」

「えぇええ……。僕が悪いんですか、それ……」


 理不尽だなぁとぼやく悠利の頭を、アリーはぐりぐりと撫でた。いい加減自覚しろとでも、言いたげに。




「お代わりいっぱいあるから、喧嘩しちゃダメだよ!」


 ギャーギャー言いながらカレーを食べる仲間達を見て、悠利は声を上げる。返事の代わりに拳を突き上げる一同。それでも、カレーを食べる速度は変わらなかった。

 思う存分カレーが食べられるということで、争奪戦のようになっているのだ。カレーは、オーク肉、バイソン肉、ビッグフロッグの肉、シーフード、キノコという感じで、五種類用意した。その大鍋が、凄い勢いで減っていくのだ。

 トッピングとして用意した様々な具材も、凄い勢いで減っていく。相変わらずだなぁと悠利は思った。

 カレーは確かに美味しい。ピリリと舌に残るスパイスと、具材の旨味が合わさって絶妙のハーモニーだ。ご飯にもパンにも合うし、うどんやパスタとの相性も間違いなし。何でこんなに美味しいんだろうと思いながら食べる悠利の顔は、笑顔だった。

 悠利が選んだのはキノコカレーで、エリンギやシメジの弾力が良い感じのアクセントになっている。キノコの旨味が素晴らしい。カレーのスパイスを和らげるために温泉玉子を割ってみたが、それもまた良い。

 もぐもぐとカレーを食べながら、悠利はふと思い出したように向かいに座るマグに声をかけた。出汁の信者は相変わらず出汁を使った料理が大好きで、カレーもお気に入りだ。


「そういえばマグ、この間は普通に喋ってたよね?」

「……?」

「ほら、一人で顔を出したとき」

「……通訳」

「え?」


 不思議そうに悠利が問いかける。先日顔を出したとき、マグとは普通に会話が成立したのだ。多少無口で言葉少なな印象は拭えないが、それでも今日のように単語のみということはなかった。それゆえの疑問だ。

 そんな悠利に、マグはスプーンを銜えたまま隣に座るウルグスを指差した。行儀悪いよとたしなめる悠利に頭を下げるが、発言の撤回はなかった。

 マグに示されたウルグスは、面倒臭そうな顔をしながら答える。


「こいつはな、俺がいると面倒くさがってマトモに喋ろうとしないんだ」

「え?」

「便利」

「便利じゃねぇよ。普通に喋れるんだから、俺がいてもやれよ!」

「否」

「面倒くさいじゃねぇんだよ、馬鹿野郎!」


 相変わらずのやりとりを繰り広げる二人に、悠利はあーと呻いた。何となく、理解した。マグは相変わらずウルグスに気を許しているのだ。そして、ウルグスも口では怒っていても、完全に拒絶していない。

 ちらりと視線を向けられたカミールとヤックは、首を左右に振った。けれど彼らの顔は笑顔だった。この二人はそういうもんだから、と言いたげである。

 気にしないで食べようぜと言いたげに、カミールが皿を示す。次いで、すっと鍋を示した。そこには、嬉々としてお代わりをしているレレイの姿。


「……レレイ、何杯目だっけ」

「気にしたら負けだ、ユーリ。食べないとなくなる」

「確かに」


 遠い目をした悠利に、カミールはきっぱりと言い切った。それに異論はなかったので、悠利もせっせと食事に戻った。皆でわいわいと食べるカレーは美味しいなぁと思いながら。

 あちらこちらでカレーの美味しさを称える声が聞こえる。トッピングもよりどりみどりなので、皆楽しんでいるのだろう。わいわいがやがやと賑やかなのはいつも通りだが、そこにいるのが今は卒業して普段はいない友人達だと思うと、思わず顔がほころぶ悠利だった。




 今までも、これからも、ここは彼ら皆のホームであることに変わりはないのです。美味しいご飯、万歳!

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