魔王になったので、ダンジョン造って人外娘とほのぼのする/流優


  <IF:ある世界の彼ら>



 ――ある時、世界は異世界と繋がった。

 俺にとっては子供の頃の話だが、当初はもう、それは大騒ぎだったらしい。

 まあ、当然と言えば当然だろう。突如として、自らの知る世界が激変してしまったのだから。

 大きな事件が何度も起こり、混乱や対立が発生したことも数多くあったそうで――が、変化とは、時が立てば慣れるものである。

 今ではもう、耳や尻尾の生えた者が往来を歩いていようが、翼の生えた者が空を飛んでいようが、誰も二度見などしない。

 異世界の存在は、日常となったのである。

 そんな世界の中で俺は、ひょんなことから一人の異世界人と知り合い、ひょんな理由から日々を共に過ごすようになったのだが……。


「レフィ」

「何じゃ」


 美しい銀髪に、美しい銀色の瞳を持つ我が同居人――レフィシオス。

 人間と違い、彼女は角と尻尾を有しているが、それでもきっと、百人が百人とも二度見をするであろう、神々しいまでの美貌を持つ美少女だ。

 が、とんでもないものぐさである。


「とりあえず色々言いたいことはあるが……パンツ見えてるぞ」


 ぐでーっとソファに横たわり、菓子を食いながら漫画を読んでいるレフィ。

 着やすく脱ぎやすいという理由から、彼女はほぼ毎日ワンピースを着ているのだが、寝そべっているせいで裾の部分が大きく捲れ、ぶっちゃけ丸見えである。

 手と漫画を汚さないという意識はあるようで、器用に箸を使ってスナック菓子を食っているが……もうなんつーか、色々台無しというか。


「ほう、お主は儂の身体に欲情しておるのか。全く、同居人が童女趣味の変態だと、困るのう」

「誰がロリコンだ、誰が」


 俺に下着を見られていると言っても、毛程も気にした様子がなく、なおだらけた恰好で漫画を読み続ける我が同居人。

 そりゃあ、コイツは美少女だ。

 だが、そんなおっさんみたいな恰好でパンツを見せられても、別に興奮などしない。呆れるだけである。


「おぉ、なんとも恐ろしい限りじゃなぁ。儂はただ安息が欲しいだけだと言うのに、日常の空間ですら、いつ襲われるかと警戒せねばならんとは。夜もおちおち眠ってられんのう」

「毎日昼までグースカ寝てやがるヤツが何を言ってるんだ」


 しかも安息がほしいだけって、そういうのは毎日しっかり働いてるヤツが言うセリフだ。お前ほぼニートじゃねぇか。


「あ、ユキ、飲み物取ってくれんか」

「自分で取れ」

「今良いところなのじゃ。儂はこの先を読まんと、ここから動けん!」


 自信満々にそんなことを言い放つレフィに、若干イラッとした俺は、言った。


「……レフィ」

「何じゃ」

「今お前が読んでるそこな、数ページ後にその男、刺されて死ぬぜ」

「なっ……ばっ、この、お主! 阿呆、何故このたいみんぐで先をばらすのじゃ!?」

 ガバリと顔を上げ、愕然とした様子で俺を見るレフィ。

 うむ、その顔が見たかった。

「フハハハ、俺はその漫画を全巻読破済みなので、まだまだ色んなことをお前に教えられるぜ? さあ、無駄なネタバレを食らいたくなかったら、俺には逆らわないことだ」

「ぐ、ぐぬぬ……卑劣な男め……! いいじゃろう、お主がそういう態度を取るのならば、儂にも考えがある!」

「ほう、いったい俺のネタバレから、どうやって逃げるというのかね?」

「それはじゃな――」


 と、レフィとくだらないやり取りをしていた時だった。

 ピンポーン、と我がボロアパートのチャイムが鳴る。

 何故か勝ち誇ったような顔をするレフィを横目に、俺はインターホンの受話器を手に取る。


「はい」

『こんにちは! イルーナです!』

 聞こえてきたのは、幼い子供の声。


「お? イルーナか。ちょっと待ってろー」

 そう言って受話器を置いた俺は、玄関の扉を開けた。

「おにいちゃん、こんにちは!」

「おう、こんにちは」

 扉を開けた先に立っていたのは、にぱっと笑顔を浮かべる、金髪の可愛らしい幼女。


 彼女はイルーナ。我が家の隣に住まう、三人姉妹の末っ子である。

 お隣さん同士であるため、その三姉妹とはよく顔を合わせる間柄であり、この幼女ともそれなりに付き合いがあるのだ。

 ただ、今日は特に、ウチに来るという話は聞いていなかったが……。


「うむ、よく来たの、童女よ!」

「おねえちゃん、今日もいっぱい遊ぼうね!」

「何だレフィ、お前が呼んでたのか」

「昨日の夕方に会っての。――さあ、ユキよ。覚悟せよ」

「……な、何だよ」


 レフィは、イルーナに向かって言った。

「童女よ、聞いてほしいのじゃ。此奴が、儂に酷いことばかりするのじゃ。弱者に対するいじめは、良くないと思わんか?」

 我が同居人の取った手段は、チクりだった。


「おまっ、子供に泣きつくとか、恥ずかしくねぇのか!?」

「あー、おにいちゃんはもう、すーぐおねえちゃんにいじわるしちゃうんだから。仲良くしないと、メ! だよ?」

「ま、待て、違うんだ、イルーナ! 元はと言えば、このバカがバカなことを言ったせいなんだ!」

「聞いたか、イルーナよ。儂は此奴と仲良うやろうと思っておるのに、此奴はこんなことを言いよるんじゃ。きっと、感情の表現が苦手なんじゃろうの」

「そっかぁ、おにいちゃんは照れ屋さんなんだねぇ。きっと本当は、おにいちゃんの方もおねえちゃんといっぱい仲良くしたいと思ってるけど、恥ずかしいから、ついいじわるしちゃうんだろうね!」

「イルーナさん、あのですね、俺が思春期男子であるかのような言い方をするのはやめてもらえませんか。俺とコイツの間にあるのは、もっと殺伐とした関係でして」

「もう少し素直になるのならば、可愛げがあるんじゃがなぁ? ま、儂は心が広いから、お主の照れ隠しも許してやろうかのぉ?」

「お前はお前で黙っていてくれませんかね。マジで。本当に」


 コイツ、イルーナが味方に付いたからと、調子に乗りやがって――いや、考えろ。

 わざわざ、コイツに言いたい放題させる理由はない、か。

 思い付いた俺は、ニヤリと笑みを浮かべ、言った。


「わかったわかった、イルーナ。お前の言う通り、コイツとは仲良くやることにしよう」

「うん、いいことだよ、おにいちゃん! 何かあったら、わたしが聞くからね!」


 ニコニコと、笑顔でそう答える幼女。

 この子は本当に良い子だな。


「……何じゃ、急にそう言い始めると、気色悪いの」

「そうそう、イルーナ。話は変わるんだが、聞いてくれよ。コイツ、おっさんみたいな恰好で、菓子食いながら漫画読むんだ。行儀が悪いから注意してやってくれよ」

「そうなの、おねえちゃん? それは良くないよ~」

「ゆ、ユキ!? お主、童女に告げ口するとは、卑怯ではないか!?」


 どの口が言うか、どの口が。

 そんなこんなで、俺達はギャーギャー言い合いながら一日を過ごした。

 イルーナは、楽しそうにニコニコと笑っていた。


       ◇◇◇


 俺は、お隣さん家のチャイムを押す。


『はーい、今伺うっすよー』


 ガチャリと扉が開き、一人の少女が姿を現す。

 名は、リューイン。

 彼女は三姉妹の次女、つまりイルーナの姉の一人であり、俺と歳が近いのでそれなりに仲良くやっている。

 ちなみに、長女の名はレイラで、彼女らは三人とも異世界人である。

 色々あって、こちらの世界に移住してきたらしい。


「こんちはっす、ユキ――って、イルーナ。今日は二人のところで遊んでたっすか。いつもいつも、ありがとうっすよ」

「いや、気にしないでくれ、リュー。この子は俺達にとっても友人だしな。――イルーナ、またな」

「ん……またね」


 眠たげな瞳で、こちらに小さく手を振ったイルーナは、姉の横を抜けて部屋へと戻って行った。


「いやぁ、こっちに来た時からずっと良くしてもらって、二人には本当に頭が上がらないっすねぇ。そうそう、またバーベキューを一緒にしたいって話をイルーナとレイラとしてたんすけど、今度一緒にどうっすか? レフィと……あとネル辺りも誘って」

「お、いいねぇ! 楽しみだ。予定を開けておかないとな――」


       ◇◇◇


「…………」


 玉座で、目が覚めた。

 どうやら、うたた寝している間に夢を見ていたらしい。

 時々見る、楽しく、愉快な夢だ。


「――ユキ? どうかしたか?」


 近くでのんびりしていたらしいレフィが、不思議そうに俺を見る。


「レフィ、今日はバーベキューにするぞ」

「む、唐突じゃな。何も準備しておらんが……」

「いや、もうダメだ。俺はバーベキューがやりたい脳になってしまった。今から急いで準備しよう」

「わかったわかった、仕方がないの」


 苦笑し、彼女は立ち上がる。


「……レフィ」

「何じゃ?」


 俺は、無言で彼女の尻尾をギュッと握り締めた。


「うひゃあっ!? なっ、何をするんじゃ阿呆!」


 レフィはビクンと身体を跳ねさせると、俺の手からすぐに逃げ、上目遣い気味でこちらを睨む。

 俺は、笑って言った。


「俺、お前のそういう顔、やっぱ好きだわ」

「何にも嬉しくないんじゃが!?」


 怒る彼女を連れ、俺はなお笑いながら、バーベキューの準備を始めた。

 ――今日もダンジョンは平和だ。

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