デスマーチからはじまる異世界狂想曲/愛七ひろ
<絵本コンテスト>
「――こうしてお姫様と勇者様は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
迷宮都市のペンドラゴン邸に戻ると、庭の方からご主人様の声と子供達の歓声が聞こえてきた。
「お帰りなさい、アリサ」
子供達の後ろにいたリザさんが、わたしに気付いた。
リザさんの横にはナナとルルもいる。ポチ、タマ、ミーアの三人は子供達の前に陣取っているようだ。
「絵本朗読は終わってしまったと報告します」
「あら、残念」
ひたむきに絵本を朗読するご主人様の横顔を遠慮なく眺めるボーナスタイムを逃しちゃったわ。
「アリサ、お菓子は厨房に残してあるから、後で食べて」
「うん、ありがとうルル」
そんな会話をしている間に、ご主人様が終了を宣言して子供達が三々五々に去って行く。
「今日はどんなお話だったの? 締めの言葉からして勇者様とお姫様がハッピーエンドになるお話みたいだったけど」
ご主人様に歩み寄りながら、横にいるルルに尋ねた。
「ごめんなさい、タイトルは覚えてないわ。お姫様と一緒に色々な冒険をして幸せになるお話、かな?」
顎に人差し指を当てて思案するルルが可愛い。
我が姉ながら、反則的な可愛さだわ。
「魔王のヒトを倒した後に、借金取りが現れた時はびっくりしたのです!」
――借金取り?
「タマは隠し子が現れたのが、えきさいてぃんぐぅ~?」
――隠し子?
「絵本、よね?」
「あはは、ちょっと独創的なお話だったわよ」
何、それ? 内容がちょー気になる。
「お帰り、アリサ。どこに行っていたんだい?」
「ただいま。いつもの本屋よ」
ご主人様の腰掛けるシートの上にわたしも座る。
「何かご本を買ってきたのです?」
「新しい絵本~?」
「今日は絵本は買ってないわ。その代わりニュースがあるわよ」
「にゅーす~?」
「ニュースは美味しいのです?」
タマがこてりと首を傾げ、ポチが何かを期待する顔になった。
「おやつじゃないわ。本屋さんが来月くらいに五周年になるんだってさ」
「五周年? もっと老舗かと思ったよ」
「前の老店主が引退した時に、店舗と在庫を買い取って開店したみたい」
ご主人様の質問に答える。
「それが『にゅーす』なの?」
「違うわ。ニュースはここからよ。五周年を記念して、絵本コンテストが開かれるの!」
「興味」
「にゅ!」
「ポチはテストは苦手なのです」
ミーアとタマがキラキラした瞳をこちらに向け、単語尻を間違って聞き取ったポチの腰が引けている。
「違うってば。テストじゃなくてコンテスト。要は品評会みたいな感じかな?」
「品評会、なのです?」
まだ難しかったみたい。
「自分で書いた絵本を持ち寄って素敵なお話を見つけましょうって事よ!」
「それはすごく凄いのです!」
ポチがようやくキラキラした笑顔になる。
「ポチがお話を書くのです!」
「タマが絵を描く~?」
「タマと一緒なら、優勝間違いなしなのですよ!」
ポチとタマが漫画家を目指す少年漫画のコンビみたいな台詞を言う。
「コンテストだし、優勝じゃなくて大賞を狙う感じだね」
「目指せ、大賞なのです!」
「えいえいお~」
ご主人様が間違いを訂正し、二人が盛り上がる。
こうして、ポチとタマの絵本作りが始まった。
◆
「むーん、なのです」
ペンを上唇と鼻で挟んだポチが難しい顔で唸る。
ポチはなかなか絵本の題材が決まらないようだ。
それはいいんだけど――。
「ポチ危ない~?」
ポチを狙った
「タマ、ありがとなのです」
「ポチ! 戦闘中は集中なさい!」
リザさんがポチを叱るのも当たり前。だって、今は迷宮で戦闘中なのよね。
もっとも、過保護なご主人様のサポートで戦闘はすぐに終わり、ポチはリザさんからお説教を受ける事になった。
しょげるポチの頭をご主人様が撫でて慰めている。
「仕事と執筆を両立できないようじゃ、ポチに兼業作家は無理ね」
「ケンギョーって、なんなのです?」
思わず口にした言葉にポチが反応した。
「兼業作家って言うのはね、他のお仕事と作家業を同時にする人の事よ」
「同時なのです! ポチにはマネできないのですよ……」
まあ、仕事しながら執筆しているわけじゃないけどね。
「アリサ、質問なのです!」
「何かしら?」
「作家のヒトはどうやってお話を思いつくのです?」
「さあ、どうやってかしら?」
わたしは前世の記憶を思い出す。
「ツブヤイッターに流れている呟きだと、お風呂に入っている時や散歩の時に思いつくって言っている人もいるし、中には美味しいモノを美味しく書きたくて作家をしている人もいるってあったわ」
「それなのです!」
ポチが何かをひらめいたような顔になった。
「ポチのハイローの脳細胞がびゅんびゅんしているのです!」
よく分からないけど、ポチがアイデアを求めて駆けだした。
心配したタマがついていったから大丈夫かな。
「ちょっと早いけど、今日の狩りはこの辺にしよう」
「はーい」
ご主人様はポチの創作活動を応援したいみたい。
前に色んな選択肢を皆にあげたいって言っていたもんね。
「うおりゃあああああなのです」
締め切り五日前になって、ようやくポチが原稿に取りかかった。
けっこうな執筆速度だけど、枝葉の部分まで書き込んでいるので、後でシェイプアップが必要になりそう。
「がんばれ~?」
タマが応援扇子を両手に持って踊っている。
「そういえば、タマが挿絵を描くのよね?」
「あい」
「今から描いて間に合うの?」
「なんくるないさ~」
タマがのんびり告げる。
ちょっと不安になったけれど、タマはその言葉通り、コンテストの締め切りまでに幾枚もの絵を仕上げてみせた。
いや~、野生の天才って凄いわ。
◆
そして絵本コンテストの結果発表の日――。
「入賞はブロイ君の『どろんどろん』!」
司会が二人目の入賞者を発表した。
「違ったのです」
「残念~?」
自分の名前が呼ばれなかったポチとタマが、少ししょんぼりする。
「まだなのです! まだ大賞のはっぴょーが待っているのですよ!」
「あい」
少し自棄気味なポチの横で、タマがこくりと頷いた。
「それでは大賞を発表いたします!」
司会が人々の期待を煽るように、そこで言葉を止めて会場を見回す。
「大賞は――」
コンテストに出した作者らしき人達が、そこかしこで祈るような視線を司会に向けている。
もちろん、ポチとタマもだ。
「――シャーマさんの『山羊の綱渡り』です!」
作者らしき獅子人の女性が飛び上がって喜び、横にいた山羊人の男性に抱きついている。
たぶん、愛情表現なんだろうけど、捕食しているみたいに見えるから止めてほしい。
「……ポチじゃ、なかったのです」
「なんくるないさ~」
落ち込んだポチをタマが慰める。
自分の事よりもポチのフォローをするあたりがお姉ちゃんしてるわ。
「コンテストはまだまだあります。諦めず精進しなさい」
「イエス・リザ。次の機会には更に面白い話を期待していると告げます」
「ん、応援」
「私もお夜食とか作りますね」
皆がポチとタマを応援する。
「まだ残念がるのは早いみたいだよ」
ご主人様がポチとタマの頭を撫で、司会の方を指さす。
審査員らしきお爺さんが何か紙切れを渡している。
「えー、本来の賞はここまででしたが、最後に審査員より奨励賞が追加されました」
司会が紙切れを確認しながら告げる。
「審査員奨励賞は――」
ポチやタマを始めとした落選した人達が司会を見つめる。
「――『ご主人様のパンケーキ』! 作者はポチ君とタマ君です!」
「やっったー、なのです! ポチの名前なのです! ポチ達の絵本が入賞したのですよ!」
「おういえ~」
発表を聞いたポチとタマの喜びが爆発した。
もちろん、わたし達皆もだ。周りにいた人達も喜ぶ二人を見て拍手喝采を浴びせてくれ、最後にはポチとタマの胴上げまでしてくれた。なんだか、他の入賞者が寂しそうだったので、その人達も胴上げして皆で喜んだ。
◆
「若様! お願い! 私にもパンケーキを焼いて!」
「私も! お礼は私の身体で!」
「あんたの身体なんて対価になるわけないでしょ! 私は蟻蜜を取ってきました! だから、パンケーキを!」
ポチの絵本を読んだ人達が、ご主人様にパンケーキを作ってほしいと集まってくるのは予想外だった。
「ペンドラゴン卿、お母様が君のパンケーキに興味があるそうだ」
「ゲリッツ様、僕もご相伴にあずかりたいです!」
太守夫人や子息達も興味があるみたい。
「レシピなら絵本の巻末付録にありますから、お抱えの料理人に見せていただければ作ってくれますよ。他の方達は今度パンケーキのお店ができるので、そちらをお待ちください」
ご主人様も対応するのが大変そうだ。
まあ、ポチの絵本は食事のシーンだけは臨場感に溢れまくっていたもんね。
巻末付録のレシピはオリジナルのトウモロコシ粉を使う奴じゃなくて、一般に出回っている小麦粉を使ったレシピになっている。
だって、普通の人には
パンケーキを求める人達を躱して、わたし達はお屋敷へと戻った。
「うーん、うーん」
ポチは次回作の構想に頭を悩ませているようだ。
作家になるよりも、作家になった後の方が大変らしい。
頑張るポチを応援する為に、ご主人様やルルに美味しいパンケーキを焼いてくれるように頼んでこよう。
脳に糖分を補給しないと、いいアイデアも生まれないからね!
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