ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテと実況の遠藤くんと解説の小林さん/恵ノ島すず
<5歳の彼女は、ツンデレではなくて>
王太子ジークヴァルト・フィッツェンハーゲンである私と、私の婚約者である侯爵令嬢リーゼロッテ。
私たちはまだ互いに学園生の身ではあるが、規模の大きな夜会などには、その立場ゆえに、揃って参加しなければならないこともある。
とはいえ、やはりしょせんはまだ学園生なので、参加する以上のことは、それほど求められてはいないのだけれども。
私たちは、秋も半ばの今日も、そんな、ただそこにいることが仕事のような、退屈な夜会に参加している。
けれど、先日
ふと、挨拶に来る人々の波が途切れた。その瞬間、リーゼロッテは急にすねたような表情に変わり、小さな声で私をなじる。
「ジークヴァルト殿下、殿下が王太子として、皆に好かれようと努力なさっていることは、たいへん素晴らしいと思っております。けれどさすがに、女性をあのようにたぶらかすような行いまでなさるのは、いかがなものかと」
固い声音でそう告げられたが、私はなんのことやら、さっぱり意味がわからない。
「ええと、私には、心当たりがないのだけれど……。たぶらかしていた、かな?」
私が首をかしげると、リーゼロッテはひどく真剣な表情で、しっかりとうなずいた。
「ええ。今日の殿下は、笑顔があまりに眩し過ぎます。年若い女性が、あの距離で、殿下にあれほどまでに美しく微笑まれなどすれば、皆、恋に落ちてしまうに決まってますでしょう」
決まっていないと思う。
困惑する私を置き去りにするように、よくわからないことを言い切ったリーゼロッテは、イライラとしたような表情で、ぶつくさと続ける。
「まったく、殿下には、ご自分がどれほど整った顔をなさっているか、もっと自覚していただきませんと。だいたい、この場の主役は……」
『要するにこれ、割とただの嫉妬だし、かなりジークのことを褒めているな』
『リゼたん自身が、ジークの笑顔に一々惚れ直しちゃっているからこそ、こんなことを言っているってことですからね!』
リーゼロッテの説教(?)は続いていたが、それに被せるように響いた異界の神々、エンドー様とコバヤシ様のお声に、ああそういうことかと納得がいった。
私はくすりと笑って、彼女の手を握る。
「不安にさせて、すまなかった。けれどそれなら、私の婚約者であるリーゼが、こうして、私に寄り添っていてくれたら、良いんじゃないかな?」
私の突然の言動に言葉を途切れさせ、首をわずかにかしげているリーゼロッテに、私は告げる。
「そうすれば、私の笑顔は君の美しさによって引き出されたものだと、みんながわかってくれるはずでしょう?」
『正にその王子様スマイルを、リーゼロッテの真正面、至近距離で炸裂させたー! 弱点技が、急所に当たったかのようだ!』
『添えられた言葉も、大変糖度の高いものでした。素晴らしいですね。リゼたんは真っ赤でへろへろになっていますが、おかげで不安や嫉妬なんて、どこかにふっとんでしまったことでしょう』
神々の言葉の通り、リーゼロッテは赤面し、ふるふると震えている。
『しかしこれ、わざとなのか……? ジークが王子様過ぎてこわい……』
ぽそりと漏らされたエンドー様のお言葉に、コバヤシ様が笑う気配がした。
『ふふふ、正真正銘の王子様ですからねー。ただ、ジークは、常にこういう言動をしています。完璧王太子ムーブがもはや染みついているというか、天然な部分もあると思いますよ』
お二方の言葉に、若干のいたたまれなさを覚えた私は、頬をかいた。
今日私がリーゼロッテに苦言を呈されるほどにへらへらと笑ってしまっていたらしいのは、真実リーゼロッテがあまりに美しかったからだ。
だから、たぶん、わざとではないと思う。
そもそも、私が【おうじさま】らしくあろうと、言葉遣い、笑い方、人との接し方、ちょっとした所作までに気を使うようになったのも、元を辿れば、リーゼロッテのためであるし。
私はあの日、5歳の彼女に出会った日のことを、思い返す。
――――
私はこのフィッツェンハーゲン王国の当時は王太子だった父の子で、しかも長らく唯一の子であったので、かなり甘やかされて育ったように思う。
彼女と出会った当初、7歳だった私は、実は全然王子様らしくもなければ、やたらのんびりぼんやりとした、甘ったれた子どもだったと記憶している。
そんな私の刺激になればと紹介されたのが、もうその頃には既に聡明で如才ない子だと知られていた【リーフェンシュタール侯爵家のリーゼロッテ嬢】だった。
両親曰く、しっかり者かつ年下の彼女と交流することで、私が少しは焦るかと思ったそうだ。
いかめしく厳しい騎士である彼女の父との面識が先にあった私は、実際の彼女に会う前に、“こわい子だったらどうしよう。年下の女の子に叱られたりするのは嫌だな”などと考えていた記憶がある。
実際に会ってみれば、ひどくかわいらしい女の子だったのだけれども。
子どもだというのに歩き方からぴしりと美しく、きっちりと肩口で揃えられた金の髪、生真面目そうな雰囲気と相まって、作り物めいたほど美しい少女は、私の顔を見るなりどこか呆然としてしまった。
「……おうじさま」
そう言ったきり見開かれたままの紫水晶の瞳は、けれど私に見とれているかのようにきらきらと輝いていて、とっさに“彼女の期待を裏切りたくない”と考えた私は、その瞬間から、【おうじさま】であろうと決めた。
「そんなにかたくならないで。ねぇ、2人であそぼうよ」
私なりの精一杯の【おうじさま】らしさで、私がそう言って彼女に手を差し出すのを、母がほほえまし気に笑って見ていたのを、はっきりと覚えている。
「あっちにね、ことりがよく来る木が、あるんだよ」
そう言って彼女の手を引けば、リーゼロッテはこくりと頷きついてきた。
しばらく歩いて、幾分か緊張が解けてきたらしい彼女は、ふいに、ぽつりと口を開く。
「……さっきは、きちんとあいさつできなくて、ごめんなさい」
リーゼロッテはしょんぼりとそう言ったが、型通りの挨拶を完璧にこなされていたら、彼女をここまでかわいいとは思わなかったかもしれない。
「ううん、あやまらないで。気にしてないから」
だから私は心の底からそう言ったのだけれども、むしろますます申し訳なさそうな表情に変わった彼女は、ぽつぽつと語る。
「わたし、ふだんは、ちゃんとしているんです。妹たちのめんどうだって、ちゃんと見られるんです。でも、でんかがあまりにかっこよくて、びっくりしちゃって……」
ぽぽぽと頬を染めながら言われた言葉にくすぐったさを覚えた私は、にやにやとだらしのない笑みを浮かべそうになったのを取り繕って、人が私に望むと教えられていた【品のある】笑い方への軟着陸を試みる。
「ふふふ、ありがとう。そう言ってくれて、うれしいよ」
試みはどうやら成功だったらしく、ますます頬を薔薇色に染めた彼女は、瞳をうるませはにかんで、感激したようにうなずいてくれた。
ますますの気分のよさと、少しの気恥ずかしさを覚えた私は、きゅっと彼女の手を握りなおして、王城の庭の、色々なところを、次々に紹介した。
木、花、実、鳥、蝶……。彼女の気を少しでも引きたくて、私が知る限りの【すてきなもの】を、あれこれと見せて回った。
その度に尊敬するようなまなざしが強くなっていく気がして、私はもっと、お兄ちゃんぶりたいと思ったのだろう。
次に会うまでに、もっと、彼女に教えられることを増やしたいと思った。もっと、【おうじさま】らしいふるまいができるようになりたいと思った。彼女が気に入ってくれたらしい笑顔を、常に心がけるようになった。
それまで漫然と受けていた王子教育に、私が身を入れるようになった転機は、間違いなくあの日だっただろう。
――――
「だからまあ、やっぱり、私のこの笑顔は、リーゼロッテのためのものだと思うんだよね」
ほぼ無意識にそう言葉にしてしまってから、彼女とつないでいた手を動揺のあまりかぎゅうっと握り返されて、自分の言った言葉が、なかなか気恥ずかしいものであったと気づく。
「え、えっ⁉ なにをおっしゃっていますの⁉」
ところが、リーゼロッテが真っ赤な顔でうろたえているのを見て、ふしぎと余裕のできた私は、笑顔でうぬぼれた言葉を口にしてみる。
「だってほら、リーゼは、私の笑顔が好きでしょう? だから私は、いつも笑っているんだよ」
「殿下、あまり
リーゼロッテは険しい表情で私を睨み、小さな声で叱った。
確かに、今は近くに人がおらず、にぎやかに盛り上がる会場の隅で、私たちは特に注目されてはいないように思えても、やはり、夜会の最中だ。誰が聞き耳をたてているかわからない。
けれど、今の言葉は。
『つまり、こんなところじゃなければ、言えるってことだな』
『リゼたん、ジークの笑顔がだーい好きってことは、否定してませんからね! 実際リーゼロッテの手記でも、ジークの笑顔は、え、そんなに褒め言葉のバリエーションある? ってくらい、褒めちぎられていました。2人きりのときに、きっちり言わせたらいいと思います!』
私の考えと似た神々のお声に、深く頷く。
5歳の、どこまでも素直な好意を示してくれた、幼い彼女もかわいかったけれど。
今の、照れ屋でツンデレな彼女も、やっぱりかわいい。
私は心からの笑顔を、今日も彼女に贈る。
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