外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者/ケンノジ


  <記す証>



「ロランは、あとで私のところに来てちょうだい。以上、朝礼終わり。今日も一日、頑張っていきましょう」

 アイリス支部長が朝礼を締めくくり、俺や他の職員たちが「お願いします」と口にして、冒険者ギルドの一日がはじまる。

「ロランさん、また何か変な用事を頼まれちゃうんじゃ……?」

 俺がああやって朝礼後に呼び出されるのは、最近となってはもう珍しくはないのだが、ミリアは毎回俺のことを心配してくれる。

「どうでしょう。頼み事のときもありますし、そうでないときもあります」

「そ、そうでないときって……もしや、お食事のお誘いとか」

 それもなくはない。

「ロランさん! 嫌なら嫌ってはっきりと言うんですよ! 職権濫用ですからね、それって」

「そういう人ではないので、大丈夫ですよ。それに、いつも断っていますので」

 わかりやすくミリアが安心したような表情を浮かべた。

「そうですよね。ロランさん、猫ちゃんのお世話があるから」

 そういうことです、と言って、俺は事務室を出ていき、支部長室の扉をノックした。

「どうぞ」

 声が上がり顔を覗かせると、机の前にあるソファをすすめられ、そこに腰かけた。

「用件は何でしょう?」

 俺が尋ねると、ため息をつかれた。

「私、これは絶対嫌がるだろうって、何度も言っているのよ?」

「はぁ……」

 嫌がる?

 おそらく、俺が嫌がる、ということだろう。

「話が見えないのですが」

「ごめんなさい」

 そう言って、アイリス支部長は説明をしてくれた。

「マスターが……あなたに頼みたいことがあるって、前々からお手紙が届いていたの」

「タウロが?」

 俺に頼み事?

「内容的に絶対断るだろうし……というかふたつ返事で受けたことがないものね、あなた。そういう内容だから、何度か断ったのだけど、どうしても、と懇願されて」

 なんとなく話が見えた。

 タウロが俺へ何か頼み事――俺が嫌がりそうな内容のそれ――をアイリス支部長を介してしていたようだ。あの様子だと、相当タウロに拝み倒されたのだろう。

「おそらく断ると思いますが、聞かせてもらえますか?」

「マスターが、あなたにギルド職員の業務用のマニュアル本を作成してほしいと」

「断ります」

「そうよね……」

 マニュアル本なんてものがあれば、たしかに便利だろう。教える側も教わる側も、その教本通りにしていれば、大きな間違いはないのだから。

「面倒だから断っているわけではありません」

「あら、そうなの?」

 ええ、と俺はうなずく。多少その節もあるが、大きな理由ではない。

「僕はこの支部でしか冒険者ギルドのことを知りません。それに、勤務歴も短く経験に乏しいので、そういったものは、勤務経験豊富で、冒険者経験や他支部での勤務歴がある職員のほうが、適任だと思います。多角的に冒険者ギルドのことを知っているでしょうし」

「うぅ……正論。もちろん、私も断ったのよ? そういうのって、本部の仕事なんじゃないですかってすごく遠回しに伝えたし」

 遠回し程度じゃ、あの男は気づかないだろう。

「けど、全然察してくれなくて」

 やはりか。

「でも、本部の仕事とは言ったものの、そういうのを現場を知らない人間が作るのって、違和感あるでしょう? ああしろ、こうしろって頭ごなしに言われている気もしてしまうし。だったら、現場を知っている人間が、業務マニュアルを作ったほうが、理に適っているって思って」

 アイリス支部長は、そう思ったから今回の件を俺に伝えたようだった。

 現場にいない人間が、現場のための教本を作る、というのは組織内で摩擦を生むことになるのだろう。

「視察の人間が本部から来て、マニュアル本を手にあれこれチクチク指示したり指摘したりって、癪じゃない、やっぱり」

 アイリス支部長は、この支部の長。何かあれば、真っ先に支部長の責任となってしまうだろう。

 板挟みで悩むアイリス支部長を見たいわけではないし……どうしたものか。

 悩んでいると、バン、と扉がいきなり開いた。

「支部長ぉ~。水くさいじゃないっすか、適任者、ここにいるのに~」

 振り返ると、モーリーが親指でクイクイ、と自分を指差していた。

「いきなり入ってこないでちょうだい。ノックもできないなんて、紳士失格ね」

「うぐ……。それは謝りますけど」

 どうやら、出たがりで見栄っ張りで自己評価がやけに高いこの先輩は、俺たちの話を聞いていたらしい。

「話が聞こえちまってね。んなことよりも、支部長。経験豊富で? 冒険者経験もあり? さらにちょっと前まで冒険者試験官までしてた人材が、ここに、いるんですが」

 音が出そうなほどのドヤ顔をしているモーリー。

 そこで、俺はひとつ閃いた。

「僕だけではなく、何人かに作らせてみてはどうでしょう? 場合によっては、それらを合わせたものをマニュアル本にすればいい」

「あ~。なるほど」

 これなら、俺の不安な点も、誰かが補ってくれる。

「じゃまあ、オレと新人クンが担当するとしますか」

 どうしても一枚噛みたいらしい。マニュアル作成なんて、ただ仕事が増えるだけだが、どうしてこうも主張が強いのか。

「他の支部にもあたってみるわ。そうね……全員で五人いれば十分でしょう」

「ええ。それで問題ないかと」

 モーリーが妙にやる気なので、アイリス支部長も無視するわけにはいかず、他支部から適任者を三人見繕い、全部で五冊のマニュアル本を本部に提出することになった。

 被る内容もあるだろうから、五冊を総合すれば、上手く一冊になるだろう。

「オレの知識経験をフルに駆使したマニュアルが、全支部で使われるのかぁ~。っかー、たまんねえ」

 事務室に戻ると、モーリーはマニュアル作成にさっそく精を出しはじめた。俺も通常業務のかたわら、何の説明が必要で、何をすればいいのかメモを取った。家に帰ってあとでまとめよう。

 帰宅後。

 夕飯を食べ終えても俺がダイニングのテーブルを離れず、メモを広げたので、ライラが怪訝そうな顔をした。

「何をするのだ?」

「仕事だ。業務マニュアルとやらを作成しなくてはならなくなった」

「ほう。家で仕事など珍しいと思えば、そういうことであったか」

 メモを取った内容を詳しくわかりやすく説明し、例を出すなどして知識のない人間でも想像しやすいような説明文を書いた。

 そんなふうにしてマニュアル本を作成し続け一週間。どうにかまとめられた。指の第一関節ほどの厚さになってしまったが、取捨選択は本部に任せることにしよう。

「新人クン、時間かかり過ぎだろ~」

 モーリーは、ぺら、ぺら、と自作のマニュアル本を団扇のようにして仰ぐ。

 ずいぶん薄いな……。

「要点をまとめときゃ、こんなもんよ。長けりゃいいってもんじゃねーのよ」

 ガハハハ、と笑い、俺の肩をバシバシと叩いた。

 俺たちはそれぞれのマニュアル本をアイリス支部長に提出した。俺のマニュアル本に目を通したアイリス支部長は、満足そうに何度かうなずき、モーリーのほうを読むと苦笑した。

「ありがとう。この二冊と他の支部から送られてきた三冊を合わせて、本部に届けるから。そのことは向こうも了承済みで、不足を補えるいいマニュアル本ができると思うわ」

 そうなってくれればいいが。

 その件を忘れかけはじめた一か月後に、本部から一冊のマニュアル本が届いた。

「私が目を通したところ、よくできているわ。今度、新人職員が入ってきたときは、まずこれを読んで仕事を覚えることになるでしょう」

 どんなものが仕上がったのか気になり、職員たちが回し読みしている輪に俺も加えてもらった。

「へぇ。よくできてるなぁ」

「本部が作ったにしちゃ、結構いいじゃん」

 簡単に目を通すと、ほとんど俺が書いたものがそのまま使われていた。俺が触れなかったところも触れていたので、誰かの補足説明が入ったようだ。

「んでだよ……ッ!」

 マニュアル本を手にしたモーリーがプルプル震えていた。

「オレが書いたところ、さっぱり使われてねぇ!」

 補足説明は、モーリーのものではないらしい。なんとなくそうだろうとは思っていたが。

 マニュアル本は、各支部に一冊配られたという。

 かつて俺は、痕跡を残さないことを徹底してきたが、あれは俺が生きた痕跡であり、残り続けるものだと思うと、少し不思議な気分になった。

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