没落予定なので、鍛冶職人を目指す/CK


  <祝い事は形より心>



 クルリ・ヘランとして多くの苦労と同時に多くの楽しみを味わってきた。

 その中でかけがえのない友人を得て、一生に一度の最愛の人とも出会った。

 エリザ・ヘラン。

 今や俺の奥さんとなり、毎晩同じベッドで安らかに眠る大切な人となっている。


 そんな彼女との幸せな生活もとうとう『5周年』を迎えるにまで至った。

 エリザは出会った頃からずっと美しくて、器用で、頭がいい。

 一見完璧なようだが実はちょっと怖いところがあり、俺がたまにほかの女性に鼻の下を伸ばしたりしていると包丁が飛んできたりする。んー、そこがまたいい!

 俺の鍛冶職人の腕を振るって作り上げた自慢の包丁だ。刺さったら死ぬ自信がある。いや、本当に。

 ふふふ、結婚して5年も経とうというのに未だにドキドキした生活が送れるんだ。こんな夫婦なかなかいないだろう。ドキドキハラハラ、日常に飽きが来なくてとても素晴らしい。

 それにしても区切りの良い結婚5周年だ。特別大きな催しでもして彼女を喜ばせるつもりでいた。プラスで何か高級な贈り物でもしたほうがいいかもしれない、と思い既に手は打ってある。フハハハ、ヘラン領は今やクダン国一の覇権を持つ領地。買えないものなんてないんだよ! 世の中金だ金! アッハッハッハ!

 しかし、そんな甘くだらけきった俺の想像は露と消えることになったのだ。


「あれ? お母さんは?」

 今朝の朝食の席での出来事だった。

 大きな屋敷に住んでいるものの、エリザの一存で我が家は家族三人一緒に朝食をとることにしている。家族を大事にするエリザの素晴らしい考えだ。こういった配慮ができる彼女の考えはいつも尊重するようにしている。

 そう、家族三人だ。実は男の子を授かったのだ。エリザに似て聡明な子で、大変まっすぐに育ってくれている。俺の少し間の抜けた感じが遺伝しなくてとても安心している。そんな息子に、エリザの姿が見えなかったので聞いてみたのだ。


「お母さん出て行ったよ」

 食事を止めることなくそんな返答があった。

「いつ?」

「昨夜」

「え? なんで?」

「さあ、結構怒ってたよ」

 ええ……。めっちゃびっくりなんですけど。

 全然知りませんでした。今の今まで。なんだか昨夜はベッドが広いなあとか、なんかいつもの温もりがないなあとか思ってたけど、そういうことだったか。どれだけ俺は間が抜けているんだ。

「というより、なんで出ていくところを見ておいて止めなかったんだ」

「夜は冷えるからひざ掛けは渡しておいたよ」

「おっ、ナイスな気遣いだぞ。グッジョブ!」

 ……って違うな。いかんぞ、俺の間が抜けているところ、しっかり遺伝してるじゃないか。何しているんだ親子そろって。引き止めろよ、そこは。

 というより、なんで出て行ったんだ!? エリザは!?

 パッと思い当たるものはなかった。


 エリザの大好きな芋スイーツには手を出していない。彼女は芋が大好きで、スイーツと芋の組み合わせは特に大好きだ。そんなことは重々承知しているから俺がそんな愚かな間違いを犯すはずがない。

「お母さんの芋スイーツ食べたりした?」

「いやいや、まさか」

 首と手を両方大げさに振って否定する。

 流石にそんなことはしていない。そこまで間抜けではないつもりだ。ていうか、食べたりしたら包丁が飛んでくるだろう。命と天秤にかけるほど俺は芋スイーツがそれほど好きではない。ちなみに息子もあまり好きではない。

 だとしたら、なんだ!? わからない。

 エリザが欲するものはなんでも与えてきたつもりだ。最近はほかの女性に鼻の下も伸ばしたりしていない。一体何が彼女を怒らせてしまったんだ。


 ……まあ考えてもわからないのでとりあえず連絡しよう。

 エリザが出て行った理由はわからないが、行先はなんとなくわかる。

 今やクダン国は魔道列車が国中にレールを張り巡らして走り回っている。魔道列車自体の品質も日進月歩で進化し続けている。昔じゃ考えられない距離を今じゃたった一日で移動できるのだ。お隣の友好国アッミラーレ王国でさえ気軽に行けちゃう便利な時代だ。またヴァインと素潜りして魚を獲りたいものだ。クロッシ女王も誘っておいたけど、流石にあれは無理だった。国の要人からかなり怒られたのを思い出す。


 そして、我がヘラン領は魔道列車に続いて、あれから更なる開発を行い進化している。魔道回線なるものをクダン国中の地中に埋め、この回線を通して遠くにいても通話ができるようにインフラを設備した。これで遠く離れた最愛の人とも常に繋がれちゃう。浮気は絶対にさせない! そんな素敵な時代になっている。最近頑張りすぎてクダン国で『さすヘラン』なる言葉もできつつあるくらいだ。なんとも誇らしいじゃないか。


 プルルン、プルルン、魔道回線特有の可愛らしい呼び出し音の後、回線が相手に繋がる。

「はい、こちら王城特別受付室でございます」

「あっ、俺おれ! 俺だよ! ちょっと困っててさ、助けてほしいのよ。少し家庭が事故っちゃってて」

「はい、どのくらいお金を用意すればよろしいでしょうか?」

 もうね、「俺おれ」で通じるくらいに俺も国の中枢には顔が利くようになってきている。

 サギっぽい電話だが、そもそも王城に繋がる時点で並みの人間ではない。それによく連絡しているからね、声でしっかり俺だとわかってくれているようだ。


「今回は事業のことじゃないんだ。国から金を用意してもらう必要はない」

「はあ、ではヘラン領主様ともあろうお方が緊急回線を利用して一体どうなさいましたか」

「うーん……緊急事態とだけ言っておこう。あとは王妃様に話すからつないでくれるかな」

「緊急事態……急いでアイリス様におつなぎ致します!」

 回線の向こう側でドタバタしているのが伝わってくる。

 うむ、急いでくれ給え。本当に急用だから。


 しばらくして相手側から反応があった。

「クルリ!? どうしたの緊急事態って! アーク国王にもすぐに駆け付けるように言ってるから!」

「それは助かる。アイリス、友人として助けてくれ!」

「なによ、今更。クルリのためなら私なんでもするわ」

「ありがとう、友よ! 実は……エリザが出て行ったんだ」

「は?」

「そっち行ってない?」

「……は?」

「エリザがさー、怒って出て行ったんだよ。理由が全然わからない。本当に助けて!」

「ヘラン領主からの緊急事態宣言で軍が動き、国王も全ての職務を後に回して駆け付けてるのよ。それが夫婦喧嘩ってなに!?」

「えっと、ごめんなさい」

 アイリスが凄く怒っているので謝っておいた。いかんいかん確かに自分の立場を忘れていたな。『辺境ヘラン』じゃなく今や『さすヘラン』なのだ。気軽に緊急事態とか言うんじゃなかった。


「はあ……まあクルリらしいっちゃらしいか。この間にあった本当の緊急事態は自分でちゃちゃっと簡単に片づけるくせに、エリザさんが出てったくらいで泣きついてくるんだから。ふふっ、ごめんね怒っちゃって。なんだか久々にクルリらしさを感じられて笑っちゃったよ」

「いや、こっちこそごめん」

「うんうん、クルリってこうだったなーって。最近の忙しさであなたを忘れていたところだわ。久々に休みでもとるかな。そうそうエリザさん来てるよー。エリザさんの気が収まって帰るとき、私もそっちに会いに行くから楽しみにしててね」

 おっ、アイリスが来てくれるのか! それはマジで楽しみだ。アーク王子、いや今はアーク国王か。彼は会いたくないので来てほしくない。これ本当に。


「で? なんでエリザさんを怒らせたかよね。心当たりは?」

「ない! エリザにはいつも尽くしているつもりだ。今度結婚5周年なんだけど、見たこともないドでかい宝石を贈るつもりだ。エリザの輝きにも負けないほどの代物だ。加工させている段階からもう凄い輝きなんだぞ」

「続けて」

「5周年にはヘラン領中の役者や芸人を集めてにぎわせる。料理人も集めて食べたことない美味しい料理を味わわせるぞ。何一つとして不満が出ないようにするつもりだ! どう、完璧だろ?」

「んーとね、なんとなくエリザさんの気持ちわかったかも」

 さすアイリス! もうわかったのか。やっぱり天才だな。


「エリザさんよく言ってることがあるの。クルリに貰ったもので一番うれしかったのが最初に貰った花だって。魔法でクルリが造形してエリザさんのために作り上げたやつ。つまりね、エリザさん、クルリからのものが欲しいんだよ。でっかい宝石でもなく、見たことない珍しいものでもなく、クルリが心を込めて作ったものが」

「え……俺、鍛冶職人だよ。無骨なものしか作れないよ」

「それでいいのよ。クルリが一生懸命作ったものであればね」

「……うん、わかった。やっぱりありがとう、アイリス。いつも助かる」

「こちらこそ。じゃあ仕事に戻るから、またね」

 アイリスとの連絡はそこで終わった。彼女も忙しい身だ。あまり長く構ってもらうわけにはいかない。でも、短いやり取りで大事なことを思い出させてくれた。

 5周年という大事な祝い事に、そういえば俺自身が参加していなかったな。全部他人任せになっていた。これは大きく反省だ。


 よーし、こうなったらエリザのために俺が魂込めて何か作るとするか!

 善は急げ、すぐにとりかかろう!

 ……と思ったが、さすヘランの領主たる俺が緊急事態発言をしたせいで、その後連絡が二日間ひっきりなしに来ることになった。トトやアッミラーレ王国からも、その他隣国の要人からさえ連絡がバンバン来てしまった。

 その度にごめんなさいして、とても疲れました。結婚5周年おめでとう、俺達!

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