父は英雄、母は精霊、娘の私は転生者。/松浦


  <お祝いの女神のお菓子>



 よく晴れた昼下がり、ヴァンクライフト領へと降り立ったエレンとロヴェルとヴァンは、出迎えてくれたローレンとカイと合流してサウヴェルのいる執務室へと向かった。


 エレン達はほぼ一日おきにヴァンクライフト領へと来て、サウヴェルの手伝いをしていた。

 特にサウヴェルが騎士団の演習などで遠出するときは、ロヴェルが代理として務めていた。


 今日もそういう理由でサウヴェルが不在のため、ロヴェルは代理としてほとんど屋敷にいることになっている。

 ローレンから領地の予定を聞いた後は、ロヴェルから先に精霊城へ帰ってもいいと言われていたが、エレンは「私にも予定がありますので」と断った。


「待って、どこ行くの!?」


 ロヴェルが慌ててエレンに聞くと、横にいたローレンがすかさずエレンの予定をロヴェルに伝えた。


「エレン様は治療院にいらっしゃいます精霊様への差し入れと、ラフィリア様とお約束があったかと……」

「約束!?」

「今日は午後で訓練が終わるから遊ぼうと約束していたんです」

「あいつはエレンに変なことを教えてないだろうな!?」

「とーさま! 失礼な事を言わないで下さい!」


 基本的にロヴェルはイザベラ、オリジン、エレン以外はどうでもいいと思っている。むしろ人間不信に近く、その中でも女性に対しては嫌いのレベルにまで発展しているところがあるので、ロヴェルの人間関係はとても狭い。


「ロヴェル様ご安心ください。俺が止めて見せます」


 エレンの後ろに控えていたカイが堂々と宣言したが、そのカイにも「は?」と言わんばかりの渋面を見せるロヴェルだった。

 ローレンは「エレン様の護衛なのですから当たり前です」と呆れているが、エレンは「もう~」と脱力しながらため息を吐いた。


「良いことと悪いことの区別くらいつきます。ほらほら、とーさま! お仕事ですよ!」

「えええ~~! エレンと離れるなんて嫌だ~~!」


 エレンはごねるロヴェルの背中を押して、ローレンへと引き渡した。ローレンはにこやかな顔をして「お預かりします」と頭を下げる。


「じいじ、お願いしていた差し入れのお菓子はありますか?」

「もちろんです。エレン様の新作は屋敷の者にも大変好評です」


 そう言ってローレンはパンパンと手を打つと、控えていたメイド達が試食用のお菓子と紅茶、バスケットかごに入った差し入れ用のお菓子の詰め合わせを持ってきた。


「エレン様、どうぞお味を確かめていただけますか?」

「いいんですか? ありがとうございます!」


 テーブルに並べられていくお菓子は、ワッフルとパウンド系のレモンケーキだ。お皿に盛り付けられているレモンケーキには砂糖がけがされていて、ワッフルには蜂蜜がかけられている。


「美味しそう~! さすが料理長ですね!」


 ヴァンクライフト家で作られているエレンのお菓子のレシピは、極秘として厳重に扱われている。

 エレンがうろ覚えの記憶から作り方と大体の材料を教えると、あとは屋敷にいる料理長達が試行錯誤を重ねて完成させていくのだ。

 これらは「女神のお菓子」と名付けられて、門外不出となっていることをエレンは知らない。


 ロヴェル達にも配られて、まずは一口、ロヴェルがワッフルをナイフとフォークを使って食べると、その目がくわっと開いた。


「……美味い」

「いただきま~す!」


 エレンも元気よく挨拶をして一口食べると、「んん~~!」と感動しているくぐもった声を上げた。


「美味しい~!」

「さようでございますか。料理長へお伝えしましょう」

「ここまで形にするなんてすごいです! さすが料理長ですね!」


 にこにこしながら次はレモンケーキを食べる。

 表面にかかっている砂糖がけがじゃりっとするが、それもすぐに口の中で溶けて、レモンの爽やかな香りが口の中に広がった。


「こっちも美味しい!」

「今ではレモンが領地で流行っております。治療院のレモン漬けを王都の騎士団へ差し入れました所、そちらでも大変好評だということです」

「レモン漬けって蜂蜜レモンですか?」

「はい」

「レモンシロップを沢山作っておけば、あとは水で薄めるだけですからね。汗をかいたあとは特に美味しいと思います」

「サウヴェル様のお気に入りなのですよ」


 騎士団の訓練や疲労をよく抱えるサウヴェルは特に美味しく感じるのだろう。にこやかな会話の後、ワッフルには生クリームやジャム、果物を添えてもいいと教えると、ローレンはすぐにメモを取っていた。

 試食も終わって紅茶も飲み終えると、「行ってきま~す!」とエレンはロヴェルに手を振った。


「うう~! エレンと離れたくなーい!!」

「さあさあロヴェル様、お仕事がたまっておりますよ!」

「サウヴェルめ、あとで覚えていろよ!」


 ぶつぶつと恨み節が聞こえてくる。ロヴェルに背を向けたエレンは、ひとまずカイ達に

「治療院へ行きます」と予定を話した。

「かしこまりました。転移されますか?」

「ラフィリアとの約束の時間も迫っているので転移しちゃいます! その後は一度精霊城に戻って、かーさまにお菓子を渡してきます。先に渡しちゃうと全部持ってかれちゃうから」

「お菓子が関わるとオリジン様はとても素早いですからな……」


 ヴァンがしみじみとそんな事を言う。

 いつもおっとりとしているオリジンからは想像できないスピードを発揮するオリジンに、エレン達はいつも驚きが隠せない。


 今頃、水鏡で覗いていて「いや~ん、そんなことないわ!」とでも叫んでいるかもしれない。



          *



 治療院にはロヴェル達のために用意された転移専用の小部屋があり、エレン達はそこへ転移した。


 エレンの薬はロヴェルが治療院へと持って行くが、お菓子に関して精霊達はどういうわけかエレンから直接欲しがるのでエレンの仕事となっている。

 お菓子はろう引き紙でラッピングされ、綺麗にリボンが巻かれているのが可愛らしい。


 部屋の扉の前では、カイが誰も入って来ないようにと見張りを担当している。

 準備が整えばエレンは治療院を手伝っている精霊達に呼びかけ、この部屋でお菓子を手渡していった。



 精霊へのお礼が終われば、次はエレンだけが精霊城へと飛び、オリジンにお菓子を手渡した。


「んもう~わたくし、そんなにがめつくなくてよ!」


 オリジンはぷりぷりして頬を膨らませているが、その両手は早くちょうだいとエレンに差し出されていた。案の定、水鏡で覗いていたらしい。


「じゃあ、これはメイドに渡しておきますね!」

「いや~~ん!!」


 だろうな、とジト目をオリジンに向けるとばつが悪そうにオリジンはもじもじしだした。

 ヴァンクライフト家のお菓子は本当に美味しいので、オリジンとて独り占めしたくなるのだろう。


「そうだろうと思ってメイド達には別のを渡しますから、これはかーさまのです!」

「きゃああ~~! さすがエレンちゃんよ!」

「食べ終わったら感想も教えて下さいね。かーさまの好みに合わせるそうなので」

「最高よ、エレンちゃん!」


 大喜びのオリジンを見て、エレンも満足気な気持ちになる。


「じゃあ、ちょっと私は遊んできます!」

「日が沈む前には帰ってくるのよ?」

「はーい!」


 オリジンに手を振って、エレンはすぐに転移してカイ達のいる治療院と戻っていった。



          *



 午後のラフィリアは、訓練場で少しの時間だけだが座学があると聞いている。

 ヴァンクライフト領で待機となっていた騎士団員のほとんどが、サウヴェルと共に出払っているからだ。


 聞けば、陛下が騎士達を連れて各領地を回っているらしい。それに同行しているとのことだった。

 王都のほとんどの騎士達が不在となれば、ヴァンクライフト領の騎士達が代わりとなる。学院から訓練に来ていた一部の生徒も学院へ帰っているので、今の訓練場はほとんど人がいなかった。


「ヴァンクライフト領の警備が手薄になるのかな? って思いましたけど、うちにはとーさまがいましたね」

「はい。ロヴェル様がいらっしゃるから、このように任せられると旦那様がおっしゃっておられました」

「とーさまは責任重大ですね~」

「陛下はロヴェル様についてこいと仰ったようですよ」

「絶対断るって分かってるのに陛下は言うんですから……」


 ラヴィスエルはロヴェルが嫌がると分かってやっている。ロヴェルの反応が楽しんでいるのだ。

 ヴァンクライフトにはカイとヴァンもいる。何かあれば転移ですぐに駆けつけられ、さらに念話で情報伝達が可能だ。


「サウヴェル様が、陛下につくか、ヴァンクライフトで領主代理をするかどっちがいいですかとお聞きになられたようです」

「とーさまならどっちも嫌だ! って言いそうですね」


 ロヴェルの返事は目に浮かぶようだった。エレンは思わず笑ってしまうと、同じように想像したのかカイも笑っていた。

 そんな世間話をしながら、貴賓室の一室でラフィリアの座学が終わるのを待つ。エレン達はもう顔が知られているので、警備をしている他の騎士達にこちらでお待ち下さいと通されたのだ。

 しばらく待ってみると、会議室からぞろぞろと人が出てきたのが分かった。座学を受けていたのは、ヴァンクライフト領に家を持つ騎士見習い達らしい。

 貴賓室から出てラフィリアを探していると最後の方にいた。ラフィリアを見つけたエレンは、ぱあっと顔がほころんだ。


「ラフィリアー!」

「エレン!」

「えへへ、来ちゃった。一緒にお屋敷に帰ろう!」

「うん!」


 自然とラフィリアとエレンは手をつなぐ。それを見たカイが、エレンの反対側の手を繋ごうとしたが、すぐに気付いたラフィリアとヴァンから睨まれた。


「どうしたの?」


 ラフィリアとヴァンが真面目な顔をしてカイを見ているので、エレンは首を傾げた。


「いえ、何でもございません」


 カイがごほんと咳払いをしてごまかしている。


「エレン、行こ!」

「う、うん」


 ラフィリアに促されて、エレンは足を動かした。



 帰る道すがら、エレンが興味津々に授業はどうだったかとラフィリアに問うと、ラフィリアからはため息が返ってきた。


「ご飯食べた後だから、すっごく眠くなっちゃうの。お話聞くのに苦労するわ」

「学院で午後は寝ちゃうから午前中が座学だって聞いたけど、午後にやるのはやっぱり珍しいの?」

「騎士科はそうみたい。淑女科はずっと授業だったわ。今日は先生が午後からじゃないと来れなかったんだって」

「そっかー」

「でも、半分以上が寝てたわ」

「そんなに? みんな怒られた?」

「怒られても次の瞬間には寝ちゃうの。途中で先生が諦めたわね」


 堂々と言ってのけるラフィリアにエレンは笑った。


「あーあ、お腹空いた~」


 少し寝たせいもあるのか、小腹が空いてしまったようだ。ラフィリアは胃の辺りをさすっている。

 ラフィリアは訓練量も普通の騎士の倍も違うので、基礎代謝がとても高いのだろう。


「家帰ったらお茶出してもらえるかなー?」


 アフタヌーンティーのおやつが目的なのが見え見えだった。


「今日は新作のお菓子を試食したよ。帰ったらラフィリアにもあるはずだよ」

「ほんとっ!?」

「ラフィリアの感想を聞きたいんだけどいい? 改良の参考にしたいの」

「いいよ、いいよ。エレンのお菓子ならいっぱい感想言っちゃう!」

「えへへ、やったー!」


 二人で繋いだ手をぶんぶんと前後に振る。

 エレンはラフィリアの感想が早く聞きたいなと思っていると、もう一人の存在を思い出した。


「そういえばカールさんはいなかったけど、学院に帰っているの?」


 エレンの口からカールの名が出たとたん、ラフィリアの顔色が曇った。


「……どうしたの?」


 思わず聞くと、ラフィリアは「う~ん……」と言葉を濁している。


「あいつ、最近いないんだよね……」

「え? 訓練場に来ないってこと?」

「うん」

「……学院に戻ったとかじゃなくて?」

「学院に戻ったら学院生は全員いなくなるから分かるんだけど……それにあいつは嫌がらせであたしに帰るって毎回報告してくるの」

「えっ。それは嫌がらせじゃないと思うな……?」

「嫌がらせだよ! あたし退院してるんだよ。腹立つー」

「あ、そっか……」


 ラフィリアは問題を起こしたとして学院を退院している。今はヴァンクライフト領の騎士見習いからラフィリアは再スタートをしたのだ。

 退院したラフィリアへの嫌がらせというよりかは、律儀にただ会えなくなる事を報告しているだけなのだろうと察したが、ラフィリアは気付いていないのだろう。

 ラフィリアは、カールをライバルだと思っている節がある。

 そのせいで嫌みだと受け取ってしまっているのだろう。


「今は学院生が全員帰ったのは知ってるんだけど、それより前からいなかったから……」

「カールさんが? どうしたんだろうね……」


 ラフィリアとエレンが首を傾げていると、カイに心当たりがあったのか声をかけてきた。


「精霊魔法使いになられたからじゃないでしょうか?」

「え?」

「精霊魔法使いになると、学院から転科を勧められるんです」


 カールは騎士科所属だった。ヴァンクライフト領で訓練のために滞在していた間に、紆余曲折あって精霊と契約を果たし、精霊魔法使いとなったのだ。


「あ、そっか……カールさんだけ呼び戻されちゃったのかもしれないね」

「…………」


 精霊魔法使いになれば、一気に出世街道へと向かう。カールはもしかしたら騎士科ではなく、精霊科へと転科したのかもしれない。



 その後、屋敷へと戻った後も、新作のお菓子を食べても、ラフィリアはどこか心あらずだった。



          *



 あの日から二日後、あまりにもラフィリアの様子がおかしいと、ローレンから連絡が入ったエレンは慌ててヴァンクライフト家へとやってきた。

 ラフィリアの部屋へと案内されたエレンは、ローレン達に誰も入らないようにとお願いした。


「ラフィリアどうしたの? 調子悪い?」

「あ、エレン……」


 少し眠れていないようで、ラフィリアの目の下にはうっすらと隈ができていた。


「もしかしてカールさんのこと?」


 エレンの直球にラフィリアは驚いたのか、その顔は一気に赤くなった。


「ど、どうして……」

「だって、カールさんがいないって話した辺りからラフィリアの調子がおかしくなったでしょ?」

「え、うそ」

「みんな心配しているよ」

「え……心配、してくれてるんだ……?」

「してるよ! じいじが慌てて連絡してきたんだから!」

「あの人が……?」


 信じられないと目を見開くラフィリアに、エレンは提案してみた。


「カールさんにこっそり会いに行こう!」

「えっ」

「ラシオンに念話で会いたいって連絡できるから、大丈夫だよ。転移して戻ってくればすぐ帰って来れるから!」


 ラシオンはカールが契約した精霊のことだ。遠い場所にいても精霊同士は話せると聞いてラフィリアは驚いた。


「……本当に?」

「うん! 任せて!」


 ラフィリアは学院を退院している。繋がりのあるサウヴェルも不在となれば、手紙を出すこともできなかったので悩んでいたのだろう。


「……黙って行っちゃうんだから」


 嫌みだとか言っていた割に、いざなかったりすると不安になってしまったのかもしれない。


「あ……でも、あたし何も持ってないや」

「持つ?」

「だって……あいつは精霊魔法使いになったんでしょう? それってお祝いとか……渡した方がいいのかなって思うんだけど、あたしお金なんて持ってないし……」


 しゅんと落ち込んでいるラフィリアに、エレンはきゅんきゅんと胸が締め付けられた。


「大丈夫だよ! 任せて!」

「え?」

「ちょっと待っててね!!」


 そう言うなり、エレンはどこかに転移して消えた。

 ラフィリアは呆然としていたが、しばらくしてエレンはバケットかごを持って帰ってきた。


「お待たせ! 行こう!」

「え? もう?」

「うん。もうラシオンに連絡したよ。一応、カイ君とヴァン君にも一緒に行くことになっちゃったけど許してくれる?」

「あいつらはエレンの護衛でしょ? 当然じゃん」

「……ありがとう!」


 カイ達を呼んでくる間にラフィリアには着替えてもらった。あっという間にエレンが決めてしまったが、ラフィリアも思い切りがいいのか、今はしゃんと立って気持ちを切り替えている。

 こういう所は従姉妹だというだけあって、お互い似ているのかもしれない。


「ところで、それなに?」

「えへへ……これはね……」


 少し打ち合わせをして、エレン達は学院へと転移したのだった。



          *



 前もってラシオンに連絡していたことと、先にカイに先導してもらって個室を用意してもらっていたので、カールと会うのはたやすかった。


「な、なんでお前がここに……!?」

「なによ! いちゃ悪いの!?」

「シー! 静かにしろって! ばれたらサウヴェル様に怒られるぞ!」

「そ、それは嫌だわ……」


 少ししゅんとしているラフィリアに調子が狂ったのか、カールは後頭部をかきながら「悪かったな」と謝った。


「……どうして謝るのよ」

「黙って帰ることになって悪かったよ。俺も急で焦ったんだ」

「ああ、転科のこと?」

「知ってたのか?」

「まあね、カイから教えてもらったから」

「ああ、そっか。カイ先輩もそうだもんな」

「……せっかく出世するんだから上手くやるのよ」

「は?」

「あんたがいなくても、あたしが強いのは変わらないんだから」


 ラフィリアの様子にカールはあっけにとられていたが、ラフィリアの言わんとすることが分かったようで、慌てだした。


「待て待て! 落ち着け!」

「落ち着いてるわよ。餞別だって持ってきたんだから。受け取りなさいよね」

「餞別!?」


 餞別というのは別れの印に贈るものだ。カールはショックを受けた顔をした。


「何言ってんだよ! 俺はこれまで通り訓練場へは通うぞ! 勝手に別れにすんじゃねー!」

「え……訓練場来るの?」

「転科の知らせは来たけど、俺は騎士科のままだよ。……ちょっと、部署が特殊になるから言えないんだけど……訓練場には行くよ」

「そう……なの?」

「ああ。勝手に終わらすんじゃねーよ」

「…………」

「な、なに……?」


 黙り込んだままのラフィリアの後ろで、エレンもおろおろとしている。

 カール自身もこれがどういう状況なのか分からないらしく、困った顔をしていた。


「なーーんだ!」


 急にラフィリアは顔を上げて、すっきりした顔をしてにやりと笑った。

 あまりの変わりようにカールは呆然としている。


「勝ち逃げは許さないんだから! 次の勝負はお預けよ!」

「は!? お前意味わかんねーよ! 期待させんなよ!」

「は?」

「え、あ、いや……なんでもねぇ」


 急にしどろもどろになるカールに、ラフィリアは怪訝な顔をして首を傾げていた。


「別に、もう会えないのかなって思って焦っただけだし」

「え?」

「あたしに立ち向かってこれる同世代ってあんた以外いないのよね。良かった~貴重な練習相手がいなくなるかと思った!」

「お前……! そっちかよ!」

「なによ。どっちだと思ったのよ」

「くっ……! こいつ~~!」

「というか、ちょっと学院に戻るだけならそう言ってよね!」

「そ、それは悪かったよ。言っただろ。騎士科に残っても部署が特殊になるから言えないんだよ……」

「特殊?」


 そこはエレンも気になった。カールは精霊魔法使いとして騎士科に残るので、一般とは違う部署になるのは自然なのかもしれない。

 しかし、ラシオンの能力をみると戦闘に向いているとは思えなかった。


(ラシオンを通して、動物と会話できる力となると……)


「諜報部かしら……?」


「!?」


 エレンの言葉に、カールの肩がぎくりと震えた。その顔も少し青ざめている。

 エレンは口に出したつもりがなかったのだが、どうやら当たってしまっていたらしい。人払いをした部屋にしてもらっていて助かった。


「ごめんなさい。外部に漏らさないので安心して下さい」

「はい。本当にお願いします……。っていうか、どうして分かったんですか?」

「ラシオンの能力を考えたら、当然かなって思いまして……」

「そ、そうですか……」

「ラシオンの能力についても外部に漏らさない方がいいと思います。聞けばすぐに利用価値に気付かれますから」

「き、気をつけます!」


 少し青ざめているカールをじっと見つめていたラフィリアの視線に気付いたらしい。


「な、なんだよ……」

「別に!」


 そう言って、ラフィリアは手に持っていたバスケットかごをカールに押しつけた。


「なにこれ?」

「あんたのお祝い! エレンに感謝しなさいよね!」

「エレン様に……?」


 バスケットかごの中の物には、可愛いハンカチがかぶせられていた。

 思わずそれをめくると、出てきたのはヴァンクライフト家が作ったお菓子の詰め合わせだったのだ。


「は!? こ、これまさか……ヴァンクライフト家のお菓子!?」

「そうよ。エレンが気を利かせてくれたのよ」

「あ……ラフィリアが何かあげたいって……」

「エレン!」


 慌てたラフィリアが黙っててとエレンを制した。その顔は真っ赤になっている。

 そんなラフィリアを見て、エレンはちょっと意地悪したくなった。


「え~? ラフィリアが言わなきゃ何も持ってこなかったよ?」

「そ、そうかもしれないけど!」

「マジすか……まさかこれが噂の女神のお菓……」

「あんた! もらったこと黙ってなさいよ! 一応それ、あたしの家でも外に持ってったらすっっごい問題になるんだから!」

「げっ、マジで!?」

「こっそり食べてくださいね!」


 実はちゃんとローレンの許可を得て持ってきているのだが、余計なことはしないことに限るとエレンは口を噤んだ。


「すげー。これ全部俺が食っていいの……?」

「あんたのために持ってきたの!」

「マジか。ありがとな」

「……っ!」


 カールの笑顔を見て真っ赤になっているラフィリアを見て、エレンはカイ達をこっそり横目で見て、「大成功だね!」と口パクだけして喜んだ。

 サプライズが成功してとても嬉しい。時間もなくてカールとはあまり話せなかったが、すぐに訓練場に戻ると聞いて、ラフィリアの機嫌がとても良くなった。



 その後はあまり学院で話し込むといけないとすぐに転移で帰宅したが、ラフィリアの機嫌がとても良くなったのが傍目からも分かって、ローレン達も胸をなで下ろす。


「エレン様のお菓子は、皆を幸せにしますね」

「そ、そうかな……? ありがとう」


 カイの褒め言葉にエレンは照れながら、お礼を言うのだった。

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