鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ/たままる


  <もし、鍛冶スロが異世界ファンタジー学園ものだったら>



 レンガ造の大きな建物。そこには数多くの部屋がある。

 

 “キーンコーンカーンコーン”

 

 建物にチャイムが響き渡る。すると、部屋から同じ服を着た少年少女たちが板張りの廊下に溢れるように出てきた。

 ここは王立黒森学園。一般にも門戸を開き、王国の未来を担う若者を育成しているのである。

 今は夕刻、この日の授業が全て終わり放課後になったのだ。

 

 学園の建物から少し離れたところに、修繕を行う資材を置いておくための倉庫が建ち、用務員が詰めるための用務員室が併設されている。

 その用務員室の扉がバーン! と開けられた。制服を着た虎の獣人の少女が入ってきて、空いている椅子にドカリと腰を下ろす。

 何か細かい作業をしている用務員室の主、つまりこの学園で用務員を務めている男がため息を吐きながら言う。

 

「サーミャ、もうちょっと静かに開けられないのか」

「エイゾウなら直せるじゃん」

「直せる直せないの話じゃない。物は大事にしろ」

「それって北方の教えか?」

「いや……まぁ、うん、そうだな」

 

 互いにタメ口かつファーストネームを呼び捨てである。とは言っても、別段男女の付き合いがあるとかではない。

 エイゾウ……エイゾウ・タンヤはフラッと現れ、ウォッチドッグ学園長によって雇用された用務員である。本人は北方から流れてきた、と言っていた。

 当初は学園長以外の学園中が困惑したが、こまめに修繕や便利小物の作成などをこなしているうちに信頼を得て、この学園になくてはならない存在になっていた。

 それは作業机のコルクボードに、依頼事の書かれたメモが所狭しとピンで留められていることからもわかる。

 そんなある日、この学園の生徒であるサーミャのちょっとした困りごとを解決してから懐かれ、それから彼女はエイゾウの作業で手伝えるものがないかと、ほぼ毎日ここに来ているというわけだ。

 椅子の上であぐらをかき、頭の後ろで手を組んだサーミャが言った。

 

「なんか面白いのないのかよ」

 

 エイゾウは一時手を止め、メモの内容を確認する。

 

「うーん、今あるので手伝ってもらえそうなのはないなぁ」

「ちぇっ」

 

 エイゾウの返答にサーミャは口を尖らせる。そこにノックの音が響いた。

 

「どうぞ」

 

 エイゾウが作業机から返事をすると、サーミャの時とは違って静かに扉が開き、長い金髪の少女が数枚のメモを手に入ってきた。

 

「すみません、エイゾウさん、追加の……あら」

「げっ、ディアナ」

 

 入ってきた人物を見て、サーミャは苦々しい顔になった。金髪の少女、ディアナ・エイムールはこの学園の生徒会副会長である。

 ディアナがその青い綺麗な目を吊り上げて言った。

 

「サーミャったら、またここに来てたのね。あなた補習があるでしょう?」

 

 言われたサーミャは椅子の上で縮こまっている。それを見たエイゾウが大きくため息をついた。

 

「ちゃんとやることはやらんと、ここに来られなくなるぞ」

「……」

「今度また甘いものを買っといてやるから」

 

 最初は縮こまったまま無反応だったサーミャだが、エイゾウの一言で黙ったままのそのそと用務員室を出ていった。

 その様子にエイゾウは苦笑する。

 

「やれやれ。お年頃の娘さんは大変だ」

「あら。それを言ったら私も同じですよ?」

「それはそうなんだけどね」

 

 エイゾウは「ディアナは何となくそんな気がしない」という言葉を飲み込んだ。言って彼女の機嫌を損ねるのはうまくない。

 

「で、今日はそれかい?」

「え? ああ、そうです。すみませんが、お願いします」

 

 ディアナの手にあるメモをエイゾウが指差すと、ディアナは頷いて差し出した。

 エイゾウは受け取るとパラパラとメモをめくる。

 

「ここも古いからか、あちこちガタが来てるなぁ……ん?」

 

 数枚のメモは全て修繕の依頼だった。その中に一枚、違和感のあるものが混じっている。

 

「本の修理……?」

 

 エイゾウのところに来る修繕の依頼は大抵が学園の施設に関するものだ。机や椅子はもちろん、その他にも踏み台、教壇などを修繕している。

 もちろん、本棚の修理も経験はあったが、今回は本そのものの修理だと言う。

 

「依頼人は……ああ、フレデリカちゃ……さんか」

 

 エイゾウがメモの依頼人を確認すると、そこには可愛らしい字でフレデリカと書かれている。小柄で眼鏡の似合う可愛らしい女性だが、生徒ではなく司書だ。成人もしている。

 普段は“ちゃん付け”で呼んでいるのだが、流石に生徒がいるところでそれもマズいだろうと思い、エイゾウは言い直す。

 

「俺でも直せるけど、彼女が直したほうがいいのでは?」

 

 ここだけの話ではあるが、エイゾウは物品の制作、修理について世界を統べる何者かから優遇チートを与えられている。

 彼の素早く的確で丁寧な修理の裏にはそういった事情もあった。話したところで信じてもらえないので、彼は誰にもそれを話したことはない。

 だが、フレデリカの本来の仕事を奪っても良いものか。そこに遠慮してエイゾウは尋ねたのだ。

 その言葉に、ディアナはため息をつきながら言った。

 

「私もそう言ったんですけどね。フレデリカさん曰く『エイゾウさんに直してもらったほうが綺麗に直るです』ということらしくて」

 

 ディアナがフレデリカのモノマネをしたことに少し驚きながらも、エイゾウは「なるほど」としかつめらしい顔で頷く。

 

「そういうことなら、こっちでやるよ」

「ありがとうございます。いつもすみません」

「いやいや。仕事だからね」

 

 そう言ってエイゾウは手をひらひらと振る。それが彼の照れ隠しの仕草であることを知っているディアナは思わずクスリと笑った。

 

 エイゾウはディアナから受け取ったメモ帳を眺めて、コルクボードのものも含めて壊れたままだと困りそうな順に並び替えた。

 一番トップに来ているのはもちろん、本の修理である。所蔵されている本に複数存在するものはない。

 メモを確認した限りでは背表紙が外れてしまっただけで、読めないほどではないが、貸し出すわけにもいかない状態のようである。

 

「とは言え、まずはこいつからだな」

 

 エイゾウは作業机の上を見やる。そこには時計が置いてあった。

 この男はこんなものまで直そうと言うのか。ディアナは小さくため息をつく。

 

「また兄さんですね」

 

 ディアナは静かに低い声で言う。その気迫にビクリとエイゾウは体を竦めた。

 

「い、いや……」

 

 ジロリと睨むディアナにエイゾウはしどろもどろになる。

 

「そ、そうだけど、もう少しで終わるから……」

 

 小さな声でエイゾウは抗弁する。ディアナは今度は大きなため息をついた。

 

「エイゾウさんの選択ですけど、あまり無茶はしないでくださいね?」

「わ、わかってるよ」

「本当に?」

「うん」

 

 エイゾウはブンブンと首を縦に振っている。どこかしら少年のようなところが残っている男に、ディアナは困った風ながらも微笑みながら言った。

 

「今回は信用します」

 

 ホッとエイゾウは胸を撫で下ろした。そうと決まればこの時計の修理の続きに取り掛かろうと彼が机に向かいかけた時、

 

「あ、あの、エイゾウさん」

「ん? 他に何か?」

 

 ディアナに再び声をかけられて、エイゾウは振り返った。そこには顔をほんのりと赤くし、モジモジと指先をいじるディアナの姿がある。先ほどまでの勢いはそこには全くない。

 

「あのね、今週末、よろしかったら……」

 

 意を決したらしいディアナがそこまで言ったところで、再びドアがバーンと音を立てて開いた。

 

「親方ー!」

 

 開いたドアから背の低い、一見すると幼い子供のように見えなくもない女性が飛び込んで来た。彼女はドワーフであり、幼いように見えるが立派にここの生徒なのである。

 彼女はある時、エイゾウによって修理された椅子を見て、「こんな腕前の人がいるなんて!」と用務員室に飛び込んで来て、勝手にエイゾウを親方と呼び、弟子になったのだ。

 以来、時折ここを訪ねてはエイゾウの手伝いをしている。

 

「リケ、入る前にはノックをしなさいと言ってあるだろう」

「あ、すみません」

 

 リケ、と呼ばれたドワーフの少女はチロリと舌を出した。そこで用務員室にもう一人来客がいることに気がつく。

 

「あ、ディアナさん。……お邪魔しちゃいました?」

「いいえ、そんなことはないわよ」

 

 ゴゴゴゴゴという音が聞こえそうな気迫を発しながら、ディアナはリケのほうへ振り返った。リケからヒッと小さな声が聞こえる。

 

「まぁまぁ……」

 

 とりなそうとしたエイゾウも、自分へと振り向いたディアナの気迫に手を引っ込めた。

 その様子を見て、ディアナは気が削がれたのだろうか、今日何度目かのため息をついて首をゆっくりと横に振り、

 

「それでは修理のほう、よろしくお願いしますね」

 

 とだけ静かに言って、部屋を出ていく。後に残ったエイゾウとリケは二人して、

 

「た、助かった……」

 

 と胸を撫で下ろすのだった。

 

 その後、エイゾウはリケと一緒に時計の修理を済ませ、帰るべく用務員室に施錠をして校門へと向かう。もうすっかり日は暮れていて、部活動を終えた生徒たちの影も長くなっている。

 

 二人が校門へ辿り着くと、そこには待っている二つの長い影。片方はサーミャで、もう一つはディアナ。

 

「さ、帰りましょう」

「サーミャはちゃんと補習受けたのか?」

「やったよ! だから帰りにおやっさんとこで飯食おうぜ」

「あなたは寮でしょう?」

「えー、いいじゃん」

「それじゃあ、親方も一緒にみんなで行きましょう!」

「おいおい、まさかそれって……」

「もちろん、エイゾウの奢りな!」

 

 そうしてワイワイと下校していく。「この世界」ではこれが、彼らの“いつも”なのだった。

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