レジェンド/神無月紅


「これは……五? 何だこれ?」


 レイは持ち上げた宝石に書かれていた数字を見て、疑問を口にする。

 ギルムの近くに不意にダンジョンが出来たとギルドに報告があったのが、数日前。

 だが、そのダンジョンは一定以上の実力の持ち主……大体ランクA程度の実力がなければ、入ることは出来ない特殊な結界が張られていた。

 ギルムには大勢の冒険者がおり、辺境であるがゆえに腕利きの者も多く、ランクAと同程度の実力を持っている冒険者も、相応にいる。

 そんな中で何故レイがダンジョンの探索に選ばれたのかと言えば……色々と事情があったのだが、現在即座に動けるのがレイだけだったという理由があげられる。

 もちろん、ダンジョンを探索するのにレイだけということもなく……


「数字の五? だとすると、他にも最低四つはそんな宝石があるのかしら?」


 ヴィヘラが横からレイの手にある宝石をのぞき込み、そんな風に呟く。

 そう、このダンジョンにいるのは、レイとヴィヘラ……


「グルゥ」


 そしてセトの二人と一匹だけだ。


 もちろん、突然出来たダンジョンである以上、他の者が派遣される可能性もあるので、別の冒険者が後からやってくる可能性はあったが、少なくともここにいるのはレイたちだけだった。


「突然出来たダンジョンに、こういうギミックの類があるのは……何だか変な気分だな。こういうのって、一体誰が作ってるんだと思う?」

「さぁ? でも、ダンジョンなんだからってことで納得するしかないんじゃない? 私としては、未知のダンジョンである以上、強力なモンスターがいてくれれば、言うことなしだけど」


 戦いを……それも弱い相手ではなく、強者との戦いを好むヴィヘラにしてみれば、未知のダンジョンという場所である以上、そこに未知の強敵がいるかもしれないという期待を抱くのは当然だった。

 このダンジョンは、そういう意味でヴィヘラにとっては非常に興味深い場所だったのは間違いない。


「取りあえず、他にも宝石がある可能性があるから、見て回るか。……この様子だと、この宝石がこのダンジョンでは何らかの意味を持ってるのは間違いなさそうだし」

「グルルルゥ? グルゥ!」


 セトがレイの言葉に同意するように喉を鳴らす。

 数字が刻まれた宝石というのが、セトの興味を惹いたのだろう。


「なんだ、セトも興味があるのか? ……なら、この宝石が一体どういう意味を持っているのか、一緒に考えてくれないか?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは任せてと嬉しそうに鳴く。


(鴉は宝石とかガラスとか、そういう光る物を集める習性があるって何かで見た記憶があったけど、鷲も実はそういう習性を持っているのか? いやまぁ、鷲とグリフォンを一緒にしていいのかどうか分からないけど)


 グリフォンは鷲の上半身を持ってはいるが、別に鷲そのものという訳ではない。

 そうである以上、鷲の習性をセトが持っているのかは、レイにも分からなかった。


「ほらほら、早く行きましょ」


 そんなヴィヘラの言葉に、レイとセトも異論はない。

 宝石を1つ見つけただけで、このダンジョンの秘密を解けるかと言われれば、当然否だ。

 そちらをどうにかするには、やはりまずは他の数字の宝石も集める必要があったのだが……


「え?」


 ダンジョンを攻略しつつ、ようやく新しい宝石を見つけたと思ったレイだったが、そこに刻まれた数字は、またしても五。


「また五? ……そうなると、他の数字もあるというのは、私たちの勘違いだったのかしら?」

「グルルゥ? グルゥ」


 セトもまた、何故そんなことになっているのか分からなかったらしく、首を傾げる。


「取りあえず、現在分かってるのはこの宝石に刻まれている数字は五だけってことか。……五……何か意味が分かるか? 心当たりとか?」

「ないわね」

 

 レイの問いに、ヴィヘラはあっさりとそう告げる。

 とはいえ、レイもその五の意味が分からないからこそ、こうして聞いたのだ。

 その意味をヴィヘラも分からないとなれば、それに他の者たちが納得出来るはずもない。


「セトは? 何か心当たりはないか?」

「グルルルゥ……」


 レイの問いに、セトはごめんなさいと喉を鳴らして首を横に振る。

 レイやヴィヘラと同様に、セトもまた心当たりがなかったのだ。


「考えられるとすれば、宝石が五個あるから数字の五が刻まれているからとか?」

「どうかしらね。とはいえ、そうなると残り三つの宝石がある訳だし……ちょっと探してみる?」


 ヴィヘラの言葉に、レイは頷く。

 どのみち、このダンジョンを攻略しなければならない以上、このダンジョンのギミックであろう宝石を集めないという選択肢は存在しない。


「そうだな。五個あると仮定して、集めてみるか。……幸い、このダンジョンにいるモンスターはそんなに強くないしな」

「そうね。出来ればもう少し強い相手がいるとよかったんだけど」


 レイとヴィヘラはそう言い合うが、実際にはこのダンジョンに現れたモンスターはそこそこ強い相手だ。

 この二人だからこそ……そしてセトだからこそ、こうして苦戦せずに戦っているのだが……そういう意味では、この二人をここに派遣したとギルドの判断は、決して間違ってはいない。

 ともあれ、レイたちはこうして新たな宝石を探し始める。

 途中で何度かモンスターに襲撃されながらも、次々と宝石を見つけていき……


「はぁっ!」


 チューリップ型のモンスターに向かってデスサイズの一撃を放つと、茎の部分であっさりと切断され……花の部分が地面に落ちる。

 ただし、花の部分には牙がついており、遠くからはともかく、間近で見た場合はとてもではないがチューリップと呼ぶことは出来ない姿だ。


(チューリップなのに、牙が生えてるって、一体どうよ? いやまぁ、モンスターに普通を求めるってのが、そもそもの間違いないんだろうが)


 そんな風に思いながら、その奥にあった台座からこちらも五が刻印された宝石を手に取る。

 そして、五つ目の宝石を手にした瞬間……レイが持っていた他の宝石と同時に強い光を発し、周囲を白く染めた。


「なっ!?」

「これはっ!?」

「グルゥ!?」


 二人と一匹は、いきなりのことだったが、反射的に目を瞑る。

 この辺りの反応は、これまで多数の修羅場を潜り抜けてきたからこそだろう。

 だが……周囲を包んだ眩い光は、目を瞑ったくらいで完全に影響を避けられるものではない。

 もちろん、普通に目を開けたままの状態に比べれば、遙かに被害は少ないだろうが……それでも、目を瞑ったままでも、眩さに数秒ほど視界を失う。

 ……いや、数秒程度ですんだのは、レイたちだからこそか。

 ともあれ、そうして視力が戻ったあとで目の前に広がっていたのは、先程までいた場所とは全く違う場所だった。


「ここは……」

「随分と広い場所に出たわね。あの宝石が原因で転移した、と考えられるけど」

「ああ。それよりも問題なのは、あの祭壇だな」


 目の前に広がっているのは、かなり広大な空間。

 そしてレイたちの視線の先には何らかの祭壇と思しき存在があった。

 当然、他に何かすることがある訳でもない以上、レイたちはそちらに向かって進む。


「え?」


 そうして歩いたところで、レイが不意に声を上げ、足を止める。

 何故なら、祭壇の横に何かが存在していたからだ。

 その何かは、かなり巨大で……


(ゴリラ?)


 そう、巨大な猿というよりは、ゴリラと呼ぶ方が相応しい姿。

 もちろん、ダンジョンにいる以上はただの動物ではなく、モンスターの類なのだろうが。


「敵……かしら?」

「いや、けどまだ距離があるとはいえ、襲ってくる様子はないぞ?」


 レイと同様に足を止めたヴィヘラの言葉にそう返しながらも、レイは何故ここにゴリラのモンスターがいるのかと、そう考える。


(ゴリラ……ゴリラ……)


 そう考え、ふと自分がここに転移していた宝石に刻まれた数字を思い出す。

 それは、数字の五。

 宝石が五個あったので、その数を合わせているのかと思ったが……それが、もし違っていたら?

 そう、具体的には……


(ゴリラじゃなくて、五リラ……なんてことはないよな?)


 そんな疑問を抱き、自分の中ですぐにそれを却下する。

 それこそ、何故そのようなことになるのかと。


(あるいは、このダンジョンにとって五という数字はそこまで重要な何かなのか? いや、けど……そうだな。ここでいつまで考えていてもしょうがない、か)

 

そう判断すると、レイはヴィヘラとセトに声をかける。


「取りあえずあそこに行ってみないか? あのモンスターと祭壇には、絶対に何か意味があるだろうし」


 レイの言葉に、ヴィヘラとセトも頷く。

 この空間にかんする何らかの手掛かりは、あの祭壇とゴリラしかないのだ。

 そうである以上、ここで大人しくしているというのは意味がない。


 レイたちは揃って祭壇とゴリラのいる方に向かう。

 当然ゴリラもレイたちの存在に気が付いてはいるのだろうが、近付いてくるのを見ても特に反応する様子はない。


(つまり、敵対する意思はないってことか。もしくは、俺たちが逃げられないくらいになるまで近付いてから反撃するということか? どっちだろうな)


 自分たちを待っているのなら、味方……とまでは言わないが、それでも中立的な立場なのは間違いないだろう。

 だが、逃がさないようにするために待ち受けているのなら、それは厄介な敵だ。


「言うまでもないと思うが、油断はするなよ」

「あら、誰に言ってるのかしら?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、ヴィヘラとセトはそれぞれそう返す。

 そうして進むが……近くまで来ると、ゴリラの大きさがとてもではないが普通ではないことに気が付く。


(五メートルくらいか? ……ここでも五、か。やっぱりこのダンジョンにとって五というのは特殊な、何か意味のある数字なんだろうな)


 そう思いつつ、いつゴリラが攻撃してきてもいいように準備をしながら、ゴリラに近付いていく。

 だが……ゴリラはそんなレイたちを見ても、特に何か敵対的な反応をする様子はない。

 それどころか、何故か穏やかな視線をレイたちに向けていた。


(森の賢者か)


 日本にいたとき、TVで見たゴリラの特集を思い出しながら近付くレイ。

 当然のようにヴィヘラとセトも近付いていくが、レイたちが近付くとゴリラは敵対的な様子を見せるでもなく、祭壇へと続く道を空ける。

 そして、レイたちは特に何の妨害もなく祭壇のある場所に到着し……


「で、これで何が起きるんだ? ここに来た以上、何か理由があるはずだよな?」

「そうね。でも……あ、レイ。祭壇の上に宝石を置いてみたら?」


 ヴィヘラの言葉に、特に反論もなかったので五つの宝石を置いてみる。

 すると……やはりそれが切っ掛けだったのか、不意に祭壇の上に置かれた宝石が光り始めた。


「注意しろ!」


 そう叫ぶレイの視線の先で、光っている宝石が浮かび始め……


『五周年記念、おめでとう』


 何故かそんな言葉が空中に浮かび上がり、レイたちはその言葉の意味が分からず……だが、取りあえず自分たちに危害が加えられることもないのだろうと判断して安堵するのだった。

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