第10話 廃村
ギルドの隠れ家で一夜を明かしたヴァン一行は、翌朝、まだ夜が明けきる前に出発した。まずは多くの都市が存在する南を目指し、道すがら都市や村で情報を集めることにした。ヴァンとコルヌが馬に乗り、ポシェが御者を務める馬車にアリサとグレンが乗る。馬車には数日分の食料と水が積み込んであった。
先頭をヴァン、馬車を挟んで最後尾にコルヌという順に並んで、街道を南に進んでいく。雪に覆われたなだらなか丘陵地帯が続く。
遠く西のほうには
いや、そのはずである。
今は雪で覆わてれいるため畑の状況は分からないが、街道をいけども村落が見当たらない。何かおかしい。ヴァンは後方で御者をしているポシェに向かい観察を頼む。
「ポシェ、
ポシェは分かったと言うと、馬車にいたグランに御者を変わってもらい、立ち上がって遠眼鏡で周囲を見回した。西側から始めて南、そして東側へと向きを変えながら村落を探しているがなかなか見つからない。
暫くしてようやく何か発見したのか、自信なげにヴァンに伝える。
「ヴァン、街道を真っすぐ行った先の東側に林が見えるんだけど、その向こう側に、集落がありそうよ。木々の間から薄っすらのぞけるだけだから不確かだけと、建物のようなものも見える」
「有難う、ポシェ。ひとまずは、そこを目指そう」
一行はポシェの示す場所に向けて馬を進めた。街道を進み当の林に近づくと、なるほど木と木の間から、何軒かの家屋が垣間見える。木々が密集する林の中は馬では進めそうになかったので、林の東側を大きく迂回して集落に向かうことにした。街道から見ていた際の印象と違い、思っていたより奥行きがあって、実際に迂回してみると相応の時間がかかった。
林を回りきってみると集落が見えてくる。村の裏手だろうか、入り口らしきものは見えない。手前に小さな小川が流れ石造りの橋が架かっており、橋を越えると村に入ったということになるらしい。一行は橋を渡って進んでいく。
村に人気はなく、家屋も風雨に打たれてか半ば朽ちかけていた。人が住んでいればこうはならないので、随分と前に村ごと捨てられたのだろう。
コルヌが騎乗したままヴァンの横に並んで嘆息する。
「廃村か。少し時間がたっているようだな」
書簡の配達で城外を往来することの多いコルヌは、最近、こう言った廃村をよく見かけるんだ、と話す。郷紳と呼ばれる大地主のところへ書簡を届けていっても、村ごとなくなっていたり、移転先を探してわざわざ遠方に足を延ばして届けにいくこともあるのだと。
雪が止んだとはいえまだまだ気温は低く、寒さの中で我慢を重ねた道中でもあったので、しばし集落で暖をとることにした。村の中央にある村長のものと思われる大きめの館は、老朽がそれほどでもなく暖炉も使える様子だったので、無断ではあるがちょっと家を拝借して休息をとった。
幸いにも井戸も枯れておらず、水の補給もできた。出立から大した時間もたっていないが、使った分は補給できる時にしておいたほうが良い。水樽を馬車に積み込み終えると、ヴァンとコルヌは馬に乗って村の周辺を見て回ることにした。ヴァンは迂回した道とは反対の林の西側を、コルヌは村を越えたさらに奥の南側を担当した。ただ、二人とも特に目新しいもを見つけられずに、小一時間見回ったのち村に戻ってきた。
「特に何もなかったなぁ。他の集落も、廃村の跡すらも見つからなかった」
ヴァンは怪訝な表情でコルヌと顔を見合わせる。
どうも腑に落ちないという顔をして、コルヌは首を捻った。
「これだけの広大な丘陵で村がここだけというのも解せない。かなり大きな領地をもつ郷紳であれば、それなりに大きな館を構えているのが普通なんだが、それも見つからない」
館の前に馬を止めると、皆が休息する部屋に戻る。すっかり体が冷えてしまった二人は暖炉の前でひととき温まると、今度は全員で村の中を調べてみることにした。
外に出て、近くの家々を覗いて回る。家の中には生活道具や農具がそのままにしてあり、どうも追い立てられるかのように慌てて居なくなったようにも思える。ある家の竈の上におかれた鍋の中には、すっかり干からびているが料理の後のようなものもあった。
一緒に見て回っていたアリサが盗賊にでも襲われたのかしらと言ったが、ギルド連中は、それは無いだろう口をそろえる。一斉に反論されて、戸惑ってるアリサにヴァンが解説をする。
「盗賊っていうのはこれと目を付けた村落に対しては、生かさず殺さずが常道なんだ。収穫された物や売り渡した後の金銭なんかを、村民がぎりぎり困らない程度で強奪する。死んだり逃げ出したりして廃村になってしまえば、次の標的となる村を見つけなければならない。他の盗賊が既に手を付けている村に横入りなんかしたら、盗賊同士の争いにもなる。最悪、
アリサは教壇に立つ教師を見つめるように真剣な表情でヴァンの話を聞いている。
「だから、盗賊にとっても廃村っていうのが一番最悪の事態なのさ。とはいえ、この様子だと慌てて逃げ出したのは間違いない。盗賊じゃないとすれば、狼や野犬の群れに襲われたってのも考えられるが、それなら普通は死体の一つ二つ転がっているもんだからなぁ」
確かに死体らしきものも見つかっていない。
ヴァンの話に納得しつつも、尚、不安顔のアリサが呟いた。
魔族・・・かな
コルヌは横で大げさに首を振る。子供でもあるまいし。
「魔族なんてものはもう居やしないのさ。ただの伝説だよ。ギルド仕事や配達であちこちの街を回っているが魔族の噂すら聞いたことがない」
「ご免なさい。ちょっとある本で魔族のことを読んだものだから」
アリスは慌てて弁明する。
そうなの、ちょっと変わった本だったわよね、とグレンが助け舟を出す。
「なんか、魔族には角があったり尾が生えていたりって、子供向けの寓話みたいな本だったけどね」
コルヌはあきれ顔で子供を諭すようにアリサに言う。
「いいか、昔の人は悪いことが続くとみんな魔族の仕業ってことにしたらしいが、数百年も昔の話だ。今時魔族がどうしたなどと言ってたら、頭のおかしな奴だと思われるから、軽々しく言うもんじゃないよ」
グランは真面目に説教するコルヌを無視して話を続ける。
「それでね、なんか凄く強力な魔族にしか出来ない魔法があって、全身を魔法で防御することができる魔族がいてさ、そうなると人間の魔法なんて効かないんだって。ねぇ、そうなったら無敵じゃない。攻撃されても痛くもないんだからさぁ」
なにやらツボにはまったようだ。思い出しても可笑しいらしく、声を出して笑っている。
ヴァンは心が小さく揺れる。魔族か。
アリサが怪訝な表情でヴァンのことを伺っている。
ギルドの皆は知っている。ヴァンのこの憂い顔は昔からだ。ポシェはおどけた口調で会話に加わる。
「魔法が効かないなんて、ただの特異体質の話でしょ。だってヴァンも結界くぐれちゃうしさ。それとも、もしかしてヴァンって魔族の生き残りなの」
いたずらっぽい目でヴァンに視線を送り、ほらいつものよと目で催促する。
今、ここでか。ヴァンは背筋を伸ばして胸を張ると、一同を見返しひとつ咳払いする。
「俺はただの魔族ではない。我は偉大な魔王なり」
ヴァンは大袈裟に芝居ぶって言って見せた。子供の頃に良くやった恒例の下りだが、まさかこの歳になってまでやらされるとは思わなかった。
昔からヴァンは魔族という言葉を聞くと口籠ってしまった。そんなヴァンを見かねて、ポシェがあるとき苦言をいってきた。
みんなヴァンを
それ以来、ポシェに無理やり魔王と言わされるようになった。子供の頃というのはとかく女子が強くて男子が頼りない、その典型だ。しかし、人前で心の動揺を隠せずにいたヴァンにとっては天の助けだった。心の
横でコルヌが、それ久々に聞いたなあ、と喜んでいる。
子供じみた戯言だがヴァンはポシェに感謝した。
後で何か一つぐらい言うことを聞いてやろう、と心の中だけで誓う。
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