プライドチップス

 彼女の家に着くと二人はテレビを付けて、途中のコンビニで買ってきたスナック菓子をつまみに酒を飲み始めた。

 お笑いが好きな彼女はバラエティを見たがったが、甲子園に出場経験のあった彼はスポーツニュースを見たがった。彼がレストランの勘定を一円単位まで割り勘にしたことに気分を害していた彼女は、「悪いけど、ここ、わたしん家だから」と強権を発動してバラエティにチャンネルを変えた。

 憤った目を彼女に向ける彼をよそに、彼女は雛壇ひなだん芸人たちのやり取りに甲高い笑い声を上げた。彼女は自分が憤っていることを知りながら、無視する気でわざと大声で笑っているのだと彼は解釈した。ますます憤った彼は自身も無視するつもりでむっつりとテレビを睨んでいたが、その日に限って競ってネタを被せ合う芸人たちのトークは際限なく盛り上がり、耐え切れなくなった彼の唇から、「ぷすっ」とすかしっ屁のような笑いが漏れてからは、彼の方が腹から声を上げて笑うようになった。

 それで二人の間には自然に親密さが戻り、彼女はポテトチップスの袋に手を伸ばして袋を開けようとしたが、その袋はのりが強過ぎて開かなかった。

「えーいっ」と彼女が声を上げて引っ張っても開かないので、彼は笑いながら「ちょい貸してみ。開けてやっから」と袋を受け取ったが、百八十センチ越えで筋肉質の彼が幾ら左右に引っ張っても袋は開かなかった。「ぬえええいっ!」と叫びながら彼は顔面が紅潮するほど両腕に力を込めたが、それでも袋は開かなかった。

「ちょっとー、何してんのよー。全然空かないじゃない」と彼女はげらげら笑った。それが彼の闘志にますます火を付けた。彼は野球に没頭した中学時代から成せば成るを座右の銘にし、成果のほどはいざ知らず、実際にそのように生きてきた。たかだかポテトの袋一つで、今まで貫いてきたその信念を覆すことは到底認められなかった。

 彼は「おおおおおおおお!」と勇ましく雄叫びを上げ、がに股で渾身の力を振り絞ったが、それでも袋は開かなかった。最初は笑っていた彼女も、次第に袋を開けようと歯を食い縛る彼への――ひいては柔軟さを逃げたと見做す、男性特有の硬直しきった思考への――侮蔑の念が湧き起こり、「ちょっとー、もういいってば。鋏で開けようよ」と声をかけたが、彼は「鋏に頼ったら負けだ。絶対俺が開ける」と即座に却下した。鋏を使うと一体何に負けたことになるのか、彼女には全く理解できなかった。

 こうなったら何を言っても彼が聞かなくなることが分かっていた彼女は諦めてテレビを見たが、もう集中できなかった。彼女は風呂にお湯を張り始めた。「ねえ、わたし、先お風呂入るからね」と声をかけても、まだ彼は袋を開けようとこめかみに血管を浮き立たせて頷くばかりだった。

 彼女が長湯から上がっても、まだ彼は上体を前傾させて彼女に向かって尻を突き出したがに股の姿勢で唸っていた。

 彼女は彼に見えないように、静かに溜息を付いた。折角の長風呂も台無しだと思いながら、袋を開けるのを止めさせるだけの為に彼をベッドに誘った。さすがの彼もそこまでされるとおとなしく従って、静かに彼女の上に覆い被さってきた。浪費される彼女の虚しさと身体の軋みに、ベッドのスプリングが同調して啜り泣いた。

 翌朝、彼女が目を覚ますと、朝の早い彼の姿は既になく、リビングのテーブルには、鋏で開けられた空のポテトチップスの袋がぽつんと置かれてあった。

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