左用

 スタッフが慌ただしく撤収を始める中、セット裏の骨組みから顔を出した眞城ましろこのみが私に向かって素早く手招きをしてきた。私が人目を憚ってセット裏に回り込むと、「監督にはいつもお世話になってるから」と眞城このみは手にした義眼を手渡してくれたのだが、私の目の前で無造作に左目に指を突っ込んで取り出すのだけは勘弁して欲しかった。

 湿り気を帯びてまだ生温さの残った義眼はよく見ると、表面に渦巻き状の薄い筋が幾重にも掘られていて、間近で眺めないとこんな模様がびっしり刻まれていたことに私は全く気付かなかった。

 試しに自分の右の義眼を外して貰った義眼を付け替えると、途端に視界が酷い眩暈を起こした時のように右へ右へと傾き、耳を引っ張られたように右へ傾いだ身体が骨組みにどしんと音を立ててぶつかった。それを見た眞城このみは、「監督、その螺旋、左用だから」と八重歯を覗かせながら愉しそうに笑った。

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