日時計

 変な時計なら祖父の家にあるね。庭の隅の竹藪の前にただの杭が一本立ってて、これ言われないと分かんないんだけど、日時計なんだって。で、毎年五月十三日にしか用を為さないように、ものすごく厳密に設計されたものらしくって。何でそんな時計をわざわざ作ったのかっていうと、こっから先は他言無用に願いたいんだけど、実はその日は、昔祖父が殺した女中の命日らしくて。その女中は祖父の金を着服した角で、当時離れにあった土蔵に餓死するまで閉じ込められたんだって。あの屋敷に一度行ったら誰でも分かると思うけど、とんでもない広さで、周囲の山も全部祖父の土地なの。見ただけでこの一帯で一番権力のあった家だなって。実際、地元の警察も祖父には全く手が出せなかったらしいし、その女中みたいに祖父の機嫌を損ねて殺されたか、それに匹敵する目に遭った人が他に数人いたって話だよ。祖父はどういうつもりなんだか、毎年その日のその時刻に縁側のある所定の位置から見ると、その女中を埋めた竹藪の位置を影が正確に示すように、それを設計したらしいの。で、その時間に縁側から日時計の影が伸びる竹藪の方を見ると、誰でも百発百中で絶対見るの。竹藪の中の、女中の白い顔を。見たかって? 見たよ、十六の時に。え、違うね。怖いのは幽霊じゃない。何で祖父がこんな物を作ったんだ、って考えることの方だよ。子供の頃、ちょうど五月十三日のその時間にさ、祖父が煙草喫いながら縁側で、ずうっと竹藪の方を眺めてたのを見たことがあったけど、その時の祖父がさ、昔を懐かむっていうか、何か満ち足りたみたいな目付きしててさ。ああ、この人は怖い人だなって子供心に思ったよね。

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