第2話

 履き古したスニーカーに足を突っ込んで、外へ出る。少し甘い匂いのする暖かい春の風が少し長くなった前髪を揺らす。柔らかい太陽の光を胸いっぱいに吸い込むように、大きく深呼吸をした。


「さて、どうしようか」


 どこへ行こうかと決めているわけではなかったので、足の向くままに歩いてみる。

 淡い空の色は、まるで勿忘草の花のよう。浮かぶ雲は、まるで毛を刈る前の羊のよう。海外に行ったら、この空の色や雲の形は違う風に見えるのだろうか。

 ふと、足を止める。

 古い家と古い家の間の細い通りを見て、なんだか懐かしい気分になる。人一人がなんとかして通ることができそうなそこには、使い古されて錆びた自転車や日に焼けて色の落ちたプラスチック製のバケツ、印刷してある文字が掠れて何が入っているのかわからなくなってしまった一斗缶などが散らかっていた。



 ここによく来ていたのは小学校低学年の頃だ。

 登校中、隆太が「真っ白い猫がいる」と、目をキラキラさせながら私の手を引っぱってここへ連れてきた。あの猫は毛並みがきれいだったから、もしかしたら野良猫じゃなくて飼い猫だったのかもしれない。

 こっそり、給食に出た煮干しをティシューペーパーにくるんで持って帰ってきて、あの猫にあげていたな。煮干しを猫が食べたとき、隆太が大喜びしたから、それから暫くの間毎日その猫に会いに来ていた。「ミルク」なんて、白いからだという理由だけでの名前をつけて、撫でたり、たまに煮干しをこっそり持ってきたり。

 でも、猫は毎日来ていたのが、二日に一回くらいになり、一週間に一回くらいになり、やがて姿を見せなくなった。

 そして私も隆太もそのうちここに来ることはなくなった。猫のことを忘れていたわけではない。今日も会えないかもしれないから寄り道はやめておこう、なんて気持ちの積み重なりだ。


「ミルクー、いるー ? 」


 返事には期待せずに声をかけてみる。小学生に戻ったみたいで、なんだか耳の裏がくすぐったい。

 でもやっぱり返事はなかった。

 そりゃそうだよね。あれからもう何年も経っているんだもの。



 私は回れ右をして、その場所を後にした。

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