さよならの前に、一言だけ

天野蒼空

第1話

「この部屋、こんなに広かったんだな」


 ものが少なくなって、ガランとした自分の部屋をみて私はそう呟いた。壁際に高く積み上げられたダンボールには、今まで私の部屋に置いてあったものが思い出とともに仕舞われている。


「瑞希―、もうすぐトラック来るわよ。準備できたのー?」


 リビングからお母さんが大きな声で言うから、


「大丈夫、もう終わっているよ」


 と言いながら私はリビングへ向かった。


 どの部屋もすっかり空っぽになってしまっていた。生まれてからずっとこの家に住んでいたのに、なんだか知らない家みたいだ。


「もうどの部屋も準備終わっているのね」


「そうよー。でも瑞希は本当にお父さんとお母さんと一緒に引っ越してよかったの ? おばあちゃんの家で生活しても良かったのよ」


「うん、いいの。海外で暮らすなんて楽しそうだもの」


 この引越が決まった二ヶ月前はあまり行きたいとは思っていなかったけれど、海外で暮らすことがずっと夢だったお母さんと、海外でやりたい仕事ができるというお父さんのワクワクとした気持ちに毎日付き合っていたら、なんだか私も行きたくなったのだ。

 日本に心残りがないわけではない。

 でも、もう諦めたほうが良さそうだから。


「そういえば、大西さんのところに挨拶しに行ったんだけど、隆太くん、忙しいみたいね」


 大西家は二つ向こうの通りにある家で、隆太は私の幼馴染である。幼稚園も、小学校も、中学校も一緒。


「ほら、あいつ、野球部でしょ。もうすぐ大会だし、仕方ないよ」


「あら、それは大変ね」


 ポケットからスマホを取り出して、新着メッセージを確認する。

 同じクラスの女友達の何人かから、「引っ越しても頑張ってね」といった内容のメッセージが着ていた。それに返信しながら、ずんと心が重たくなる。

 やっぱり、着ていないな。忙しいんだろうな。既読すら着いていない。

 私はその相手の顔を思い浮かべる。


 隆太……。


 ため息が出そうになったから、大きく息を吸って立ち上がった。


「ちょっと、散歩してくるね」

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