夏野彩葉

 これを読んだ『君たち』が後悔してくれることを願う。

 といってもこれは遺書の類いじゃないから、その点では安心してほしい。私をいじめた『君たち』のために人生を終わらせるなんて、馬鹿らしくて仕方がないから。


 君たちは、傷を見たことがある?擦りむいたときとかにできるやつ。

 あるよね、君たち運動部だったもんね。

 擦りむいたばかりのときは血が出るし、痛い。でも痛みはいずれ退く。だけど、元通りにはならない。傷痕は残る。それは、消えてくれない。


 君たちにされたことのすべてを、残念ながら私は覚えていない。断片的になら思い出せるけど。あまりにも酷い記憶っていうのは、脳が勝手にしまいこんでしまうらしい。ちょうどパンドラの箱みたいにね。(さすがに、厳寒期に寒がりの転校生──私のことだけど──のコートを隠してワックス塗りたての床に放置っていうのは、インパクトありすぎて覚えてるけど。)

 学校を休むという考えはなかった。それは、多分私の冷めたしぶとい性格と、君たちのために私が勉強と部活を妨げられる必要性を感じなかったこと、そしてクラスと部活に一緒に怒ってくれる人達がいたおかげだ。

 ただ、ノーダメージだったとは思ってくれるなよ。

 君たちがいじめてた子、もう一人いたでしょ。

 彼女は胃に穴開いたよ、ストレスで。


 そしてやっぱり、体は覚えてるんだよ。

 君たちの後ろ姿を前方に認めた瞬間、私の足は動かなくなった。君たちに似た声を聞いただけで、息が苦しくなった。


 君たちがしたかったのは、つまりそういうこと?

 私に傷を負わせて、再起不能にして、学校から追い出そうと?

 よほど私が嫌いだったんだね。

 まぁ、どうでもいいけど。


 ただ、知っておいてほしいことはある。

 痛いのは、その時だけじゃないんだよ。

 実際、私の傷はあれから五年以上たった今でも、ふとした時になぞるたびに痛むんだ。

 それだけは、絶対に覚えておいてくれ。


 でもまぁ、君たちがこれを読んで後悔するくらいなら、最初からあんなことしないだろうね。

 それに今さら謝られてもね。

 私の傷痕が消えるわけじゃないし。

 もう怒ってないから許す必要はないよね、としか。

 十字架でも背負ってしかないよね。


 それじゃ、さようなら。君たち。

 この先の人生で、君たちには出会わないことを願っているよ。






「これでよし、と。」

 私は便箋を折り畳んで封筒に入れ、丁寧に糊付けする。部屋中の引っ越し段ボールを避けて進み、封筒を握り潰してゴミ箱に捨てた。

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夏野彩葉 @natsuiro-story

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