11. Kakapo


 目の前には数メートル立方の大きな鉄格子。

 その中には、片隅で怯えたように寄り添ってうずくまる二羽の大きなオウムと、檻のど真ん中を我が物顔で占有する、一体のオウム型メカ。

 カカポ。またの名をフクロウオウム。オウムの中で最大級の大きさで、飛行能力を捨てた、飛べない鳥。大昔から絶滅危惧種で、人の手によって保護されて存続されてきた、人懐っこくて愛らしい鳥。

 そこにいるのは、2カカポとそして1メカカカポ。


 僕が研究局の、ここバイオサイエンス部門に入職して五年がたった。

 入職当時の破天荒な教育担当者、サブマネージャーに昇格したトキタ先輩によって割り振られたタスクは「種の保全」計画。全方位壁に囲まれたドーム状のこの街の中でも、できる限りもともとの生態系を維持しようという方針は掲げられているのだが、不断の努力にも関わらず毎年のように絶滅種がぼんぼんぼんぼん出ているのが実際のところ。特にもともとこの国の野生環境に適しておらず、人の手で保護されていた種については最小可能個体数なんて余裕で割り切っていて、残り少ない数匹をかろうじて生き永らえさせているだけになっている状態である。

 で、そんな絶滅危惧種の効率的な存続手法を考案、確立するのが僕の新たな業務なのだが。


「タカハタくん、僕、三羽残ってるって聞いてたんだけど」

 もともとこの業務にあたっていた後輩、タカハタくんに僕は尋ねる。

「一羽機械になってるじゃん。メカじゃん。カカポvsメカカカポみたいな構図になってるじゃん」

「それがですね、イクノさん……」と困り顔でタカハタ君は答える。「前任の主担当がかなりマッドで、ロボットになりたいからって手足を機械に取り換えていたような人なんですけど」

「なんでそんな奴に種の存続研究を担当させたの、この局は」

「永遠の命を与えればいい、つって一羽メカにしちゃいました」

「だろうな、悪いけど呼び出してくれそのクソバカを」

「この前脳まで取り換えたんで、死亡扱いになって除籍されてます」

「マッドもほどがあるだろ」

「あと一羽メカ化したあと、残りの二羽がどちらもオスであることが判明しました」

「もう詰んでるじゃねえかこのタスク!」

「ニンゲン……オマエモメカニナレ」

「当たり前のように喋るんじゃねえよカカポの成れ果てがよ!」

 僕は頭を抱える。

 この惨状を知ったうえでトキタ先輩は僕にこの仕事を振ってきたに違いない。

 あの野郎。今度飯を奢ってもらおう。


***


 種の保存。

 終わりに向かう一族。

 作られた環境に守られなければ生き延びられない命。

 この計画が“保護”しているほかの種を僕は確認してみる。

 狭い水槽でのたうつイルカ。人工精製したエサを強制的に給餌されるトリ。無菌室でしか生きられないカエル。一度絶滅したのに、冷凍された卵子と精子を培養されて復活させられるサル。

 無理やり生き延びさせられている命。


 果たして彼らは生存を望んでいるのか?

 彼らは幸せか?

 なんの義務があって、なんの権利があって、人間は彼らを生かすんだろうか?


 最初の教育で、トキタ先輩は僕に業務の上手な終わらせ方を教え込んだ。

 その僕をこの計画の担当にしたってことは、つまりはそういうことだろう。

 上手に終わらせてやる。


***


 トキタサブマネージャーの机に企画資料をたたきつける。

 彼はそれを手に取り、眉をひそめる。

【時間遡行による、絶滅危惧種の前時代への送還】

「要はタイムトラベルってことか」

「そういうことです。戦争以前の環境汚染のない時代に、カカポを送り戻します」

「どうすればそんなことができる」

「応用理論物理部門に知り合いがいまして。僕も仕組みはちっとも理解していませんが、内部の時間を逆行させるために、外部に時間を吐き出す装置、みたいなのが試験的に作られているみたいです」

「エアコンの時間版、みたいなやつか」

 理解が早い。僕は頷く。エアコンは熱を外部に吐き出して、部屋の中を冷やす。室内の温度だけで見れば、熱がなくなって、エントロピーは減少する方向に行く。エントロピーは原則として時間によって増大する方向に向かうから、実質エアコンは室内の温度の時間を逆行させているのだ。

 あとはこれを時間に応用すればいい、とかなんとか。

「ほんとかよ」とトキタ先輩は尋ねる。

「知りません」と僕は答える。僕だって疑問だ。

「そんな試験レベルの、ろくに検証もされてなさそうなリスク丸出しの装置に、絶滅危惧種を乗せるってか?」

「その通りです」

「許可が下りると思うか?」

「許可は必要ありません、すでにカカポは送り出されてしまいました」

「はあ?」

「実際に装置がどんなものか、カカポに適用可能なものかどうかを検証している際に、装置が誤作動を起こして起動してしまいました」

「大問題だな」

「大問題ですね」

 僕はトキタ先輩の目を見てにやりと笑う。

 トキタ先輩も笑う。

 正式に企画として立ち上げると、リスク検証やらに大変な時間を取られたうえ、確実性に欠けるとしてGoサインが出ない可能性が高い。そんな時間をかける前に、とにかく一発目の実績を作ってしまえばいい。

 と、そういうことで、もちろん意図的な誤作動だ。

 実際僕がしでかしたことは大問題で、特に詳しい説明をしていなかったタカハタ君は僕の隣でめちゃくちゃオロオロしていた。

 だけど実際絶滅保護種の保護なんて、金と時間をひたすら食う割に人類への実益がない分野だ。いままではドーム創設時の環境保護方針に律儀に従っていたが、局としてもこの計画は早めに手放したいというのが本音だったらしい。ただ絶滅危惧種の安楽死みたいな手段は人道にもとるとして、さすがに公にとるわけにもいかず、計画の切り上げ方に困っていた。それも当然リサーチ済み。

 まあ、たいしたお咎めはないだろう。

「イクノお前、昔の俺みたいな笑い方をするようになったな」

「侮辱はやめてくださいよ」

「褒めてんだよ」

「侮辱はやめてくださいよ」

「さーて、俺は今から部下の暴走が引き起こした問題を報告して庇うための資料を作らなけりゃならん。その間に、ほかの保存種で追試験したりするなよ?」

「あ、やってもいいんですか?」

「任せる」

 では後を頼みますと頭を下げ、先輩の席を離れようとした僕に、知ってるか? とトキタ先輩が声をかける。

「カカポって昔、確かいったん絶滅したんだよ。一羽も見つからなくなってな。ところが10年くらい経ってから、生きている個体が再発見されて、数も回復してきたらしい。もしかしたら、お前が送り込んだカカポが復活のきっかけになったのかもな」

「でもあいつら二羽ともオスでしたよ」

「じゃあちげえわ」とトキタ先輩は大笑いする。

 しばらく笑いあってから、少しだけ真面目な顔になって、トキタ先輩は言う。

「そのタイムマシンの知り合いにお願いしといてくれよ。ドーム全体を過去に送り込めるようになるまで装置の改良しといてくれってな」

「僕も言いましたし、本人もそうしたいって言ってましたよ」


***


 それが実現すればどれほど幸せだろうか。

 環境汚染のない時代への帰還。

 このドームの街からの解放。

 もしかしたら、昔の時代だってこことそう変わらない、閉鎖的で行き詰った世界なのかもしれないけれど。


 まあ、時間遡行を始めた瞬間に、少し過去に存在する自分自身とぶつかってドームの住人全員対消滅する可能性のほうが高いか。それにしたって、このドームの中で生き永らえるのとどっちが幸せなことなのか、わからないけどね。

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