7.Gecko Tails
世界を救う学者になるんだと息巻いて激しい学歴競争を勝ち抜き、意気揚々と研究局の扉をノックした僕の目の前に現れたのは、身体中のありとあらゆる場所からこれでもかと尻尾を生やした巨大なヤモリの姿だった。
「きっも」
五度見くらいした。わさわさしている。
「いやきっっっも」
「グッグェ」
なんか鳴いてるしさ。鳴くんだヤモリ。
「失敬だな、この街の食糧問題を一挙解決するかもしれない救世主に向かって」
研究局のトキタ先輩が言う。この人が僕の教育担当らしい。
アクリルケージ内のヤモリを指先でおちょくりながら先輩が説明する。
「尻尾を何度も生やすだろヤモリは。それを伸びたら都度収穫するわけだ。天然の動物性たんぱく質製造工場になるぞこいつは」
「食いたくねえよ」
先輩にあるまじき口の利き方をしてしまったが許してほしい。ただでさえ受け入れ難い形状をしているのに、青い皮膚に赤い斑点なんてサイケデリックな見た目なのだこのヤモリ。なんでこんな種を選んだんだ。
「でかくて丈夫で丁度よかったんだよ」
「色合いがあまりにも食用に適していないんですけど」
「俺はこいつをLion Geckoと名付けた」
「頭の周りだけ見たらライオンに見えなくもないですけど、こいつ腕の下からすら尻尾生えてるんすよ」
「腋毛みたいで愛おしいだろ」
「腋毛がそもそも愛おしくねえんスよ」
出会って数時間で分かったが、この先輩は尊敬しなくてよいタイプの先輩だ。
「つかなんでヤモリ食おうと思ったんすか」
「爬虫類食は十分可能性の一つだよ。古にはヤモリの黒焼きが滋養強壮のために食されていたというし」
「それイモリじゃないすか」
「似たようなもんだろ」
「類からちげえんだよ!」
生物を扱う研究者として見逃せないレベルの失言である。
「で、お前の最初の仕事はこいつを実用ベースに乗せることな」
「やですよ、こんな生命の冒涜の具現化みたいなやつ扱うの」
「グッグェ」
「お前の暴言に抗議してるぞ」
「俺には『殺してくれ』という懇願に聞こえます、ほら見てくださいこいつの哀しい顔」
「グッグェ」
言ってはみたものの無表情だなこいつ。所詮ヤモリだし。
「先輩が創造主でしょこいつの。生み出した責任取ってくださいよ」
「俺は優秀でな、他にもこなさなきゃならない業務がてんこ盛りなんだ」
「だからと言ってこんなの後輩に押し付けんな、僕はもっと人類のためになる研究がしたいんだ!」
「そう思うならとっとと諦めるに足るデータを出すことだな。若造にはわからんだろうが、プロジェクトを終わらせるにはそれ相応の結果が必要なんだ。始め方の前に終わらせ方を学ばせる。それが俺の教育方針」
「ぐっ、教育を盾にされると逆らえない……」
「お前律儀で扱いやすいな」
「本人目の前にしてそういうこと言わないでもらえます?」
「じゃ、おあとよろしく」
先輩が部屋を出ていく。
僕は大きくため息をついて、ヤモリを見つめる。ヤモリはつぶらな目で見つめ返してくる。
丸い虹彩に細い瞳孔がキラキラ輝いている。
慣れたら意外と可愛い……のかもしれない。
よろしくな、という思いを込めて、ケースの上から指を差し込んでみた。
ハチャメチャに噛まれた。
僕の悲鳴を聞きつけたのか、一度出て行った先輩が戻ってきて、扉から顔をのぞかせてプフフと笑う。すげえ腹立つなあの人。
「あ、そうそう、ついでに頭八個あるヘビもできてるんだけど、使う?」
「もののついでに罪業重ねてんじゃねえよ!」
ぜってえ早めにケリつけてやるこの仕事。
***
数か月後。
「で、どう?」散らかり放題の机の前でふんぞり返る先輩に、僕は資料を叩きつける。
「コオロギ粉末食ったほうが早いです」
「やっぱり」
「やっぱりってあんた」
「まあまあ、資料説明して」
「難点だらけですよ。餌のコオロギのコストが思ったよりかかる。喧嘩するから飼育面積とる。ストレスで割とすぐ飯食わなくなる。一気に尻尾収穫すると衰弱するからちょっとずつしか取れない、そもそも種として固定できてないから一々幹細胞導入して尻尾生やさなきゃいけない」
一気に説明して、僕は一息つく。
「皮肉なことに味はそこそこいいんですけどね、脂の鶏肉みたいで」
「え、お前食ったの? うわあ」
「あんた食ったことねえのかよ!!」
手元の資料で僕は先輩をぶん殴る。
「ふざけた仕事させやがって……」
「や、そんなことはないよ」先輩がへらへら言う。「ここの課としては、一つの計画がクローズすれば、他の方針にリソースを注ぎこめる。今後、爬虫類食は優先度を落として昆虫食や培養肉とかに注力しやすくなるわけだ。お前が戦力として早めに計上できそうなことも大きい。優秀後輩で助かったよ。あとはプレゼンの用意よろしく」
「いや、優秀だなんてそんな、えへへ」
「お前ほんと扱いやすいな」
「うるせえスよ」
いやあ、万能幹細胞の良いデータになった、と快活に笑っていた先輩が、急に声を潜める。
「お前知ってるか? この街の政治中枢のトップは高度機械知性体が務めてるって話」
「まあ噂程度には」
「そこでだ、機械知性体の劣化や暴走に備えて、人間の知力を底上げしようってテーマが、研究局の中で持ち上がりそうなんだ」
「いきなり何の話ですか?」
「お前の成果は、それに向けての一つの礎になるだろう」
「その話と俺の仕事に何の関係が?」
八頭のヘビだよ、と先輩が言う。
「頭を複数生やした人間を作って、ヒト個体の処理能力を高めるんだ」
まずは単純な尻尾あたりでデータを積みたくてな、と先輩が言う。
僕と先輩は顔を見合わせる。
そんな馬鹿な、と僕は笑う。
先輩も笑うが、心なしか目が真剣な気がする。
***
それから数年、僕は順調に研究局でキャリアを積んでいる。
利用価値のなくなったヤモリたちは、しょうがなく僕が引き取った。しっぽを取られるおそれがなくなり、今でも元気にわさわさしている。
本当に優秀だったらしい先輩はなんか極秘の課で極秘の仕事をしているそうだ。
どんな研究か、僕は考えたくもない。
最近、各局のお偉いさんが何人か姿を消したり、研究局建屋の中で腕や足を複数生やしたオバケの姿が目撃されたりしているらしい。
作り話に違いないと、僕は自分に言い聞かせている。
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