5.Enemy appearance
しかし誰も来なかった。
少なくとも外側からは。
早めに言っちまうと、これが今回のお話。
***
ふてくされたガキみたいにドームん中に引きこもって暮らしている俺たち人類だが、外の世界を直接見る方法は俺の知る限り三つはある。
うち一番手っ取り早い方法。何人か殺してしまえばいい。そのあと反省の態度を示さなければ完璧だ。
重犯罪者に課せられる刑は主に、無期懲役、下層送り、死刑、そして追放。この並びがそのまま軽い順と考えてもらって差し支えない。
追放。こいつが一番重いとされるのは、罪人が受ける恐怖と苦痛がもっとも大きいと考えられているからだ。奴らは首輪をつけられ、薄っぺらい布切れ一枚だけを身にまとった状態で外に追いだされる。首輪には爆弾。ドームに再び近づくと爆発。無理やり外そうとしても爆発。強い衝撃を与えると爆発。何もしなくても時々爆発。
水も食料もない、周辺の地理も分からない。外の汚染と首の爆弾でいつ死ぬかもしれない恐怖の中で、追放囚は残り少ない余生を送るわけだ。
しかしこうも考えられないかな。ほんの短い時間にしろ、この息苦しい街の外で生きられる。それは解放であり、救いでもある、なんて。
俺自身はそんな風には全く考えちゃいないけどな。
話を元に戻そう。外の世界を見る方法は少なくとも三つ。
追放されること。追放刑の執行人になること。あとは単なる見張り番になること。
で、俺は最後のやつ。通称、
もし、俺のことを重犯罪者と思ったやつがいたとしたら申し訳ない。一番つまんねえやつだ。期待を裏切って悪いけどな。
***
四直三交代の一人勤務。出入口である重々しいゲートの横に備わった操作室兼監視室が俺たちの職場。そこからちょっと歩けば俺たちの住処である掘っ立て小屋で、俺たちはここから離れることがない。基本的には終身雇用で、外の情報を中へ持ち込まれないようにするってのがその理由らしい。要するに、こんな僻地で俺たちは生きて死ぬ。
ドームは内壁と外壁で二重に囲まれている。下層に降りて、ピッキングで簡単に開きそうなセキュリティもクソもない内壁の扉を抜け、狭い通路と数多の階段で作られた複雑な迷路を正しく抜ければ、ここ出入口ゲートに辿り着く。迷路の正しい道のりを知っている人間は限られる。俺は知らん。適当に逆走すれば、すぐに迷って飢え死にするだろうな。それでも、たまに壁守の仕事を放り出して失踪する人はいるらしい。俺の前任もその一人で、今頃はどこかでグズグズに腐りきっているに違いない。
俺は椅子にだらしなく腰かけている。クッションが薄すぎてすぐにケツが痛くなる。壁にびっしり並べんだディスプレイには外の夕景。辺り一面の石、砂、岩が、夕陽を背に黒く映る。申し訳程度にまばらに生えた樹はどいつもこいつもやせっぽちで、どうしていまだに立ち続けていられるのか分からない。
変わり映えしない映像にうとうとしていると、突然部屋にノックの音が響き、俺はビクッとする。交代の時間が来たらしい。内側に通じる扉が開き、向こう側には後勤のミナカワさん。壁守には珍しい女性で、各方角の全ゲート含めても彼女一人。美人かどうかはわからない。彼女の顔はいつも防護マスクとゴーグル越しだし、そもそも比較対象がいない。
「また寝てたなサイトウ」
「ギリ寝てないス」
「引継ぎ事項は」
「ないです」
短い会話を交わして、彼女はチェックシートを片手に部屋の設備を稼働状況を見て回る。ミナカワさんはかなり真面目だ。俺含め、大抵の人はろくに確認なんてしていない。さぼったところで、説教しにくる上司もいないしな。もうずっとトラブルらしいトラブルもないもんだから、警備部のお偉いさんたちは完全に余裕をぶっこいている。
外壁側の扉を開けて、ミナカワさんは外の確認に行く。風が吹きつけて、監視室に砂が入ってくる。ややして彼女は戻ってきて、俺の隣に立つ。
「バイクの燃料がやたら減ってる」
「不自然な獣の群れが見えたので確認に行きました」と俺は嘘を吐く。よくあるやり取りだ。たまに暇つぶしに外を少し走り回るくらい許してほしい。汚染が怖いからごく短い時間だけだけど。
ミナカワさんは大きく舌打ちする。「予備を発注しとけよ」と吐き捨てて、とっとと上がれと言わんばかりに右手をひらひら降る。
俺は立ち上がり、「お疲れス」と言い残して監視室を出る。扉の先には更衣室。入るや否や俺はゴーグルとマスクを放り投げ、首の密閉を緩めて防護服を脱ぎ捨てる。俺は大きく伸びをする。つまらない今日の仕事もやっと終わりだ。ロッカーに服を詰め込んで外へ出る。家以外に行ける場所もないので、俺はとっとと帰宅する。
人も呼べないくらいに狭苦しい我が家は、それでも俺の憩いの空間だ。壁守は一般市民には珍しく文化サーバーへのネットアクセスが無制限に認められていて、暇つぶしの娯楽には事欠かない。要望した物品も輸送ダクトで割合すぐに届く。そもそもの話をするなら、呼ぶ人は誰もいないので広い部屋は必要ない。
言い忘れていたが、俺みたいに壁守になるには厳しい基準を満たさなければいけない。孤独への高い耐性、狭い領域での生活に耐えうる精神力、与えられた任務のみをこなす忠実な態度。好意的に表現すればそうなる。
が、正直に言おう。壁守はみんな、ただの愚図で低能な社会不適合の怠け者だ。言われたことすら十分にできないような社会に適所がないやつらが、流されて行きつく場所がこの外壁。もちろん俺もその一人。なにせここでやることなんて、ディスプレイをぼーっと眺めて、なにかあったら報告する。それだけ。何なら報告するような出来事すらほとんど無い。他には時々追い出される罪人を見送るくらいか。
何にも期待しないし、何にも期待されない。俺みたいな人間とって、これほど居心地の良いこともない。
一人でぼんやり生きていられる。それが壁勤務の良いところ。
***
「期待したことはないか」
交代間際に珍しく、ミナカワさんが雑談を持ち掛ける。
「銃を撃つべきやつらが、本当に襲って来ないかって」
「いえ」と俺は答える。
「例えば、追放囚の集団が実は生き残ってたり。他国の軍隊が押し寄せたり。空から宇宙人がやってきたり」
「全く」と俺は答える。
俺は何もしたくない。なにかやる度に失敗し、周りに失望されるのはもうゴメンだ。
「なんスか、ミナカワさんは銃を撃って誰かぶっ殺してやりたいとか、そういう願望でもあるんスか」
「そういう攻撃的な欲望じゃない」
「つまんねえ生活に変化が欲しいとか?」
「それも少し違うな」ミナカワさんはかぶりを振る。
「敵が来る。私は上層にすぐに警報を送り、小銃を手に外に駆けだす。私は敵を自分の目で見る。敵も私を見る。銃を向ける。私は撃つ。敵も撃ってくるかもしれない。戦闘になる。私たちは殺しあう。私はその時、敵に怒るだろうか。敵を憎むだろうか。敵は私をどう思うだろうか。銃口を向けあって、私と敵は、言葉よりも遥かに雄弁に、お互いについて語り合うことになるだろう。分かるかな」
「いえ」どういう意味なのか全く。
「敵が、私の正体を暴いてくれるのを期待しているんだ」とミナカワさんは少し笑う。「私はずっと不安なんだ。私が何者なのか、私には分からない。自信がないんだ。だから敵が明確に示してくれはしないか、と。私がどんな存在なのかってことを。分かんないかな」
「分かんないスね」
「そうか」ミナカワさんは嘆息して、右手をひらひら振る。もう上がれ、という意味のいつものジェスチャー。
お疲れッスと言い残して、俺は監視室を出る。
更衣室に入る。防護服を脱ぎ捨てたところで、扉が開いてミナカワさんが顔を覗かせる。
「覗きですか」と俺は茶化す。
「サイトウ、ここにきてどのくらいだ」
「さあ。一年は経ったと思いますけど」
「性欲処理はどうしてる」
突然の話題に俺は白目を剥く。
「つまり、だ」ミナカワさんは更衣室の中に入り、扉を閉める。
「私たちには互いに貢献できる点がある。そう思わないか」
言葉を失っている俺の前で、ミナカワさんが服を脱ぐ。
なるほど、と俺は納得する。
彼女のこういう不安定さと身勝手さが、彼女がここにいる理由なんだな。
結果として、俺とミナカワさんはそういう関係になった。
恋人? まさか。
使いたいときにお互いを使うだけ。スナック菓子みたいなもんだ。なくてもないが、あれば嬉しい。
後で聞いた話では、他の勤務の奴に持ち掛けたこともあったらしい。年が行き過ぎてヤル気が出ないとかそもそも興味がないとかで、事には及ばなかったそうだが。
それを聞いて俺は安心した。嫉妬とかじゃないぜ。彼女の相手は俺だけの方が、俺にとっては都合が良いじゃん。タイミングを変に図る必要もないしな。
そう、たまたまの都合の良さ。それだけが俺たち二人を結びつけていた。俺は欲望の解消に。ミナカワさんは多分、不安の解消に。
その関係は、恋と呼ぶには利己的過ぎて、愛と呼ぶには軽薄過ぎた。
***
しかし時間が過ぎれば回数も重なり、そうなれば必然「子どもができた」とミナカワさんは言う。俺は椅子から転がり落ちて監視室に盛大な音を響かせる。
「いや、必然ではないんだ。前も言ったろう」なぜか仁王立ちの姿勢で俺を見下ろしながら、ミナカワさんはため息を吐く。「妊娠する可能性が著しく低い。そんな体質だからこそ、私は女性ながら壁守に飛ばされたんだから」
「ですよね」と俺はひどく打ち付けた腰をさすりながら立ち上がる。「なのに妊娠って……確かですか」
「検査キットを複数取り寄せた。いずれも陽性」
「はあ」言うべき言葉が見つからなくて俺はぼりぼり頭を掻く。次に口を衝いて出てきたのは「どうするんスか」という酷く無様な言葉だった。
「どうなるかな。何せ前例が無い。警備部の指示を仰がなきゃいけないが、まず堕ろすことになるだろう。例え生んでも施設送りだ」ミナカワさんは淡々という。その冷淡な態度に、むしろ俺の方が気色ばんでしまう。
「それでいいんですか? ミナカワさんは」
「他に選択肢があるか? 私たちで育てるか? こんな場所で?」ミナカワさんはあきれたように両手を広げる。「私たちは壁守になるような人間だぞ。お前だって父親になる覚悟なんてないだろう」
「そうですけど」と俺は言う。「そうなんですけど、なんか、それでいいのかなって、釈然としないです」
「お前は罪悪感を感じたくないだけだろ」とミナカワさんは俺を切って捨てる。「私のことだ。私が決める」
そう言われると言葉もない。俺は黙り込んでしまう。
ミナカワさんは舌打ちをする。
その時。
突然ノックの音が監視室に響く。
俺たちはビクリと身を震わせて、互いに顔を見合わせる。
勤務中に予定のない来客なんて、今まで一度もなかったことだ。
「今、どっちから音がした?」声を潜めてミナカワさんが言う。「まさか外じゃないよな?」
「内でしょ」と俺もつられて声を潜める。しばらくディスプレイから目線を外していたが、外から何者かの襲来ってことはまずないだろう。
「他勤の誰か?」
「誰がわざわざ勤務時間外に来るんスか」
「じゃあ、上の警備部の人間か? 妊娠した私を確保しに来たのでは」
かもしれない、と俺は思う。
検査キットの注文のこともある。既にバレていてもおかしくない。
再度ノックの音がする。先ほどより大きく。やはり内だ。
俺は背負った小銃を手に持つ。構える。銃口を扉に向ける。
「サイトウ?」ミナカワさんが怪訝そうな声を上げる。「なにを」
「まだ、ミナカワさんを持ってかれたくないんですよ」と俺は言う。言いながら、自分で驚く。俺にこんな強い感情があったのかって。「子どもをどうするにしろ、もっと考えてから決めたい。ミナカワさんだけの問題じゃない。俺の問題でもあるんだから」
この感情が何なのか、自分でもよくわからないけれど。怒りなのか、寂しさなのか、それともただの罪悪感なのか。
三度、ノックの音が鳴る。
俺とミナカワさんは息を殺す。俺はミナカワさんをかばうように前に立つ。
扉がゆっくり開く。
見慣れぬ男が立っている。
ぼさぼさの髪に薄汚れた服を着た、まるで下層住民のような痩躯の男。右手には拳銃。銃口はこちらを向いている。
銃を突きつけあった状態で、俺たちは対峙する。
「誰だ」と俺は言う。「警備部の人間か」
「そう見えるか?」男は眉を顰める。「強盗だよ、俺は」
「強盗?」俺は間抜けに聞き返す。
男は答えずに部屋を見渡して、俺の後ろに目を向け、左手を振って軽い口調で言う。
「おうミナカワ、久しぶり」
「へ?」思わず俺は気の抜けた声を上げる。
振り向いてミナカワさんの顔を見る。
「え、何、知り合い?」
「……アマノさん」ミナカワさんがポツリと言う。「失踪した、お前の前任」
生きてたんですね、とミナカワさんの言葉に、生きてたよ、とアマノはへらへら笑いながら言う。銃口はこちらに向けたまま。
状況が全く理解できない。失踪してた前任の壁守がいきなり銃を片手に戻ってくる。強盗するために。
意味がわからない。
「何してたんですか、今まで」とミナカワさんが訊く。
「内壁を抜けて、下層区をあっちこっち遊びまわってた。で、しばらくぶりにこっちに戻ってきたんだ」
「どうやって内壁を抜けたんですか」
「そりゃお前、休みの日にコツコツ地図を作ってたんだよ」
「……嘘だろ」と俺は二人の会話に割り込む。「壁守になるような人間にそんなの緑と計画性があるわけない。つーか、なんでわざわざそんな真似をして下層に?」
「俺にはあるんだよ、適正検査の結果を偽って俺はここに来たんだから。低能を装うのはだるかったけどな」とアマノは言う。「後者については秘密。まあ、駆け落ちってことで」
アマノは目線を下に向ける。扉の影から、彼の腰ほどの背丈しかない痩せっぽちの女の子がひょっこり姿を現す。彼女は心細げに、アマノの足にしがみついている。
「下層の少女との、禁断の歳の差身分差恋愛が高じて駆け落ち。そんな感じでよろしく」
「よろしく、って言われても」俺は未だに全く話についていけない。ミナカワさんの方も状況が飲み込めないのは同じようで、思い切り首を傾げている。
「えっと、で、アマノさんは何をしにきたんですか?」ミナカワさんが尋ねる。
「ああそうだ、強盗をしに来たんだ」とぼけた口調でアマノは言う。「要求は二つ。バイクを寄越せ。俺たちは今からドームの外に逃げるが、誰にもそれを報告するな。以上。断るなら撃つ」
アマノはこれ見よがしに銃口をちらつかせる。
「どうする? ドームの番人たる君たちは、その銃で俺を排除するかい?」挑発するみたいにアマノは言う。
俺は彼を睨みつける。
「撃たれるのがお望みか?」
「まさか。出来れば平和に事を運びたいね」
少しの間にらみ合う。それから俺は、ふぅと息を吐いて、銃を降ろす。
「撃つわけないでしょ」と俺は言う。「俺の仕事は外の見張り。内から外に出ていく奴なんて、壁守の管轄外だ」
そう。だからここで命を張る義理なんて、俺にはちっともない。
それでこそ壁守の鑑だ、と嫌味なのか何なのかわからないことを言って、アマノは笑い、拳銃を懐にしまった。
「カギはバイクに差しっぱなし、予備の燃料タンクも傍に置いてあるんでご自由に」
「ご親切にどうも」
じゃあ行くぞと言い、アマノは傍らの少女の手を引いて歩き出す。少女は俺たちのそばを通り過ぎる時、ぺこりと小さくお辞儀する。
「アマノさん」二人が外への扉をくぐる前に、ミナカワさんは呼び止める。
「どうして出ていくんですか?」
「それも秘密」
「汚染だらけの外で生きていけると思ってるんですか?」
「生きていけるさ、きっとね」とアマノは言う。「汚染なんてもうなくなってる。壁守やってたときに調査済みだよ」
アマノと少女は扉をくぐる。迷わずに踏み出す。ドームの加護の外側へ。
扉が閉まる。
ややしてから、バイクの駆動音が鈍く響く。それから少しずつ遠ざかっていく。
何だったんすかね、と俺は言う。
何だったんだろうな、とミナカワさんも言う。
お互い気が抜けて、やけに静かに感じる監視室の床にへたり込んだまま俺たちは話をする。
「お望みの銃の向け合いでしたけど、どうでしたか」と俺は訊いてみる。
「私が直接やったわけじゃないけど」ミナカワさんが言う。「大したことなかったな」
「俺はかなり緊張してましたけどね」この人の呑気さに俺は呆れる。こっちゃ手の震えを懸命に抑えてたんだけどな。
「期待していたほど、何も伝わらなかった。ただ銃を挟んで向かい合ってただけだったな」とミナカワさんが言う。「あの人は何を求めて、何と戦って、何から逃げ出して、何の結果ああなったんだろうな。何も分からなかった」
「さっぱりわかんねえスね」
「危険な橋を渡ってでも下層に行って、命を懸けてでも外に行きたい理由があったのかな」
「あったんじゃないスかね」
「本当に禁断の恋なのかな」
「それは嘘じゃないスかね」
ははは、と二人分の乾いた笑いが起こる。
「なあサイトウ」とミナカワさんは言う。「やっぱ、この子育ててみようか。二人で」
ミナカワさんはお腹に手を添える。
俺は面食らって絶句する。
「この短い時間に、どういう風の吹き回しで」
「まあ、なんとなく」
言葉を探すように、ミナカワさんが唸る。
「上に連行されるかもしれないと思ったあの時、私は急に何か寂しい気持ちになったし、それに」途切れ途切れ、ミナカワさんは呟く。「お前が前に立ってくれたとき、お前の背中を見ながら暮らすのも悪くはないかもしれないと思った」
背中なんだ、と思って、俺は笑ってしまう。
どうだ、とどこか不安そうにミナカワさんが言う。マスク越しでよく見えないはずのその顔が、何故かやけに可愛く思えた。
「悪くないですね」と俺は言う。「そういう生活も」
「私にできるのか分からないけれど」
「俺も自信ありませんけど」
「現れない敵を待ち焦がれるだけの人生よりは、ずっとマシな気がするんだ」
「そうですね」
「それにもしかしたら、この子自体が私が生涯かけて戦うべき敵だってことなのかもしれない」
「その解釈はよくわからないスけど」
二人して笑う。
***
一応少しだけ、それからのことも話しておこう。
俺は変わらずこの場所で、壁守を続けている。ただ、部屋はさらにぎちぎちに狭くなり、憩いの空間はけたたましくなった。この子が就学年齢になれば上層の施設に送ることになるが、それまでは三人での共同生活が認められているし、離れてからの定期連絡も許されている。意外と融通が利くもんだ。
正直なところ、他人と密接に関わるのは未だに煩わしいし、多数の困難を伴う。それが配偶者であれ、娘であれ。ただ、以前嫌っていたほどに悪くはなかった。
いや、率直に言おうか。俺は幸福だ。意外と、ね。
相変わらず敵は現れない。彼女がかつて期待したようには。だけど、敵が現れようが現れなかろうが、彼女はもう以前のように不安に駆られることはないんじゃないかな。俺はそう思う。
この話はこれで終わる。
人間嫌いの二人がちゃんと人と向き合い始めて、ちょっとだけ幸せになった。今回はそういうお話。
あの謎の闖入者二人が、いったい中で何をしでかして外へ何をしにいったのか、それはまた別のお話。
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