3.Clockwork Love

「いらっしゃいませ。本日はどのようなお花をお求めでしょうか」

「いや、ごめん。今日は花を買いに来たってわけじゃないんだ」

「申し訳ございません。生憎、当店は生花店でございますので、他の商品の取り扱いはございません」

「分かってる。今日は、ええと、君自身の方に用事があって」

「私ですか。これまでのご対応になにか問題がありましたでしょうか」

「そんなわけがない。君はいつだって完璧だ。出迎えてくれる時の微笑みも、花を紹介してくれる時の柔らかな声色も、花を束ねる時の所作でさえ美しい。しいて言うならば君の問題は、あまりにも完璧すぎるってことだけだ」

「と、いいますと」

「端的に言うならこうだ。僕は君に恋をしている。ここに通うのも君に会うためだ。できれば僕と付き合ってほしい」

「お客様、申し訳ございませんが、そのご要望にはお応えできかねます」

「何故だ? もう君は誰かのものってことか?」

「所有権という意味では中央政府にございますが」

「気にしないさ。愛を前に政府が何するものか」

「はあ」

「じゃあ君がアンドロイドで僕が人間だからか?」

「その通りです」

「なるほど、ではその格差問題さえ解消できればいいんだな」

「いえ、そもそも我々は単なる労働力を目的に作られたモデルですので、お客様の求める機能は果たせないかと存じますが」

「そんなこと構わない。まあ聞いてくれ、実は僕、こう見えても生体工学、特に義体の研究者でね」

「あの、お客様?」

「待っててくれ、じきに君に釣り合うようになってみせる!」

「お客様ー!?」


 ***


「見てくれ、ついに右腕まで義肢に取り換えたんだ」

「お客様、頻繁にご来店いただきお花をお買い求めいただけるのは大変嬉しいのですが、その」

「分かってる。君と一緒になるためには、まだまだだよなあ」

「いえ、ですから一緒になるにも、私には籍も法的人格もございませんので、結婚はできません」

「結婚だとかそういう形だけのことに興味はないんだ、君と一緒にいられるということが大事なんだ」

「そもそも私には恋愛心理をエミュレートできるほどの高度な演算機能は備わっておりません」

「それが問題かい? 君が上位モデルと比べて演算能力に劣ることが? 人間の心理を忠実に再現、なんてただの宣伝文句にすぎないよ。見せかけの張りぼてだぜ、上位モデルなんて。大差ないさ」

「ここでの問題は、お客様の思いに私がお返しできるものがないということです。それはあなたにとっては不誠実であり、さらに他のお客様にとっては不公平になりかねず、結果として我々の基本行動原理に背くことになります。人間に広く奉仕する、という原理に」

「それをどう解決するかは確かに課題だね。でも、僕はこう考えている。要は『この人と一緒にいることはメリットになる』と君に考えるようになってもらえればいいんだ。人間同士の恋愛なんてのも結局はいろんな打算が混じり合った損得勘定にすぎないからね。一緒になるという結論が引き出せれば、過程なんてどうでもいいんだ」

「そういうものでしょうか」

「そういうものだよ」

「お客様にとって、私と一緒にいることのメリットとは何なのか、お伺いしても良いでしょうか」

「君といるだけで僕は幸せになれるからさ」

「そうですか」

「さて、取り急ぎ、僕が改造したこの右手にはロケットパンチ機能が付いているわけだけど、君の護身役としての採用を検討してもらえないかな?」

「お客様?」

「お腹にはミサイルを搭載しようと思っている」

「お客様?」


 ***


「さて残りは頭部になるわけだけれど、ここからどうするか、もう少し検討が要りそうだ」

「そうですか」

「長い時間待たせてすまないね」

「別にお待ちしてはおりませんが」

「冷たいなあ」

「あの、お客様。どうして私にそこまでご執心なさるのですか?」

「理由が必要かい?」

「私は量産型アンドロイドの一体です。単なる労働力に過ぎません。都市部の労働力をスムーズに補填するだけの機能です。私と同じ顔のモデルもたくさんいますし、より高度な心理描写を行えるモデルも存在します」

「そうだね」

「他により良い選択肢があるのなら、そちらを選ぶべきです」

「良い選択肢になんてなりえないんだよ。そんなもの」

「と、いいますと」

「君は君しかいない」

「いえ、ですから私には」

「今ここにいる君だけなんだ。学校で嫌なことがあった日。母親ともめた日。試験が失敗した日。どうしようもなく疲れた日。父親が死んだ日。もう嫌になってしまった時でも、いつだって軒先にいい匂いの花束を並べて、通りがかる僕に微笑んでくれたのは」

「お客様」

「だから僕は諦めないんだ」

「……」

「だから待っててほしい」

「なんと答えればあなたのためになるのか、私では判断できません」

「答えなくていいよ。笑ってくれ」

「かしこまりました」

 

 ***

 

「いらっしゃいませ、本日はどのようなお花をお求めでしょうか」

「…………」

「お客様?」

「…………」

「お客様、ですか? 生体反応が、感知できませんが」

「電脳化に成功したんだ」

「はあ」

「僕はもう人間ではなくなった」

「そうですか」

「……」

「……」

「僕はどうすれば良いと思う?」

「と、いいますと」

「分からなくなったんだ、恋とか、愛とか、そういうの」

「はあ」

「何故僕はあそこまで君に執着していたんだろう」

「分かりません」

「冷たいなあ」

「もうあなたはお客様ではないですし、丁寧に応対する義務もありませんから」

「そういうものか」

「そういうものです」

「不毛なやり取りだね」

「アンドロイド同士ですし」

「そうだね」

「はい」

「僕はどうすれば良いと思う?」

「分かりません」

「そうだよね」

「わかりません……が」

「ん?」

「私のボディも少し老朽化が進んでいます。一体でのこの店舗の維持に少し困難を覚えてきたところです」

「うん」

「もし良ければ、ここでの業務を手伝っていただければ助けになります。これは私にとってもメリットですし、あなたにとっても居場所ができるのはメリットになります」

「そうだね、メリットだ」

「メリットです」

「打算だね」

「打算です」

「じゃあお世話になるよ」

「よろしくお願いします」

「不束者ですが」

「こちらこそ」


 ***


 意識の電脳化。それはもちろん非可逆圧縮だ。思い出は切り落とされ、神経回路は簡略化され、感性はそぎ落とされて、新たな意識が生成される。それは僕自身じゃない。僕から生成される僕(コピー)。ビットレートを大きく落とした僕。

 だからこれは、一つのギャンブルだった。ダウングレードされた僕が、元の僕自身の願いを叶えてくれるどうか。大きく欠落した僕が、僕の意に沿って動いてくれる保証はなかった。結果として僕は賭けに勝った。コピーの心に辛うじて残っていた執着。彼女の思考に少しずつ刷り込まれた執着。それらがあの二人をつなぎとめてくれた。

 彼らは末永く共にあるだろう。損得勘定により一緒にいることを選んだ彼らは、しかしその単純なロジックにより強固に結びつく。互いの存在にメリットがある。近くにいることに意味がある。そんな二人のこれからは、間違いなく幸せなものになるだろう。僕はそう信じている。

 そしてその幸せを遠いところから眺め続ける僕自身も、きっと幸せなのだろう。

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