通学路、振り返るとそこにいる(後編)

 ある日ぼくはお小遣いをためて、ウィッグってのを買った。

 茶色って言うか、金色のそれを頭にかぶった。崎山君みたいだ。カッコいい。


「まだ写真を撮るのか……?」

「うん、たぶんすぐダメになっちゃうから……」

「それにしても顔が固いぞ、はい笑って笑って!」


 ぼくはお父さんと言うカメラマンの前で、いろんなポーズを決めてみせる。

 カッコいい崎山君の事を思い浮かべながら、サッカーしたり野球をしたり、それから机に向かってお勉強するポーズもしてみた。

 悔しいけど、ぼくは崎山君ほどお勉強ができない。頑張らなきゃ。


 それはさておき、これをかぶったまま学校の前を歩いたら、あのあやしいおじさんが出て来るかもしれない。

 ぼくは、はっきりと言ってやりたい。


 黒くない事の何がいけないのか。黒ければいいのかって。


 ぼくは、思いっきり喧嘩をしてやるつもりだった。崎山君のためにも。



 だから日曜日、ぼくはこのウィッグをかぶって街を歩いた。近所の人が物珍しそうにぼくの事を見てくるけど、ぼくが買ったんだから誰にも文句は言わせない。




 来た。あのおじさんが、走りながら突っ込んで来た。



「来い来い来い……!」

「おじさん、なんでそんなことするの!」

「いい子いい子いい子……」


 来い、じゃなくて、いい子?


「ちょっと待ってよ!」

「なんだ、こんな間違った髪の毛を正しくしてあげようとしてるだけなのに!」

「なんで、なんで嫌うの、崎山君を!」

「あんな子は、絶対に、絶対に、悪い事をするにきまって」

「崎山君何かやったの!」

「絶対に、絶対に何かやるにきまってるんだ、あれが地毛だなんて悪い夢だ、なあそう言ってくれよキミィ!!」


 あまり激しく動いていたせいで、ウィッグが落ちた。その下から真っ黒なぼくの髪の毛が見えると、あやしいおじさんの手がピタッと止まった。

 

「なぜだ……なぜこんな不良のまねっこを!」

「自分で買ったのに、人のものを壊しちゃダメって教わらなかったの!」

「こんな物ぉぉぉ!」


 おじさんは墨汁のツボをウィッグにぶっかけて真っ黒に染めてしまった。そして息を吸い込んで大笑いし、そのままふんぞり返って倒れた。




「おい坊や、もしかしてこのおっさんに喧嘩売ってるのか?」

「誰!」


 そこに怖そうなお兄さんたちの声が聞こえて来た。三人のお兄さんのリーダーっぽい人はおじさんを蹴飛ばしながら、リーゼントを軽くなでた。



「兄貴、どうやらこいつこのおっさんにお友だちのために喧嘩を売ったみたいですぜ」

「ふーん、大した男だよ。褒美にこれを見せてやろう」


 怖いお兄さんのリーダーっぽい人は、ぼくに一枚の写真を見せてくれた。

 間違いなく、このおじさんだった!


「まあ君たち、子どもに手を上げるのは良くないぞ」

「上げねえよ、おっさんに上げようとはしてるけどな」

「俺らはな、三年前におっさんによって無理矢理黒く染められてからよ、髪の毛を守るためにあんないいとこをやめなきゃならなくなった、そこの坊やもあの学校だろ?」

「それはだな、君たちの頭が」

「ベンキョーの問題じゃねえだろ、髪の毛が黒くなきゃ不良か?その時やめさせられて、今はどこで何をしてるかと思いきやよ……びっくりだぜ」


 おじさんはすごく腰が低くなった。怖そうなお兄さんたちだってのに本当に優しそうにしている。さっきまでとはえらい違いだ。


「あのなおっさん、あんたはもう教師でも何でもねえんだぞ、三年前にアンタの役目は終わったんだ」

「俺らの一件で女房子供に逃げられて何してるかと思えばさあ、まったくこんな独り相撲かよ。哀れな老後だぜ」

「坊やの言った通り、弁償しろ弁償!」


 お兄さんたちが迫る中、ぼくはボーっとおじさんの背中を見ていた。真っ黒に染まって使い物にならなくなった金髪のウィッグは、今すぐ背中を襲いそうになびいている。


「キ、キミたちは……立派な生徒だ……」

「おうとも、あんたの志は継いでやったぜ、このクロカミ団がな!」

「クロカミ至上主義ってえあんたの一番大事な所を守るために、な!」


 お兄さんたちのうち一人が、缶コーヒーを投げ捨てた。そしてボクシングみたいなポーズになる。いよいよ殴りかかる気だ。




「キ、サ、マ、ラ……」



 でもその途端に、おじさんの背筋が伸びる。そして再び筆を持ち、墨汁入りのビンと似たようなのを持っている。

 いやよく見ると墨汁じゃなくて、きれいな色の粉が入っている。ちょっときれいだ。


「ルイコはルイコはルイコは……!!」


 今度はルイコはルイコはと叫びながら絵の具を次々に頭に塗りたくる。当然のようにお兄さんたちも反撃するけど、まったく当たらない。


 怖いお兄さんたちの髪の毛が、どんどんきれいな色になって行く。


 いや、ルイコはではなく、「悪い子」なんだろう。もちろんお兄さんたちの攻撃は一発も当たらない。



「ハハハハハ、そうだ、そうだ!キサマらには、これがふさわしいのだ!人間のクズめが!ハハハハハ、一生迷惑をかけ続けろ!全てから爪弾きにされてしまえ!」


 やがて真っ赤な髪の毛になったお兄さんたちを見てものすごーく楽しそうに大笑いしながら、あやしいおじさんは走り去って行った。



「どうする……兄貴?」

「いいじゃねえか、今日からアカカミ団って事で」

「賛成っすね!」


 実に楽しそうだ。何だかあのあやしいおじさんがやっていることがとてもおかしくて笑いそうになり、あわてて口を抑えてしまった。


「お前な、病気ってのは治るもんと治らないもんがあるぜ。あれはもう絶対に治らない病気だ。坊やがどうこうできるもんじゃねえ……迷惑かけて悪かったな、これでも取っとけ」


 お兄さんはぼくに千円札を渡してくれた。怖そうだったけど怖い人じゃなかったらしいし、悪い人でもなかったらしい。


 そんな人にそんな事をして何をしたいんだろう。ぼくは千円札を折りたたみ写真を握りながら、ポケットに突っ込んだ。







「あらまあ、やられたの」

「うん……」

「まったくもう本当に度量が狭いんだから……ってあらそれは」


 お菓子屋のおばさんもため息を吐いてたけど、お兄さんからもらった写真を見たら目を丸くしてた。


「これ、あのおじさん?」

「ちょっと違うわ、3年前にあのマンションの隅っこで亡くなってた、キミが言ってるあの学校の高校の先生!」

「どうして死んだの?」

「聞かない方がいいと思うけど」

「聞かせてください!」



 その後聞かせてくれたお話は、とてもとてもひどい物だった。


 3年前、崎山君のように元から髪の色が薄かった子がいて、どうしても染めろ染めろってその先生が迫ったそうだ。ところがやっぱり崎山君のように元からの毛色であり、わざとじゃない以上学校も認めることになった。

 でも、その先生は反発。その子の点数を不当に下げ、一日休んだだけで単位を削るようなことをした。もちろん校長先生は怒ったけど、その先生はその医者がおかしいとか言い出しちゃったらしい。


「そして最後にはあそこのマンションから飛び降りちゃってね……本当ひどい事件だったよ……」


 ぼくはあまりにも勝手なやり方にびっくりするばかりだった。

 どうしようもない事でひいきするだなんて最低だと思う。







 ……あれ?そう言えばさっき、3年前って……?



 そして飛び降りたって……



 じゃああのおじさんは……。







 そして次の日、おねしょをしてしまったぼくが学校に行くと、あのおじさんはまたにこにこしながら立っていた。もちろん手には墨と筆を持っている。



 崎山君は、もうこんなとこに居られないって転校することになった。みんな、仲良くしたかったのに、たった一人のせいで……。




 ぼくは、あのおじさんを絶対に許さない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

通学路、振り返るとそこにいる @wizard-T

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ