第24話 魔石の相場

 ミュリエル、タロ、ミアと4人で朝食を取り、見送られて宿を出た。

 城に入れてもらえるかも分からないし、3人は宿でお留守番だ。

 陳情は午後に受け付けているらしいので、その前に別の仕事を済ませる。


「ジローさんに聞いてた店……ここだな」


 看板には交差した杖と金槌の図柄、魔道具関係を扱う店だ。

 大通りに面した店構えは大きく立派で、入るのをちょっとためらう雰囲気がある。 

 他の食料品やら生地やら鉱物やら……それぞれの店には荷馬車や行商人らしい人達が、列を作って待ち時間を会話で潰したりしてるんで賑やかだ。

 でも扱ってるのが魔道具なせいか、持ち込んで取引って人があんまりいないんだろうか、表には荷馬車をつけるスペースなんかもないし静かなんだよな。

 気後れするが、他じゃ取り扱わない品だからここへ行けって言われちゃ仕方ない。


「す、すみませ~ん」


 両開きの扉を開け中に入ると広い店内は掃除が行き届き、キッチリと陳列されつつも台座に施錠された商品、片隅にあるテーブルとソファなどの雰囲気が今まで入った事のない格の店だと思わせる。

 声をかけて中に入ると、カウンターで何かの作業をしていた店番のおじさんが――うわぁ……あからさまに俺の格好で見下した表情になった。

 たしかにこの店に並んでる商品の値段は、安い物でも金貨での表示からだ。

 そして俺の格好は革鎧を宿に置いてきた、麻で作った服に使い古した雑嚢。

 庶民派を地で行く姿だろうが、母さんが作ってくれた服をその目で見られて好感は持たないぞ。


「ハァ……何か御用で?」

「買い取って欲しい物があるんですよ」


 ため息までつきやがった⁉

 おっさんの評価を地の底にまで下げながら、雑嚢を……カウンターに置かせる気はなさそうなので床におろし、中身だけをカウンターに載せる。


「これだよ、いくらで引き取ってくれる?」

「キサッ……いや……こ、こんな物をどこで……⁉」


 キサマとか言いかけたかコイツ。

 俺が雑嚢からカウンターに出したのは、人の頭ほどの大きさの魔石。

 高級品ばかりを扱う店で店番をしているおっさんが、動揺するほどの品質を誇るそれは、ミュリエルの遺跡で緑の円筒に浮かんでいた物を、村を出る時に持ってきた物だ。


 正直これは持ってきたくは無かった。

 あの遺跡にあった物だからミュリエル個人の物って気がするし、何より品質が良すぎて目立ってしまうだろうから。

 でも人口50人の村をどうにかするなんて大事を前に、先立つ物が無くては話にならない。

 背に腹はかえられないってやつだ。

 ミュリエルにもかなり噛み砕いて説明したが「あれはおとうさまにのこしてたものだよ?」と言っていた。

 遺跡の入口付近が安全だという事や魔石について、どこから得た知識なのかを尋ねたがこちらは口を噤まれてしまった。

 子供にも色々あるだろう、無理に話をさせたくはない。 


「で、買取価格は? このあと城に用もあるんで手早く頼む」

「国やどこかの商人が発行した証明書はあるのか? 来歴は?」

「無い、ウチの一族秘蔵のお宝だからな」

 

 時間が経つごとに、カウンターを挟んで険悪なムードが増していく。

 

「これだけの品で出処が分からないなどまずありえん、取り扱いを誤ればこの店にも害が及ぶ。それでもというなら……まあ、金貨10枚なら出してやろう」

「ふんっ……10枚?」


 確かに店番のおっさんが言う事は一理ある。

 実際出処は国に黙って中に入った遺跡の施設だしな。

 おっさんは盗品だと言外に言ってるが、遺跡の盗掘も犯罪らしいんでそこまで間違っちゃいない。

 ちなみに真面目なジローさんは人助けの為という理由で押し切った。

 あの村が国から理不尽な扱いを受けていないか? という主張には良心を刺激されたんだろう、ミュリエルの事もあるしと黙認してくれている。


「ならいい、王都にも冒険者ギルドはあるだろ? そっちにでも持ち込むよ」

「不可能だな、冒険者ギルドがコイツを買い取る事は絶対にない」

「証明書か……なら好事家の貴族を探す。出処を気にしない家もあるだろう」

「分かっとらんな。このバダンテール商会は高価な魔道具の買取、販売に関して特権を許されておる。この国でこの魔石を買い取れるのはウチだけという事だ」


 はあぁぁぁっ⁉

 特権? ここ以外で売れないだと⁉

 愕然としたのが表情にも出てしまったらしく、勝ち誇るクソ親父。 

 そりゃこの店以外で取り扱ってないとは言われてたけど、理由が予想外だぞ。


「さあどうする。金貨10枚受け取って帰るか、金にならん品だけ抱えるかだ」

「クソッ……」


 父さんの物語に出てくる下っ端の悪役みたいな態度が思わず出る。

 いっそもう一度国境を越えてバキラ王国に戻っ……ダメだ傭兵団がいるな。

 なら内側、南へ下って国境を越えるか? 無駄な時間がかかるが――。

 と、煮詰まりかけた空気を入り口の扉が開く音が乱した。


「店主、邪魔をするぞ。私が預けた――先客か」

「こ、これはオスマン様、少々お待ち頂ければ片付きますので」


 片付けられるのか俺は。

 おっさんの態度が慌ててるのも無理はない、今出処の怪しい品――盗品――をそれと知って買い叩こうとしてたとこだからな。

 しかも店に入ってきたのはジローさんと似た様な雰囲気の服装、立ち方や振る舞い方の女性。

 年齢は俺と同じくらいか? まとめた黒髪に切れ長の目、そして何より目立つのが褐色の肌だ。

 ジローさんも騎士としての振る舞いを心がけてたが、時々抜けてるとこに愛嬌があった。

 でもこの人は指の先までそれを通してる雰囲気でかっこいいな。


「あまり急ぐ必要はない、その先客の方にも失礼だろう」

「い、いえ……コイツはなんと言いますか――」

「証明書の無い高価な品を持ち込んだら買い叩かれそうになった、ただの怪しい旅人ですよ」

「き、貴様⁉」


 俺の言葉に一度は飲み込んだキサマとかいう単語を発するクソ親父と、目を細める女騎士さん。

 というか、さっき店主って言ってたな。

 態度のでかい雇われだと思ってたのに主って、大丈夫かこの商会。


「少し詳しく聞きたい。品は……確かに、これを証明書無しというのは困るだろうな」

「そ、そうでございましょう……?」

「そしてその困った結果が買い叩くというのはどういう事だ店主?」

「いえ、それはその……」


 その調子だ女騎士さん! やっぱり権威って素晴らしい!

 ……っと思ってたらその視線がこっちにも向いてきた。


「本当に来歴を証明する物は何も無いのか? さすがに目をつぶる訳にもいかないのだが」

「う~ん……証明……証言してくれる人なら、1人いるんですけどね」


 実家を出る時に事情を話して挨拶した数少ない人の1人。

 俺と実家の事情を知りつつ、黙って生活物資を運んでくれていた行商人、ヴィンセントさんだ。

 街に定住しない行商人だったが、父さんとの魔道具の取引を来る度に行っていた。

 規模は違うだろうが、この商会と言ってみれば同業者なのだ。

 別れの時に困った時は頼れとまで言ってくれた家族の恩人に、迷惑をかけたくはないが、あの人の商売上の名前は……。


「ちょっとお耳をお借りしていいですか?――バキラ王国北部で魔道具の行商をしているジョン・スミスって人なんですが」

「ジョン……? なんだその……いや、待て。バキラで魔道具を扱う行商人のジョン・スミス? 魔法工匠ジョン・スミスか⁉」

「え……なんですそのカッコいい名前? この手形、旅に出る時に持たせてくれたんですけど……」

「既に生産の絶えた魔道具を無数に取り扱い、身を探られぬよう店を構えぬ流浪にして幻の商人だ。この光の浮き出る手形も、噂に聞いた物と同じ……」

「魔法工匠⁉ こんなクソガキが出していい名前ではありませんぞ!」


 誰がクソガキだ。

 迷惑かけないように、何するか分からないクソ親父に聞こえない様に言ったんだが……。

 手形は渡される時に聞いたが、父さんが作った「ほろぐらむ」って加工らしい。

 しかし魔法工匠か、世間ではヴィンセントさんが作ってたと思われてるのか?

 魔道具を作ったのが父さんだと秘密にする為に、何か苦労を負ってくれてたのかもしれない。

 

「かの魔法工匠ジョン・スミスなら、この規模の魔石を扱っても不思議は無い」

「いえ、たしかにそうですが……その手形ごと盗まれた可能性も……」

「魔法工匠の信用を形にした手形とこの魔石、少年に盗める様な品か? 大体そんな規模の窃盗、国を越えても噂になるぞ」 

「若く見られるけど一応18なんですよ? えっとそれで……買い取りは?」

「そうだな……買い叩こうとしたと言っていたが?」

「いえ証明書が……その……」

「バキラに人を走らせれば良いのではないか? 魔法工匠の保証であれば十分だろう」


 知り合いのおじさんの名前を出しただけで、状況が一変した。

 隣の国でこんな扱い受けるってヴィンセントおじさん普段何やってるんだろう。

 俺にとってはたまに家に来る数少ない話して良い人、腹の出た髭の優しいおじさんなんだが。


「ふむ……少年、この魔石いくらでの買い取りを想定していた?」

「え~っと、そうそう無い品質ってのは分かります。数値にして50点ってとこですよね、なので……金貨30枚!」

「さんじゅっ……⁉」

 

 世の中に流通している魔石の品質は、魔法を使う際に肩代わりできる体力を数値化した物で規格されている。

 一般的な物は10点以下、20点くらいになると英雄レベルの人が冒険で使ったりしているらしい。

 含む魔力が強くなると大きくなるせいで、持ち運びの関係上それ以上は不便だとか何とか。

 そして今目の前にある人の頭クラスとなると、そうそうお目にかかれないはず。

 なので金貨30枚という大金を提示したが、クソ親父が絶句するほどの高値だったか。

 多分販売価格で50枚くらいだと思ったんだけどなあ。

 絶句したクソ親父に代わり、女騎士さんが口元に笑みを浮かべながら話を進めてくれる。


「私の聞いた話ではこの規模の魔石は金貨150枚が相場だ。今の時勢なら200枚出す者もいるかもしれない、欲をかいたのは失敗だったな店主」

「にひゃっ……⁉」


 今度奇声を上げたのは俺の方だ。

 桁が違う、用意してたプランがガタガタと崩れていく。

 調べ物して品種を絞って種苗を買い揃える、なんてしている場合じゃない。

 片っ端から買い占めて全部試せる金額だ、時間を一気に短縮できるぞ!

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