第23話 お別れ

 食事と談笑と妖精の鉄拳制裁を終え、俺たちは大通りを歩いていた。

 城門から真っ直ぐに続く大通り、その奥に見える王城の隣には巨大な宝石――魔石が鎮座している。

 帝国時代からある大都市には大体、ちょっとした屋敷並の大きさの魔石があるらしい。

 旅に出る前に唯一見た街であるバキラの王都にも、同程度の魔石があるのを見た事がある。

 もっとも今はどこの魔石も使いようがなく、ただの飾りと化しているそうだ。

 ただの置物でしかないアレを、魔石と呼んで良いものかは個人的には疑問だ。


「私は陳情の口利きと帰参の報告をしてくる、ここまでだな」


 王城の近くまで一緒に歩いてきたが、とうとうお別れの時間だ。

 短い間だったが、初めての土地で頼りになる人と知り合えてどれだけ心強かったか分からない。


「ありがとうジローさん、本当にお世話になりました」

「随分かしこまるな。こちらこそ得難い経験が出来た、楽しい旅だったよ」

「事故には注意しなさいよ、もう治してあげられないからね?」

「ボクも楽しかったッスよジロー!」

「……ジローさん、ありがとう」


 ミュリエルは人見知りのきらいがある、見た目のせいかタロとミアは別にして。

 ジローさんには少し距離があったが、別れるとなるとさすがに寂しそうだ。

 俺の指を握ったまま、うつ向きがちに前に出ると俺に倣って頭を下げた。


「王都はそこまで遠い訳じゃない、会おうと思えば会いに来れるよミュリエル」

「任地次第ではあるが……村に手紙でも出そう。それじゃあ名残惜しいが、縁があればまた!」

「あぁ、ジローさんまた会おう!」


 手を振って別れを告げる。

 こういうのは実家に生活物資を運んでくれてた、行商人のおじさん以来だ。

 まだそれほど経ってないが、両親の友人だったあの人は元気にしてるかな……。


「じゃ、行くよユーマ! 今日の内に済ませちゃいたいからね!」


 陳情はアポを取ってもらって明日の予定だが、今日の内にすませる用事はいくつかある。

 だがミアがここまでやる気を出すというのはアレしかないだろう。


「どこ行く気だミア、古着屋なら向こうにあっただろ?」

「ちっがーう! ミュリエルにいつまで古着着せるの⁉ 布! 生地を買ってミアが作るの!」

「わたしのふく……? でもちゃんとミアがつくったの、きてるよ?」

「それは仕方なくだからね、もっと可愛いのだよ~」


 王都までの道中も思ったが、服の事となると情熱が違うな……。

 俺もミュリエルには出来るだけ良い服を着せたいと思ってる。

 そうはいってもだな。


「予算は決めるぞミア。制限内で良い物を作ってこそ腕を見せられるだろ?」

「く~! その挑発のった~!」

「そんなに大事ッスか? 服って時々邪魔ッスよ?」

「毛皮で十分な子は黙っててくれる⁉」


 王城近くの大通りで大騒ぎする妖精にコボルト連れの一団。

 人目を引くし、最悪衛兵に声をかけられかねないのでそろそろ離れるか。

 王都では髪を染めてる人も結構見たけど、ミュリエルの水色に見える髪も結構目立つしなあ。


 ――と、人目を気にして周りを見回した時。

 一瞬視界に入った姿を慌てて探す。

 ミュリエルよりはずっと年上だが、まだ子供の範疇に見えた。

 動きやすそうだが、あまり庶民的ではない服装に身を包んで走る少女。

 肩の辺りで切り揃えた金髪から見えた耳の長さと尖った先端は――。


「おとうさま?」

「どうしたのユーマ、早く行こうよ?」

「あ、あぁ……悪い」


 見間違いじゃなさそうだったが、見失ったか。

 ミアに髪を、ミュリエルに指を取られ、足元をうろつくタロに足を取られそうになりながら買い物へと意識を戻した。


**********


「おとうさま、ミアとタロねちゃってる」

「そっか、それじゃそろそろ灯り消すぞ?」


 やる気を漲らせ、興奮しきったミアと荷物持ちに引っ張り回されたタロ。

 2人とも限界だったんだろう、宿についてすぐに寝落ちてしまった。

 予算削減の為に2人分の料金を払って1人用の部屋を借り、タロにはクッション代わりの藁を用意してもらった。

 ベッドには先に入ったミアと、それを避けるように俺とミュリエルが入る。

 窓を閉め、灯りも消した室内で特に困らずベッドに入れるのは真っ暗ではないから。

 日中では分かりにくいが、ミュリエルの髪がうっすらと光を放っているのだ。

 ミアによると元は青い色で陽の当たり方で紫色にも見える、らしい。


「おとうさま、このかみのいろ、ヘン?」


 ミュリエルに視線を悟られたんだろう、思わぬ質問が飛んできた。


「綺麗な色だし、ミュリエルにとっても似合ってるよ」

「でもたくさんのひとがいたけど、こんなかみのひといなかった……それに、おとうさまは、げいじゅつとかわからないっていってたのに?」


 おっと、ほとんど独り言みたいなもんだったのに聞いてた上に覚えてたか。

 確かに芸術とか審美眼とかはさっぱりだが、これに関しては正直に言っても問題ないだろう。


「分からないよ、でも好きだったら好きだって言えば良いんだよ。他の人がどう思うかなんて関係ない、俺はミュリエルの髪が大好きだよ」

「ふへ~」


 少し間をおいて、自らの髪が放つ光でで仄かに浮かび上がった顔は嬉しそうな、恥ずかしそうなものだった。

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